第十章 脅迫?いいえ、再就職です(白目)
「専属聖女なんて、絶対にお断りです……!」
自室のベッドに突っ伏して、私は昨夜の出来事を反芻していた。
聖務からボロボロになって帰宅すると、居候していた不審者の姿はすでになかった。
『助かった。また会おう』。
そんな短い書き置きだけを残して。
(……まあ、あんなに睨んできた割には律儀ね。達者でやりなさいよ、フェン)
なんて、呑気に考えていられたのは数秒だった。
頭の裏側で、あの腹黒王子の甘ったるい声が、棘を含んだリフレインを始める。
『僕の専属になれば、君が寿命を削って働く必要はない。君は僕だけを守ればいいんだから。それに――君一人くらい教会からいなくなったって、誰も困らないだろう?』
……思い返してもムカつく! あのお方、ナチュラルに失礼なんですけど!
育ての親である牧師様への恩義を訴えても、殿下は冷たい瞳で一蹴したのだ。
『寿命を削らなきゃ人を救えない君を、過酷な現場に放り込む男がいい人だとは思えないね。……まあ、どうするかは君次第』
一拍。彼の口角が、僅かに吊り上がった。
『受けてくれないなら、僕は君を「死神」だと訴えるしかないかな?』
さらっと言った。あのアイスブルーの瞳で、さらっと脅してきた。
相手は泣く子も黙る、死神狩りの専門集団『聖絶騎士団』。国家の闇に紛れて暗躍するという、その名を口にするだけで教会の大人たちが顔を強張らせる存在だ。
もし私が死神保持者だとバレたら、即・処刑。私の「細く長く、あわよくば畳の上で老衰したい」というささやかな生存戦略が、一瞬でコンクリートミキサーにかけられて粉砕される。
牧師様への恩、教会での居場所、積み上げてきた聖女候補としての立場、それら全部を天秋にかけて、私が出した答えは、結局ひとつしかなかった。
「…………ぐぬぬぬぬっ!!」
命には代えられない。私は奥歯をギリギリ鳴らしながら、荷物をまとめて王宮へと向かったのだ。
***
「やっぱり来ると思ってたよ。死神ちゃん♪」
王宮の玄関先で、エテル殿下はこれ以上ないほど嬉しそうなロイヤル・スマイルで私を出迎えた。
「……殿下。お願いですから、ここでの『死神呼び』はやめてください。心臓が止まって私の寿命が前倒しで終了します」
「おっと、そうだね。じゃあ『ディアナちゃん』でどうかな?」
「……お好きにどうぞ(投げやり)」
案内された部屋の扉が開いた瞬間、私は呆然とした。
え、何ここ。どこのお姫様が住む部屋?
天蓋付きのベッドに、ふかふかの絨毯、壁一面の大きな窓。下級聖女の宿舎(雨漏り付き)とは雲泥の差だ。
(……えっ!? たかが平の聖女に、このVIP待遇!? エテル殿下、性格はアレだけど、福利厚生はホワイトなの!?)
私の単純な脳が、豪華なインテリアによって一瞬で洗浄されそうになる。
「お腹は空いていないかい? ちょうどランチの時間だ」
殿下に誘われ、ダイニングへ向かうとそこには、七色の前菜、黄金色に焼かれたメインディッシュ、そして湯気を立てる焼きたてのパンが並んでいた。
(……ま、眩しい……! これが王宮のご飯……!)
私は、目の前の豪勢な食事に目を輝かせずにはいられなかった。
(食べられるだけ食べて、私の血肉にするのよ……!とにかく、生きる希望を捨てちゃダメよディアナ! 食べて寝て、死神だとバレないようにやり過ごすのよ!)
……あ、また出た。毒を食らわば皿まで理論。我ながら、ここ最近このセリフばっかり言ってる気がする。
でも仕方ないじゃない。生き汚いのが、私の数少ない取り柄なんだから!
私は「死神」の宿命を一時棚上げし、目の前の「ステーキ」という名の生命力にフォークを突き立てた。
……この時、隣で私の食べっぷりを眺めるエテル殿下が、「餌付け成功」と言わんばかりの怪しい笑みを浮かべていたことに、私はまだ気づいていなかった。




