第26話「いざ、決戦の地へ。 / 神風 Over Drive」
麗奈さんのカミングアウトから一週間が過ぎ──
長いようで短かった練習期間が終了し、ライブバトル本番の日になった。
土日を控えた金曜日に開催されるという事もあってか、ライブバトルをする私たちだけでなく、ライブを見に行こうとしている生徒たちもどこか浮き足立っている。
と言っても開催されるのは16時以降で、それまでの間は普通に授業があるんだけどね。
「ついにライブ当日かぁ〜。なんかあっという間だったよね」
昼休みの時間、真先輩が使用している部屋に向かいそこで昼食と軽い自己練習をしていた。
昼食はいつも手作り弁当を作っているらしい春野さんは、今日は珍しく菓子パンひとつで済ませている。
忙しなくギターに触れては、不必要なほどにエフェクターを足で弄っているあたり、かなり緊張しているのがわかる。
「まぁ、限りある時間の中で練習はしてきたんだ。あとは出し切るだけさ」
椅子に座り、ベースの音を一音ずつ吟味する真先輩は、春野さんとは対象的に冷静だった。用意しているエフェクターボードは綺麗に整頓されており、そこでも春野さんとの心境の違いが現れている。
「センパイって、緊張とかしないんですか?」
「なんだ藪から棒に。するに決まっているだろう。緊張しない人間なんてこの世に存在しないよ。……一部を除いてな」
「ウチとしては、その一部が真センパイに見えますけど」
ギターのチューニングを合わせながら春野さんがそう言うと、真先輩は「買い被りすぎだ」と自虐的に笑った。
どちらかと言うと、私も春野さんと同じ考えだ。
いつもふざけてる──というか変態的で、私や華蓮先生に対して邪な視線を向けてくる真先輩のソレは、今日も今日とて正面に座る私の胸に注がれている。本当に胸好き過ぎでしょこの人。
でも、だからこそと言うか。
春野さんの主張に共感しながらも、私は真先輩が抱えている「何か」に気がついていた。
「あ〜、ダメだ! ぜんぜん集中できない! ごめんあやち、センパイ! 少し外の空気吸ってくる!」
春野さんはギターをスタンドに乗せて、足早に部屋の外へと向かう。
部屋の中に残された私と先輩は、特に言葉を交わす訳でもなく、静寂に包まれた部屋の中で先輩が鳴らすベースの音に、そして足元に設置されているエフェクターボードに意識を向けた。
先輩はMADやAA=の上田剛士さんに強い影響を受けていて、エフェクターボードに設置されている機材のほとんどが、上田剛士さんが使用している物とほぼ同じらしい。
まぁ無知の私からしてみれば「プリアンプ」とか「チューナー」とか「パワーサプライ」とか全然わかんないんだけど。
でも、そんなエフェクター事情に疎い私でもわかるエフェクターがひとつ、真先輩のボードの中に設置されていた。
「……その黄色いエフェクター、見た事あります」
「ん? ……ああ、ODB-3のことか」
ベースを弾く手を止めた真先輩の視線が、私と同じ黄色いエフェクターに向けられる。
「【BOSS ODB-3】。Bass Over Driveと書いてはいるが、実際に使ってみれば轟音が如く『歪み』を産み出してくれる。音を強く、アタック感を出したいときに使うこともある。まぁベーシストなら誰もが一度は手にしたことがあるエフェクターだな。使う場面は限られるが」
過去の思い出を語るように、真先輩は黄色いエフェクターについて説明してくれた。
私が見たのは施設にあるスタジオで、たぶん華蓮先生が使っていたものだと思う。もしくは華蓮先生がバンドを組んでいた時にベースを弾いていた人が使っていたものか……。
真相はわからないけど、『音』は聴いたことが無かったから、今こうして黄色いエフェクターの音を聴けたのはなんか嬉しい。
ただ、少しだけ気になることがあった。
「練習の時に使ってましたっけ? 確かボードは持って来てましたけど、その時は別のエフェクターだった気が……」
そう。この二週間のあいだ、私が黄色いエフェクターを見たのは今日が初めてだった。
他に私が見たのは、正直見たことも聴いたこともないベーシストだけが知ってるような特別なエフェクターだけ。
なんだっけ? ダークグラス? とか言うやつと、黄色いエフェクターに似た黒っぽいヤツ。名前が思い出せないけど、確かそんな感じだった筈だ。
「……お前、そういう所は以外と見てるんだな」
「以外とは余計ですよ! ……それで、なんでそのエフェクターなんですか?」
「大した理由じゃないさ。今回演る曲は二曲ともベースメインでなく、バンド全体を支えるためのものだ。ベースソロや見せ場も特にない。だから正直、エフェクターもあまり必要がない」
「えっ、そうなんですか?」
聞くと先輩は、「必ずしもそうとは限らないがな」と煮え切らない言葉を返す。
でも、それなら何で練習期間中に色んなエフェクター──プリアンプもあるけど──を使ってたんだろう。
それに、どうして黄色いエフェクターを使うことにしたんだろう……?
