第25話「後悔→→→希望。 / Turning past regret into hope」②
「最低な話でしょ? まぁでも、その後は何事もなく終わって、中学三年になったときにはソイツとは別クラスになって、私と琴音は同じクラスになれた。それから今に至るんだけど──」
「何事もなくって、何ですかそれ? 春野さんがただ嫌な思いをしただけじゃないですかッ!! というか、それに気付いたならなんで──!」
そこまで言おうとして、ふと気付いた。
というより、それより先の言葉を飲み込むしか出来なかった。
私は今、麗奈さんに何を言おうとした? どうして助けなかったのか、そう言おうとしていた?
もし仮に私が麗奈さんと同じ立場だったとして、同じ感情を持ち合わせていたとして。その場で割り込んで春野さんを助けられただろうか?
言葉に窮している私に気付いたのか、麗奈さんは罪悪感を隠すような、下手くそな笑みを浮かべていた。
「そう。本当にアンタの言う通りだと思う。あのとき私は琴音を助けられなかった。できたのは精々『大丈夫』とか『何とかなる』とか、薬にもならない励ましの言葉を無責任に投げつけただけ。どうしようも出来ないから苦しくて辛いのに。こんな言葉かけられたところで、しんどさが増すだけだって言うのにね」
「……」
「言い訳にしかならないけど、あのときの私にはどうしようも出来なかった。琴音みたいにクラスの中心人物でもなければ、あの女みたいに、クラスの人間や男使ってカースト操作する力もない。結局私は琴音も守れず、あの女を恐れて何もしなかっただけ。琴音に対して出来たことなんて、何ひとつない」
麗奈さんはそこで言葉を区切ると、私の方に近付いてくる。
伏せられていた目線が私の捉えると、麗奈さんは私を見上げて心の怨嗟を吐き出した。
「──だからアンタが妬ましくて、羨ましかった。私が出来なかったことを、アンタはやったから」
「私が……?」
ぐいっと、ブレザーのネクタイを引っ張って顔を寄せる。次第に暗くなっていく空の下、髪と暗闇で見えにくかった彼女の目元が、赤く染まる夕日に照らされて煌めいた。
普段の麗奈さんなら絶対に見せないだろう、涙のあとが浮かんでいた。
「琴音は高校に入ってからも、どこか上の空だった。毎日が退屈みたいな、どこか他人と壁を作ってるみたいな……そんな空気を纏っていた。アンタと絡み始めるまでは……!」
「アンタが急に現れてから、あの子は急激に変わった。いや、巻き戻った。中学生のときに、私が出会ったばかりのあの子にッ!」
ちぎれそうな程に握り絞められたネクタイを、麗奈さんはグッと引っ張る。
身長の高い私がよろけてしまう程の強さで、私は思わず麗奈さんの肩を掴んでバランスを保つ。
「……2年の先輩に絡まれた時、今度こそ琴音を守ろうって思った。あのとき守れなかった罪悪感もあるけど、私が好きだった中学の頃の琴音を壊させないように、今度こそ守ろうって、そう思ったの」
「──でも出来なかった。結局アンタが割って入ってくるまで私は、先輩が怖くて、あのときの光景が怖くて、守ろうとしたはずの琴音を、また守れなかった」
首が締まるんじゃないかってくらい強く締め付けられていたけど、次第にその力は抜けていき、ネクタイを掴んでいた両手がだらんと垂れ下がる。
私は思わず、その両手を握り返した。
何と言うか、そうしないといけない気がしたから。
「……私ばっか喋っちゃった。けど、これで全部。今までアンタに辛く当たってきた理由を、どこかでちゃんと話さないといけない、そう思ってたから。謝ってどうこうなる問題でもないけど、これまでごめん先導。それとありがとう。琴音を助けてくれて」
「いや、そんな……」
指先がまだ震えている。
たぶんずっと、我慢してたんだろうなって思う。
春野さんを助けられなかったという後悔。私に対する罪悪感。正直なんでこんなに嫌われてるんだろうって思ってたから、私としては事実がわかって一安心だ。
だからこそ、私の方もしっかりと言わなきゃいけない。
