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第八章 仮面の下の不審者は、死神でした。


翌朝。私はパタパタと着替えを済ませ、今日の聖務に向かおうとしていた。

すると、昨日ゴミ捨て場から引きずってきた「黒ずくめの物体」もとい、仮面の男が不意に目を覚ました。

「…………ッ!?」

彼は飛び起きるなり、自分の体を見下ろして「なぜ俺は生きているんだ」と言わんばかりの驚愕の表情を浮かべた。……まあ、仮面越しだから雰囲気だけど。

そして、部屋の隅にいた私を見つけた瞬間、猛獣のような鋭い視線で睨みつけてきたのだ。

(えっ……? この反応、初めてなんですけど!? 普通は『ありがとう』とかじゃないの!?)

「なぜ、俺を助けた! ……馬鹿か。お前のような聖女に助けてもらうような相手じゃない」

開口一番、それ!? お礼どころか罵倒されたんですけど! 私の寿命、返してくれます!?

「ちょっと、安静にしててくださいって……ひゃっ!?」

無理にベッドから這い出ようとした彼の腹部から、せっかく塞がりかけていた血がじわりと滲む。

やばい! と思った私は、考えるより先に体が動いた。

「動かないでくださいってば!!」

ドンッ、と勢いよく彼の肩を押し戻す。

……結果、図らずも彼をベッドに押し倒すような形になってしまった。

(………………あれ?)

至近距離で、仮面の奥の瞳と見つめ合う。

心臓がドクンと跳ねる。……いや、これは恋とかじゃなくて、不法侵入者を押し倒した恐怖の鼓動だ。絶対そうだ。

自分の大胆すぎる行動を自覚した私は、火がついたようにベッドから飛び退いた。

「そこに死にそうな人がいたら助けるのが聖女です!理由はそれだけ! ……っていうか、私のベッドを血で汚さないでくださいね! 昨日シーツ替えたばかりなんですから! 傷が塞がるまで絶対安静! いいですね!?」

捲し立てる私を見て、黒ずくめの男は呆気に取られたあと、ふっと、低く笑った。

「……お前、変な奴だな。俺はフェンリスだ。フェンと呼べ」

その声は、驚くほど優しかった。仮面越しなのに、彼が今、とても綺麗な笑顔を作っているのが分かってしまうくらいに。

「私はディアナです。ここの聖女候補生よ」

「聖女候補、か。……全く、女の一人暮らしに素性もわからん男を連れ込んで。何されても文句は言えんぞ?」

「だって、死にそうだったんですもの! それに、私みたいな余命わずかな短命種を襲ったって、何の得もありませんわよ。そんなことより、他にも傷があるんでしょう? 見せてくださいまし!」

私のあまりの勢いに気圧されたのか、フェンは観念したようにシャツのボタンを解いた。

けれど、露わになった彼の体を見た瞬間、私は息を呑んだ。

(…………こんなに、傷だらけで……っ)

逞しい体つき。けれどそこには、無数の切り傷、刺し傷、何かに激しく殴られたような痕が、痛々しく刻まれていた。どれほど過酷な戦いの中にいれば、こんな体になるのか。

気づけば、視界が滲んでいた。

「……おい、そんな泣きそうな顔で縫うな。死に慣れてる俺には、これくらいかすり傷だ。……本当に、馬鹿な女だな」

呆れたような、でも温かい声。

私は震える手で、彼の傷に触れた。これ以上、彼が痛い思いをしないように。私の寿命なんて、もうどうなったっていいから、この傷だけでも消してあげたくて。

けれど、私の指先が彼の肌に触れた、その瞬間。

「ッ――!?」

フェンリスの体が、ビクリと強張った。

伝わってくる。このお節介で、お人好しで、泣き虫な聖女の掌から。

自分と同じいや、自分よりも遥かに強大な、あの忌まわしき『死神』の波動が。

(まさか……こいつ、俺と同じ……いや、それ以上の……)

フェンリスは驚愕に目を見開いたまま、しばし呼吸を忘れていた。

目の前の少女が、自分と同じ呪いを背負いながら、それでも必死に他人を救おうとしている事実に、彼の心は激しく揺さぶられていた。

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