第七章 ゴミ捨て場の死神、拾いました!?
「次の方、こちらへ!」
私は声を枯らしながら、負傷者の傷口に必死で手を当てた。
今日は最悪だ。大通りで馬車が積み重なる大事故が発生。ひっくり返った馬車は数知れず、けが人は十人や二十人じゃきかない。
第一教会の聖女候補生は全員総出で治療にあたっているけれど
「はぁ、はぁ……っ」
指先が震える。体の芯が、じわじわと凍りついていく。
……わかってる。この感覚。今、私の寿命、ゴリゴリ削れてる。
(やばい、これ……今月分の「徳」積みすぎじゃない? 来月の私、生きてる!?)
でも、目の前で泣き叫ぶ子どもや、血まみれの大人を見捨てられるほど、私は器用じゃない。
「助けなきゃ」
その一心で、私は残り少ないロウソクの火を燃やすように、癒しの光を流し続けた。
と、その時。
背中に、チリチリとした熱い視線を感じて、思わず振り返った。
「…………は?」
そこに立っていたのは、庶民風の服に身を包み、安っぽい黒縁メガネをかけた金髪の男。満開のロイヤル・スマイルで、こっちに手を振っている。
(いやいやいやいや!! なんでいるの!? しかも何その庶民コスプレ!?)
メガネ一枚で誤魔化せるレベルじゃないのよ、その顔面の黄金比!! 隠しきれないオーラが、メガネのフレームからダダ漏れなんですけど!!
「……なんで……っ」
「やあ、偶然通りかかってね。君、顔色が悪いよ? 大丈夫?」
小声で絶句する私に、エテル殿下(※変装中)は爽やかにのたまった。
偶然なわけあるかーーーっ!! 昨日あんなインパクト特大の自殺依頼(初オファー)をぶち込んできて、私を高級タルトで釣ろうとしたお方が!!
完全にマークされてるよね!? 私、王室にロックオンされてるよね!?
「殿下……『変装』という概念、ご存知です?」
「してるよ? ほら、こうやって眼鏡をかけて、安物のシャツを着ている。完璧だろう?」
「メガネ=完璧な変装じゃないんですよ……!? そのオーラ、消臭剤みたいにシュシュッて消せませんかね!?」
もう笑うしかない。けれど、今は彼に構っている余裕はない。私は再び負傷者に手を当て、必死に癒しの力を送り続けた。
**
数時間後。必死の治療の甲斐あって、大通りの負傷者はなんとか落ち着きを見せた。
ふうぅぅ……。まあ、これで私の寿命はさらにマッハで縮まったわけだけど(泣)。それでも、誰一人欠けることなく終わったなら、後悔はない。
ふと見れば、案の定というか何というか。変装しているはずのエテル殿下は、漏れ出る色気のせいで即座に正体がバレていた。
「わぁっ! エテル殿下だわ!」「今日もなんて見目麗しいのかしら!」
聖女候補生たち/特にオーレリアン様までもが殿下を取り囲み、黄色い悲鳴の嵐になっている。
(……あれだけ短命者を見下しておいて、殿下には見境なしですのね。まあ、顔の破壊力の前では長寿至上主義も形無しか)
(それにしても、流石の殿下。メガネなんて、ただのファッションアイテムでしかなかったわね)
その光景を遠くから見届けてから、私はフラフラの足取りで第一教会へと戻った。
***
日は沈み、空が深い紺色に染まった頃。教会の裏手、ゴミ捨て場の近くを通った時だった。
「…………ひょっ!? し、死んでる!?」
そこには、ボロボロの黒いスーツにマント、さらに不気味な仮面をつけた『人らしき物体』が転がっていた。
異様な気配がまとわりついている。ただの浮浪者や酔っ払いとは思えない、どこか研ぎ澄まされた.そして酷く場違いな存在感。
慌てて駆け寄り、首筋に触れる。
(……生きてる! かすかだけど、呼吸がある!)
腹部には鋭利な刃物で刺されたような傷があり、じわじわと出血が広がっている。
どこの誰かは知らないけれど、仮面の不審者だけど、……でも!
「見捨てるなんて、選択肢にないですから!」
今日何度目かわからない癒しの力。寿命のロウソクがさらに一センチ短くなるのを感じながら、私は傷口を塞いだ。
呼吸は安定したけれど、こんなところに放置したら今度こそ死んでしまう。
(自室まで……運ぶしかないわよね。私の腰、破壊されそうだけど!!)
私は細い腕に力を込め、自分より遥かに大きな黒ずくめの男を背負い、呻き声を上げながら、夜の回廊をこっそりと進み始めた。
(この人、一体何者なの……?)
仮面の下に隠された素顔を想像して、なぜか背筋がぞくりと震えた。