「……謝ったりとか、感謝の言葉を向けるべきなのは、私じゃなくて春野さんだと思います」
「え?」
「春野さんとバンド以外の話ってそんなにしないんですけど、するときもあって……。その時は大体、麗奈さん達と遊びに行ったとか、ご飯食べに行ったとか、そんな話が多いです」
「……麗奈さん的に、春野さんを助けられなかったって思ってるかもしれないけど、春野さんはそう思ってないんじゃないですか。憶測でしかないですけど、辛いときに一緒にいてくれた。それだけでも春野さんの心の支えになっていたと思います。だって、本当に春野さんを『助けなかった』んなら、今みたいに友達関係を続けることって難しいんじゃないですか?」
まぁこれも憶測に過ぎないけど。
それでも私は思う。春野さんは、私や麗奈さんが思うほど弱くないんじゃないかって。
だって弱いんなら、バカ女にバカにされた時点でバンドもギターもやめてたと思うし。
少なくとも本当に弱い、ナメクジ女の私があの立場だったら、塩をかけられた時のナメクジ同様、爆裂四散して死んでただろう。……流石に爆裂はしないか。
でも、春野さんという私にとって尊敬する友達がいてくれたから、あの場を乗り越えられただけに過ぎない。それは事実だ。
「逆に、麗奈さんがいてくれて良かったです。麗奈さんがいなかったら、もしかしたら春野さんとこうしてバンドを組むことも出来なかったんじゃないかって思うから」
「……でも私は、先輩から琴音を……」
思いの丈を吐き出した影響で、心が完全に萎み切ったのか、いつもの強気な麗奈さんは鳴りを潜めていた。そのせいか、再び目元に涙が浮かび上がる。
これ以上泣いて欲しくない──純粋にそう思った私は、麗奈さんの頬にそっと手を添えて、親指で涙を拭った。
「えっ、ちょっ、何……!?」
「これ以上泣く必要なんかないですよ。安心してください。私が春野さんを守りますし、マリナは私が──いや、私たちがぶっ倒しますから!」
「だから泣かないでください。せっかくの綺麗な顔が台無しですよ?」
顔を覗き込みながら励ましの言葉を送ると……何故か麗奈さんは顔を真っ赤にして、ふるふると体を震わせていた。
あれ? なんか想像とは違った反応が返ってきたんだけど……。
「……わ、わかったから……少し離れて。アンタ、(セリフが)クサすぎ……」
「臭ッ!!?」
その上、心を抉る言葉を射出された。
く、臭い……!? えっ? 本当に……?
「えぁっ、あ、あっ、ああああああ! あのっ、何が、どこがッ、臭いんですか……!?」
「……(セリフの)全部。……でも、少しカッコよかっ──」
「全ッ……部ッ……!!!!」
あっ、駄目だ。
これまで無視できていた希死念慮が顔を覗かせてきた。
私は急いで春野さんに電話し、「死にたくなったので死にます」とだけ言い残してフェンスの方へと駆け出した。I CAN FLY!!
「なんか変なこと起こりそうだと思って来てみれば!! 何やろうとしてんのあやちッ!?」
「止めないでください!! 私は生きてるだけで公害を撒き散らす生物兵器だったんです!! もう死にます!! 死んであの世で詫び続けます!!」
「ハハハ、いざ着いてきてみればまた先導がおかしなことを言っているな。アイツはいつもああなのか?」
「そうですよ! なに他人事みたいなこと言ってるんですか!? センパイも一緒に止めてください!!」
それから私は二人がかりでフェンスから引き剥がされ、そのまま引きづられて施設のスタジオへ向かったんだけど、その間に「なぜこうなったのか」の説明をしたところ、春野さんから無視されるようになった。
「……真先輩。私ってそんなに臭いですか?」
「う〜ん、それはちゃんと嗅いでみないとわからないな。よし先導。私が嗅いでやるから服を抜──」
「センパイ。殺しますね?」
「ストレートな殺害予告!?」
※サブタイトル
Clone of Vengence「Turning past regret into hope(feat. Yukihiro)」




