第五十四話 沈黙の古城、受け継がれる意志
古城に薄らと差し込む朝日を感じて、私は目を覚ました。
横を見ると、エテル様が私を腕の中に閉じ込めたまま、穏やかな眠りについている。その寝顔は驚くほど無防備で、愛らしかった。私はたまらず、そっと彼の金髪を撫でてしまった。
名残惜しみながらも起き上がろうとしたその時、ベッドサイドに足をぶつけてしまい、上に置かれていた小箱が床に落ちた。
その音で、エテル様がゆっくりと瞼を開ける。
「ごめんなさい……起こしてしまいましたわね。朝ごはんを一緒に食べられたらと思って……」
申し訳なさに俯いて下を見ると、開いた小箱から一冊の手帳が飛び出していた。
「……それ、母様の日記だよ。見てもいいよ、君ならね」
エテル様はそう言って、手帳を拾おうとする私を再びベッドへと引き寄せ、背後から抱きしめた。
***
手帳を開くと、そこには色褪せた紙に綴られた、優しくも力強い筆跡が並んでいた。エテル様のお母様ノエル亡妃の、心の声だった。
私は息を整え、震える指でページをめくった。
最初の頁には、エテル様への深い愛情が溢れていた。自分の死後、エテル様が呪いにかけられることを予見していたかのような、切実な言葉。
『愛おしいエテル。呪いをかけられたとしても、生きることをやめないで。いつか、その力を分かち合い、共に歩める魂の片割れが現れる。それまで、どうか自分を嫌いにならないで。母さんは、あなたのすべてを愛しているわ』
そして次の頁には、当時まだ秘匿されていた、驚くべき事実が記されていた。迫害されていた死神たちを、ノエル様はこの古城で密かに匿い、逃がしていたのだ。
『今日、また一人の「星の子(死神)」を森へ逃がした。なぜこの国は、終わりがあるからこそ輝く生の美しさを忘れてしまったの? 私は王妃としてではなく、一人の人間として、彼らの居場所を守りたい』
(なんて優しい方だったのかしら……)
鼻の奥がツンとする私に、エテル様が耳元で囁く。
「これを読んだ時、誓ったんだ。幼いながらにね。死神を悪と決めつけ、処刑するこの歪んだ国そのものを、僕が変えると」
エテル様の瞳には、静かな決意の炎が燃えていた。そして日記の最後には、祈りのような一節が刻まれていた。
「100年の時を越え、真なるタナトスが目覚める。そのタナトスは、正しい生を循環するであろう」
その言葔に、なぜか涙が溢れて止まらなくなった。震える私の手を、エテル様が大きな掌で包み込んでくれる。
「エテル様……お母様は、知っていらしたのですわ。私のような存在が現れることも……そして、貴方の力が決して『呪い』ではないことも」
これまで自分の力を「人を傷つけるだけの毒」だと忌み嫌っていたエテル様。けれど、最愛の母が遺した言葉が、彼の過去を、そして私たちの今を、力強く肯定してくれた。
「……『正しい生を循環する』。父上やリヴァベラが求めている『永遠』ではなく、終わりのある、けれど尊い生。母上は、君が僕を救ってくれることを分かっていたんだね」
エテル様は日記を愛おしそうに抱きしめ、決然と言った。
「ディアナ。母上が守ろうとしたこの意志を、僕たちが継ごう。死神も、人間も、等しく『命』を全うできる国にするために」
私は彼の手を強く握り返し、深く頷いた。
***
朝日はすっかり昇りきり、互いの居場所へ帰らなければならない時間が訪れる。
「ディアナ……ディアナ。君を離したくない。そばにいてほしい。君がいない王宮は、本当に辛いんだ……」
「私もですわ。……ですが、これも私たちの幸せな未来のため。また、夜に会いましょう」
渋々腕を解いてくれたエテル様に、私はそっと爪先立ちをして、優しい口付けを落とした。
「離れていても、愛しております」
言い切るか否かのうちに、エテル様の手が私の後頭部に回された。
「んっ……エテル、様……」
深く、熱く、舌が絡み合うような、独占欲に満ちたキス。離れた唇を、彼が親指で愛おしそうになぞる。
「ディアナ、僕も愛している。また今夜、ここで会おう」
古城を出た私たちは、それぞれの戦場へと戻っていく。
ノエル亡妃が夢見た、光り輝く未来を信じて。




