第六十二話 血塗られた再会、命の半分を君に
空っぽの牢獄を前に、心臓が跳ねるような焦燥感に襲われていた僕の前に、唐突にオーレリアンが現れた。
「エテル王太子殿下、ディアナ様が自ら鎖を外し、裏の隠し通路から逃げるのを見ましたわ! 通路を抜けた先は北門です!」
(この女の言うことが信用できるのか……? だが、一刻も早くディアナを見つけ出さないと、処刑の手が迫ってしまう。それだけは、何としてでも……!)
僕はオーレリアンの言葔に一縷の望みをかけ、北門へ向かって無我夢中で走り出した。背後で彼女が浮かべた、毒蛇のような微笑みにも気づかずに。
「馬鹿な男。貴方が見当違いな方向に走っている間に、愛する人は絶望の中で死ぬというのに。……ふふ、でもいいわ。あの目障りな死神がいなくなりさえすれば、貴方は私のものになるのですから」
高笑いを残して去る彼女の呪いなど知る由もなく、僕は北門に辿り着いた。だが、そこには人っ子一人いない。静まり返った森の入り口が、僕の焦りを嘲笑っているようだった。
「……っくそ! はめられたか!」
裏切りの事実に血の気が引く。僕は即座に引き返し、王宮内を死に物狂いで走り回った。胸騒ぎが止まらない。肺が裂けそうになっても、足は止められなかった。
(ディアナ……どうか無事でいてくれ。君を失うくらいなら、僕は……!)
***
まさかと思い、最悪の予感に突き動かされて向かった処刑所。そこで僕が目にしたのは、あまりにも残酷な光景だった。
広場の中央、血の海の中に倒れ伏しているディアナの姿。
一瞬、世界から音が消えた。呼吸の仕方さえ忘れ、僕はただその場に立ち尽くした。
その首筋からは鮮血が流れ、彼女の体からは最期の残り香のように、薄らと白銀のタナトスが漏れ出し始めていた。
その無惨な姿を、集まった民衆も、そして高台に座る父上さえも、満足げな嘲笑を浮かべて眺めている。
「――ディアナッ!!」
なりふり構わず、僕は彼女の元へと駆け寄った。
まだ微かに温かい、けれど急速に冷えていくその体を抱きしめ、喉が枯れるほどの声で名前を呼び続ける。
「嘘だ……嘘だと言ってくれ、ディアナ! 目を開けてくれ! お願いだ、僕を置いていかないでくれ! 僕の命なんて、いくらでもあげるから……っ!」
すると、上から退屈そうな声が降ってきた。
「ちょうどいいところに来たな、エテル。お前の不老不死を狙った忌々しい死神を処刑したところだ。これで邪魔者はいなくなった。お前は永遠を生きていける。安心しろ」
その瞬間、僕の心の奥底で、すべてを焼き尽くすような怒りと悲しみが爆発した。
(どうして……。何も悪いことをしていない君が、死ななければならないんだ。短い寿命でも精一杯全うしたいという、君のささやかな願いすら、僕は叶えてあげられなかった……!)
目から溢れるのは、とめどない慟哭の涙だった。
「エテル? どうした、お前のためにやったことだ。死神の死など、悲しむ価値もないゴミのようなものだぞ」
「……価値がないだと? 彼女がこの国に何をしたというんだ!!」
僕は叫びながら立ち上がり、父を、そして民衆を睨みつけた。
「彼女は自分の寿命を削ってまで人々を救った! 最後まで、奪うことではなく与えることだけを考えた彼女を、何の罪で裁いたんだ! 真実を見ようともせず、無実の人間をなぶり殺しにしたのは貴様らだ!」
僕は父に向かって、剥き出しの殺意を込めて言い放つ。
「永遠に生きたいなんて思わない! 永遠の命なんて、僕にはゴミ以下の価値しかないんだ! 父上は僕のためだと言うが、結局は死神の力を恐れていただけだろう! 僕は、ディアナを……君を救えなかった自分を、そして奪った貴様らを、絶対に許さない!!」
僕は再び跪き、消え入りそうなタナトスを纏うディアナの左手を、折れそうなほど強く握りしめた。不老不死の呪いが解けた僕の体から、残された生命力、そして魂のすべてを彼女へと流し込む。
「僕の半分をあげる。だから、君の半分を僕に返してくれ。……お願いだ、一人にしないでくれ……っ! 君がいない世界で、僕が息をしていけるわけがないんだ……!」
僕の悲痛な叫びと、命を削るような祈りが、ディアナの消えかけていたタナトスと共鳴し、激しく脈打ち始めた。