「……不思議そうな顔をしているな。だが残念なことに、お前の問いに対する答えを私は持っていない」
「え!? ちょっ、どういう事ですか!? 何かこう、出したい音があって……オーバードライブ? エフェクターを使おうとしてるんじゃないんですか!?」
「そう考えるのが普通だろうな。どのベーシストも自分の求める音や出したい音があって、それを創り出すためにアンプやチューナー、パワーサプライ、シールドケーブルにさえ拘る。それは私とて同じだ」
「だが、それを突き詰めた先にあるのは『個』の音であって『集』の音じゃない。……私はさ、どうしても創り出したかったんだよ。お前たちと奏でるための最適な音を」
先輩が手にしている五絃ベース。
一番太くて低い音を出す五弦が爪弾かれたと同時に、脳と心臓も同様に振動する。
真っ直ぐに研ぎ澄まされた先輩の眼光すら、弦と一体化し、それがまた新たな音になって私を震わせる。そんな感覚がした。
「まだ駆け出しのバンドだからな。色々と考えたよ。例えば【Darkglass Harmonic Booster】のように原音を研ぎ澄ませてクリーンな音を前に出すか、【BOSS BB-1X Bass Driver】みたく音の太さを強調するか」
「だが、考えてる中で最適な答えなど出ない。だから私は一度、原点に帰ることにしたんだ」
「……ソレが、オーバードライブ?」
私の問いに、真先輩は静かに頷き、ベースストラップに首を入れて肩に担いで立ち上がる。
既に設定がされてある黄色いエフェクター、【ODB-3】のペダルを踏み込むと、聴き慣れた全音下げのダウンチューニングの音に、強烈な歪みが産まれた。
春野さんが持ってる黒エフェクターほどじゃないけど、明らかにこれまで聴いていたクリアな低音とは異なる音……。
ベンベンボンボンと心地よいベースの音に重なるように、ベチベチバチバチという、稲妻のような音が覆い被さる。
「──コイツは私が初めて貰ったエフェクターなんだ。嬉しくてずっとコイツばかり使っていた。だが次第に自分の求める音と乖離し、コイツの持つギラついた歪みよりも、安定したクリーンや歪みを求めるようになっていた。どこまでいっても飛び道具なんだ。安定した武器としては適していない」
「……それじゃあ、なんで今回そのエフェクターを選んだんですか?」
「言ったろう? コイツが私の原点だって。……そして、今ここにいる私と、私がいるバンドもまた始まり──原点なんだ」
「私の場合、再出発と言った方が適してるかもしれないが」
それだけ言うと先輩は、最後に音の調整として、ODB-3のゲインを12時から13時へ。より深い歪みに設定すると、バチバチとした音をアンプから出力させる。
掻き鳴らすその音と姿。まるで目に見えない雷を全身に纏っているような。黄色いエフェクターが、私にそんな錯覚を見せているのかな。
「色々迷ったけど、バンドに限らず音楽なんてものは迷ったもの勝ちさ。迷いのない音ほど軽いものはない。ラウドやメタルを志すものなら特にな。だから私は思う存分悩んでそれを音に乗せることにした。安心しろ、元々コイツも視野に入れていた。調整は既に済んでいる」
「ゲインあげてませんでした?」
「ソレ込みでだよ」
「なら良いです」
薄く笑い、床に転がっていたマイクを手に取り立ち上がる。
先輩も同じく椅子から立ち上がる……と同時に、ガラガラと音を立てて扉が開け開かれた。
「演る曲たくさん聴いたらテンション上がってきたので戻ってきました〜! ……ってあれ。二人ともどうしたの?」
「なに、お前を待っていたんだよ」
「はい! 放課後のリハーサルもありますが、その前にやりましょう! 音合わせ!」
マイクとベース、それぞれを掲げると、春野さんもそれに答えるようにして愛機を手に取る。
時刻は12時30分。
昼休み終了まであと25分。
私たちは、それぞれが最高の音を吐き出すために、この25分間をフルに使って練習した。
放課後に行われるリハーサル。
これは別に練習のために行うものじゃなく、音を確認するためのものだから、実質この練習が最後になる。
華蓮先生との合わせが出来ないのは残念だけど──そんなことに一々落ち込んでいられない。
私たちは必ず、この曲で、この音で、この想いで、全てをぶつけて麻里奈たちを倒す。
そんな想いを胸に練習し、最後の授業を乗り切って──
いよいよ、私たちの戦いのときがやってきた。
※サブタイトル
MUCC「神風 Over Drive」




