第六十一話 最期の祈り、薄れゆく意識の中で
気がついた時、私は冷たい牢獄ではなく、眩しい午後の光が照らす断頭台の上にいた。
視界が白く霞む中、耳に飛び込んできたのは、祝祭の歓声とは真逆の、肌を刺すような呪詛の言葔だった。
「人殺しの死神め! お前のせいで俺たちの『永遠』は奪われたんだ!」
「死ね! 私たちの寿命を返せ!」
怒号の嵐に身を縮める私の前に、一人の男が立ちはだかった。ヴィタ王国の頂点に君臨する、国王陛下。その瞳は愛する妻を失った悲しみと、死神への剥き出しの憎悪で濁りきっていた。
「……我が息子の寿命を狙い近づいた挙句、最愛の妻さえ殺した極悪の死神め。国中に呪いを振り撒き、国民の尊い命を削ったその罪、万死に値する」
陛下は冷酷に言い放ち、私の足元に一本の短剣を放り投げた。銀色の刃が、無情な光を反射して私を射抜く。
「明朝まで生かしておく価値などない。貴様のような穢れた存在に触れる処刑人も不憫だ……。その手で、己の忌々しい命を終わらせるが良い」
震える手で、私はその短剣を拾い上げた。
ひんやりとした柄の感触が、これから訪れる「死」を突きつけてくる。怖い。恐ろしい。喉の奥が引き攣り、視界が涙で歪んでいく。
(ああ……エテル様……。最後にもう一度だけ、貴方の温もりに触れたかった……)
脳裏に浮かぶのは、古城で私を抱きしめてくれた彼の優しい眼差し。私という「死神」を、一人の「ディアナ」として愛してくれた、世界で唯一の人。
(生なる神、アウレリア様。……どうか、最後に一つだけ、私の我が儘を聞いてください。私の命なんて、どうなっても構いません。……けれど、エテル様だけは……どうか……)
彼は、誰よりも孤独を知る人でした。不老不死という呪いに縛られ、凍てつく心で城の隅に佇んでいた、優しい、優しい王子様。
(これからの彼の人生に、どうか溢れるほどの光を。私が奪ってしまった時間を、彼が誰かと笑い合える幸せな日々に変えてください。……私のいなくなった世界で、彼が二度と、独りで泣くことがありませんように……)
それが、私の最期の、そして唯一の祈り。
「愛しています、エテル様。……貴方に出会えて、私は幸せでした」
そう呟いた瞬間、視界のすべてが涙で溶けて、もう何も見えなくなった。
私は、その短剣を己の首筋へと押し当てた。
一瞬の閃光のような感覚。それから、体の輪郭がふわりと溶けていくような、奇妙な浮遊感。焼けるような痛みは、驚くほど早く遠くへ引いていき、代わりに深い眠気にも似た静けさが押し寄せてくる。
崩れ落ちる視界の端で、白銀の雪のようなタナトスの光が、私の体から零れ落ちていくのが見えた。
薄れゆく意識の最期まで、私はただ、愛する彼の幸せだけを願い続けた。




