第28話「幕開け。 / The Beginning」
そんなやり取りをしながら私たちは体育館へと辿り着いた。
PAや機材の準備等、ほぼ全部を軽音楽部の部員たちが行ってくれるらしく、手持ちの楽器以外の音響周りは既に準備が出来ているみたいだった。
大勢の部員があっち行ったりこっち行ったりしてる中で、体育館のステージに立っている真先輩を見つける。
真先輩は、ファンと思われる女子生徒たち(多分みんな軽音楽部)に囲まれていた。
「あ、有我先輩! 応援してます……!」
「ああ、ありがとう」
「有我先輩の演奏、楽しみにしてます!」
「うん。キミたちの心に響くような演奏をしてみせるよ。期待してて」
そう言って真先輩がはにかんだ瞬間、ステージ上から「キャー!」と黄色い声が轟いた。その度に準備中の男子生徒たちはやかましそうに壇上を睨みつけている。
流石は清桜の貴公子。女子人気がすごいのに男子人気が圧倒的に低い。
「っと、すまない。バンドメンバーが来たみたいだ。そろそろリハーサルの時間だから、また後でね☆──遅いぞお前たち。どこで油を売ってたんだ?」
「さっきの女子たちと私たちの扱い違いすぎません……?」
まぁファンの女子たちと同じ扱いされても困るけど……。
でも、時間がないのも確かだし、早くリハーサルの準備をしないと。
「あ、でもハナちゃんセンセーがまだ来てないんじゃ──」
「みんな、遅れてごめんっ!」
ガタンっ! と大きな音を立てて、華蓮先生が体育館に入ってきた。
「いやぁ、事前に報告してくれてたから良かったけど、入校許可証とか貰うのに時間かかってさ〜」
「……え? 誰あの女の人」
「めっちゃ綺麗じゃね?」
「女子大生とかかな?」
「首元にタトゥー入ってない?」
「バカ、それよりもあの胸だろ!」
……なんか変な方向に注目されてる気がする。
華蓮先生、確か今年で40歳になる筈なんだけど、どこからどう見てもそう見えないくらい綺麗なんだよね。
それこそ軽音楽部の部員が言ってるように、女子大生──20代前半にしか見えない。これが俗に言う「美魔女」というヤツだ。
これ言ったら「オバさん褒めるときの常套句やめて」って怒られるから言わないけど。
「ハナちゃんセンセー、お仕事お疲れさま! 早速で悪いけどリハーサルだよ!」
「ああ、そう言えばトリだったね。オッケー」
華蓮先生は応えるやいなや、足早にステージ上に上がっていき、PA担当、そしてセッティングをしていた部員たちに頭を下げながらドラムへと向かっていく。
トリなのに最初にリハーサルするの? って思ってたけど、華蓮先生いわくトリがトップバッターよりも先にリハーサルを行うのはよくある事らしい。
いわゆる逆リハ。どうして逆順でリハーサルをするのかと言うと、トップバッターが最後にリハをすることで、セッティングを大きく変える必要がなくなり、スタッフさん達の負荷を減らせるからみたいだ。
色々と「流れ」や「決まり事」みたいなのがあって、私は今それに倣う立場にある。
本格的にバンドマンとして活動できている事を実感して、ついつい手に力が入る。
「ほら、あやち! 私たちも行こ!」
そんな私の手を優しく手に取りながら、春野さんが私を引っ張っていく。
ステージの上。そこに立って初めて、私は今からライブをするんだ、という実感が湧いてきた。
ライブをすることはわかってた。覚悟も出来ていた。
でも、このステージ上の光景を見て初めてわかる、大勢の観客たちを前にして歌い、音を奏でるという事実。
用意していたマイク── Super 55を握る手が汗ばむ。既に用意を終えた部員達が、舞台袖から、そしてステージ下のフロアから私たちを見ている。
「あれが、あの真先輩の組んでるバンド?」
「ギターの子知ってる。あの子可愛いよなぁ」
「いや可愛いけど……ギター全然可愛くねぇぞ。JKが7弦ってマジか?」
「それ言ったら真先輩だって五絃ベースだよ。メタルとかの激しい音楽以外で弾く事なくない?」
「ドラムもツーバスだしね」
「てかドラムの人だれ? あんな綺麗な人この学校にいた?」
「OBとか?」
「いや無いでしょ」
「ボーカルはあの身長高い子?」
「なんか、あんまりパッとしないね……」
……うん。わかってた事だけど、やっぱり他のみんな注目されてるけど、私だけあんま注目されてない。
でも、それでいい。ライブ本番で絶対に巻き返してやる。
というかそれぐらいの意気込みがないと、マリナを倒すことなんて出来ないだろう。
私は特に気にする素振りは見せず、PAさんから「まずボーカルさんからお願いします」と言われ、サウンドチェックが始まった。
正直リハも初めてで、何をどうすればいいのかわからない。華蓮先生から聴いたのは、「とりあえず好きに歌えばいいんじゃない?」だった。元ボーカリストとは思えないくらい雑な指導。
でも、多分間違ったことは言ってないとは思う。
なら……と。
