第六章 王宮のタルトは蜜の味(死の香り)
目の前に並べられたのは、宝石箱をひっくり返したようなフルーツタルト。サクサクの生地に、とろけるカスタード、そしてキラキラ輝く季節の果実……。
王宮専属シェフ、本気出しすぎじゃないですか!?
「さあ、遠慮しないで。君のために用意させたんだ」
エテル殿下が優雅にフォークを差し出す。
……だめだディアナ、乗せられちゃだめ! これは悪魔の誘惑、いや王子の誘惑だ!
「あ、あの、殿下。私、食べ物で釣られるほど安っぽい女じゃ……」
「一口食べるごとに、僕の死について真剣に考えてくれる? それが条件だ」
「……サイドメニューのクセが強すぎるわっ!!」
思わずフォークを落としそうになった。なんなのこの王子、デザートと一緒に「死」をトッピングしてくるとか、新手の嫌がらせ!?
「断固拒否です! そんな呪いみたいな隠し味のタルト、喉を通りません!」
私はぷいっと横を向いた。
……そのはずだった。
でも、視界の端に映った殿下の横顔に、思わず言葉が詰まる。
月明かりの下、ふっと微笑んだ彼の瞳には、底知れない『無』が広がっていた。
何百年、何千年と繰り返される、終わりのない毎日。彼が見ている世界は、きっと色を失ったセピア色の写真みたいなものなんだろう。
(……ズルいですよ、そんな顔。放っておけなくなるじゃないですか)
私はフォークをそっと皿に置き、深く息を吸ってから、彼を真っ向から見据えた。
「殿下。はっきり申し上げます」
一拍置く。喉の奥がわずかに震えたけれど、ここで引くわけにはいかない。
「あなた様の寿命は奪いません。……いいえ、私は誰の寿命も奪いません」
エテルの眉が、わずかに動く。
「ですが……あなた様の仰りたいことは、分かる気もするのです」
「……分かる、だと?」
「はい。私の母も偉大な聖女でしたが、短命でしたから。幼い頃、もっと長生きして、ずっと側にいてほしいと、何度泣きながら神様に祈ったことか」
エテルの瞳に、微かな驚きが走る。
「だからこそ、お母様が遺した『命を奪うべからず』という掟は、私にとってただのルールじゃないんです。それは、私が私として生きるためのたった一つの『意味』なんです!」
一歩踏み出し、私は彼の冷たい指先を、熱を帯びた自分の手で包み込んだ。
「殿下。お願いです。私の生きる意味を、奪わないでくださいまし。……死を願うより先に、まずはこのタルトが『美味しい』って思えるくらい、生きてみてくださいな!」
真っ直ぐすぎる紅い瞳。寿命が尽きかけ、死に一番近いはずの少女から放たれたのは、あまりにも眩しい『生』の言葉だった。
「…………」
エテルは絶句した。
利用して、絶望させて、無理やり死を運ばせようとしていたはずなのに。
彼女の熱に触れた指先から、凍りついていたはずの胸の奥へ、じわりと何かが伝っていく。
――ピキリ。
微かな音を立てて、そこに小さな罅が入った気がした。
「……君は、本当に……計算外の『死神』だね」
彼は少しだけ困ったように笑い、それからゆっくりとタルトに手を伸ばした。




