第五十七話 灰白の王都、最上階の女帝
王都に辿り着いた私たちが目にしたのは、生ける屍のようになった民たちが力なく横たわる、変わり果てた街の姿だった。つい先日まで、笑い声と活気に溢れていた町の面影は、どこにもない。
崩れた露店、倒れた馬車、干上がった噴水。色という色が失われ、世界全体が古い写真のように灰色く沈んでいる。
瓦礫の陰から様子を伺っていると、銀色の甲冑を纏ったヴォイド・ウォーカーたちの姿が見えた。街の緊急事態を受け、通常の騎士団と共に駆り出されているようだ。
「死神の仕業に違いない。人々の生を吸うなんて、そんな外道の所業をするのは死神だけだ!」
「もしや、脱獄したあの死神の娘が、同胞を使って我々に復讐しに来たのか!?」
騎士たちの怒号が耳に刺さる。
(私が犯人だと思われている……? こんな膨大なエネルギーを一方的に奪い去るなんて、もはや人の業ではないというのに……)
無知ゆえの偏見に溜息をつきそうになるのを堪え、私は隣に立つエテル様の手をぎゅっと握った。彼は「離さない」と答えるように、力強く握り返してくれる。
私たちは騎士たちの目を盗み、王宮へと肉薄した。
(どうして気づかないのかしら。この王宮からは、今も明らかに禍々しい気配が溢れている。タナトスよりももっと淀んだ、闇の力が混じった気配を……)
私の感覚が激しく反応する方向へと、二人は足を進める。城を見上げると、最上階の屋上から、巨大な蛇のような黒い靄が噴き出していた。
(あれは何……? 壺、かしら……?)
エテル様と二人でその根源へ向かおうとした、その時。ヴォイド・ウォーカーの騎士団長、アルリックがこちらへ向かって歩いてくるのが見えた。
「――っ!」
咄嗟にエテル様と共に、近くの物置へと身を潜める。狭い空間で、私がエテル様に覆い被さるような形になってしまった。慌てて離れようとしたが、腰に回された腕の力は強く、逃げられない。
(こんな状況で、ドキドキしないでくださいまし……自分!)
至近距離で見つめ合う形になるが、外からはまだアルリックの重い足音が聞こえている。一歩、また一歩と、足音が扉のすぐ側を通り過ぎていく。心臓が痛いくらいに脈打つのは、緊張のせいなのか、それとも別の理由なのか、自分でも分からなくなる。エテル様は、その音が遠のくまで、私の体を折れそうなほど強く抱きしめてくれていた。
やがて足音が止み、私は静かに口を開いた。
「エテル様、ここからは別行動にいたしましょう。私は屋上へ向かい、あの気配の正体を突き止めます。エテル様は、アルリック様が屋上に近づかないよう、誘導をお願いできますか?」
「だが、君から離れて、もし君に何かあったら……僕は自分を許せない」
苦しげに顔を歪め、拳を握りしめる彼。私はその拳を両手で優しく包み込んだ。
「エテル様、この惨劇の元凶が誰であれ、アルリック様は厄介です。私たちの思惑に気づいて先回りされるわけには参りません。どうか……お願いします」
私の必死の懇願に、エテル様はしばらく黙り込んだ。何度も言葔を探すように口を開きかけては、また閉じる。それでもようやく、絞り出すように頷いた。
「……分かった。だけど、本当に危なくなったらすぐに逃げるんだよ。約束だ」
念を押すように言ったエテル様は、変装用の黒いマントを脱ぎ捨て、凛とした王太子の姿に戻る。そして私をもう一度強く抱き寄せると、おでこに優しく、祈るようなキスを落とした。
「君の幸運を祈っている」
繋いだ手を名残惜しそうに離し、エテル様は騎士たちの方へと歩き出した。
私は一人、禍々しい闇が渦巻く屋上へと、一気に階段を駆け上がった。