私はマイクを通して、「あ〜」という声を通しながら、徐々に喉のゲインを上げていき、呼気を強めながら音量を高めてゆく。
最終的には、マイクと口の間にりんご一個分のスペースを開けながら、演奏する曲に使用するフライスクリームを放出した。
たったそれだけだったのに、体育館全体が揺れた気がした。
「……………………えっ?」
「なに今の声……?」
「デスボイス!?」
「マジで?」
「いや、それもスゴイけど……」
「声デカすぎないか?」
「なんでマイクからあんだけ離してんのに声響いてるんだよ?」
「音圧変わってないよな?」
「元がデカいからわからん……」
「……ハハッ」
何やらザワザワしてる部員達を前に呆然としていると、右手側に立っている真先輩が微かに笑う。
「誰も注目していなかったのに、お前の声を聴いた途端にこれだ。やっぱりお前は面白いよ、先導」
「え? あの……どうも?」
まだ歌ってない上に、特段面白いことをしたつもりはないんですが……。
でも、何故か真先輩は楽しそうに笑ってるし、春野さんと華蓮先生に至っては腕を組みながらうんうんと頷いている。
「そうだよ。ウチのあやちはすごいんだから!」
「いやぁ〜、元々才能ある子だと思っていたけど、まさかこれ程とはねぇ……」
「あの、なんか恥ずかしいんですけど……!?」
そんなやり取りをしながら、ボーカルのサウンドチェックは終了した。
それからギター、ベース、ドラムとサウンドチェックを行い、軽く演奏する曲を弾いてリハーサルは終了した。
リハを終えた私たちは、早々にその場から立ち去る。
というのも今回、無名のバンドである以上「印象」を与える必要があると考え、衣装を合わせることになっていた。
考案したのは春野さんで、演奏する曲のミュージックビデオを意識したものになっている。
それに着替える必要があるので、私たちはさっさと舞台裏にはける。
だけど、ちょうどそのタイミングで、マリナがギターをかけた状態でやってきた。その後ろにはバンドメンバーの女子生徒二人、そして男子生徒一人が立っていた。
「リハは終わったみたいね。なら早く消えなさい。リハの邪魔だから」
そう言って、わざと肩にぶつかりに来るマリナ……だったけど、体格的に私の方が良いので当たった弾みでよろけていた。ざまぁみろ。
でも、どうやら目的は私に対して暴言を吐きにきた訳じゃないらしく、マリナは真先輩の前で立ち止まり、何か言いたげな表情を浮かべていた。
「……先輩。あたしはまだ先輩のこと──」
「その話はもう終わった筈だよ、マリナ。それにリハもある。時間が限られてるんだから早く行った方がいい」
「……そう、ですね。すみませんでした……」
突き放された子供みたいな顔をするマリナ。
でもすぐにいつもの仏頂面に戻ると、私を一瞥してステージの表に出て行った。
そそくさとマリナに続くバンドメンバー達を見届けつつ、真先輩の冷たい態度に違和感があった。
過去に何かあった。それだけはわかる。
でも、そこから先の話を聞くのは今じゃない。
それからマリナ達のバンドがリハーサルを行い、ライブ開始時刻が迫る。
体育館のフロアに徐々に生徒たちが集まってきて、ものの数十分で200人の生徒達で埋め尽くされた。
「あ〜あ〜、テステス。ちゃんとマイクは通ってます〜? ──聴こえるか野郎ども〜!!」
PAを担当していた軽音楽部の女子生徒がステージに上がり、観客を煽る。
するとその瞬間、
「「「おおおおおおおお!!!!」」」
と、暴動でも起きたのかと思えるほどの大声が響き渡り、心臓がバクバクと脈動する。
舞台裏にいるのにここまで声が響いてくるなんて。
声だけじゃない。ライブを見にきた生徒達の熱量。それが声と一緒に出力されて、じわじわと私を蒸し焼きにする──そんな感覚すらあった。
緊張と恐怖。
これまで感じたことのない、心臓の表面を指先で軽くなぞられてるような、居ても立っても居られない不安と焦燥。
ライブ前って、こんなに緊張するものなの……?
私は思わず、震える手をどこかへ伸ばす。
すると、その手に感じられる確かな熱。
でもその熱はフロアにいる観客のそれとは違い、初めて私の手を取ってくれた、そしてここまで連れてきてくれた彼女の温もり、その熱だった。
「……大丈夫とは言えないかな。ウチもめちゃくちゃ緊張してるし。でも、それでも大丈夫。大丈夫だよ。
ウチもあやちもやれること全部やってきたし。それにウチらには、真センパイとハナちゃんセンセーがいるし!」
「──だからさ、あやち。ウチらで……いや。みんなで! 最高に最高のライブにしよう!」
ギュッと握り締められた、震える小さな手のひらを握り返す。
高鳴る心臓の音。
ステージ側から聴こえる観客たちの熱狂。
私はそれを全身で感じながら、いよいよ始まろうとしているライブを心待ちにした。
※ONE OK ROCK「The Beginning」




