第九章 窓からの不法侵入者は、王太子殿下でした!?
「……よし、これで包帯はバッチリです!」
フェンの傷口を丁寧に処置し、ようやく一息ついたその時。
カチャリ、と不自然な音がして、私の部屋の窓が音もなく開いた。
「やあ、死神ちゃん♪ 機嫌はどうだい?」
「ちょっと!! 殿下!! なぜ窓から入ってくるんですか!?」
思わず叫んでしまった。そこには、月光を背に優雅に窓枠に腰かけるエテル殿下の姿。
「一国の王太子なんだから、堂々と正面玄関から入ってきてくださいまし! 泥棒みたいな真似して、もし騎士団に見つかったら『聖女候補が王子を誘拐』とかいう特大スキャンダルになりますよ!?」
と言う私の叫びを無視し、エテル殿下は続ける。
「……あ。先客がいたのかな?」
エテル殿下の温度が、スッと下がった。
彼は窓から飛び降りると、ベッドで横になっているフェンをまじまじと見つめる。
「ちょっと! 殿下! いくら男性の体だからって見過ぎです! 穴が開いちゃいますわ!」
「えっと、ごめんごめん。……で。誰だい、この不審者」
エテル殿下が、まるでゴミを見るような目でフェンを睨みつける。
すると、それまで黙っていたフェンも、仮面の奥で燃えるような視線をエテルへと向けた。
(……何、この一触即発な空気? 火花がバチバチ散ってるんですけど!?)
二人とも笑顔なのに、なぜか室内の気温が三度は下がった気がする。フェンの視線には、単なる敵意だけじゃない何かがそう、この王子が自分と同じ「気配」をどこか纏っていることへの警戒のようなものが、確かに滲んでいた。
男二人の無言の圧に胃が痛くなりそうだったけれど、私はそれを無視してフェンをベッドに押し戻した。
「フェン! 病人は黙って寝ておく! 私はこれからお仕事(聖務)なんですからね! いいですか、絶対安静ですよ!」
私の剣幕に押されたのか、フェンは「……わかった」と短く答え、目を閉じた。
よし。次は、この「キラキラした不法侵入者」の番だ。
「それで、殿下。ご用件は何でしょうか? 例の『自殺依頼』に関しては、何百回訪ねてこられてもお断りします。私の辞書に、殺人の二文字はありません!」
殿下の瞳を真っ直ぐ見据えて告げると、彼はふっと、どこか悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「例の件がダメなら……僕に『死ぬのは嫌だ、生きたい!』と思わせてよ。少なくとも君となら、そう思える気がするからさ」
「………………は?」
な、なにその殺し文句!? 「死にたい」と言っていた人が、急に「君となら生きたい」だなんて……。
戸惑う私を余所に、殿下はいつもの完璧なロイヤル・スマイルを見せる。
「まあ……そういうこと(更生プログラム)でしたら、協力いたしましょう……」
「本当!? 嬉しいな」
殿下は子供のように喜んだと思った、その瞬間。
彼は音もなく距離を詰め、私の耳元で低く囁いた。
「じゃあ、手始めに僕の専属聖女になってもらおうか」
「…………はい……????」
え。ちょっと待って。専属って、つまり、二十四時間殿下の監視下……もとい、お側にいるってこと!?
王宮に住み込み!? 美味しいご飯は嬉しいけど、それって「逃げ場なし」の死亡フラグじゃないんですかーーー!?




