第五十二話 孤独な支援者、届かぬ愛の供給
ディアナが月の神殿で子供たちと遊び、不器用ながらに食事を作り、フェンリスの指導下でタナトスを制御する修行に励んでいる一方で、ヴィタ王国は、かつてない狂気に包まれていた。
死神が脱獄し、民に紛れ込んでいる。その恐怖に憑りつかれた国王は、ついに正気を疑うような布告を出す。
「死神を見つけ出した者には、金貨五百枚を授ける!」
街中には「死神の指名手配書」が溢れ返り、そこにはディアナの似顔絵が無惨に貼り出されていた。懸賞金という餌に釣られた民は、隣人さえも疑う獣へと成り下がっていく。
***
僕は自室の窓から、その殺伐とした景色を冷ややかな瞳で見下ろしていた。
「……愚かな。恐怖に目を眩ませ、守るべき民を獣に変えるつもりか、父上」
たとえ実の父であろうと、自分の腕の中からディアナを奪い、彼女を殺そうと躍起になるこの国を、許すつもりは毛頭ない。
(こんな狂った国なら、いっそ僕がすべてを塗り替えてやる。……ディアナと共に、正気でいられる世界に)
僕は今、「死神に魅了されたショックで静養中」という名目を使い、公務を最小限に抑えていた。それは周囲を欺くための仮面であり、その裏で僕は着々と動いていた。
手元にあるのは、極秘で用意させた大量の物資リストだ。最高級の小麦粉、保存のきく燻製肉。そして.
「ディアナ、君は今頃、あの硬いパンを食べているのかい? 君の繊細な体には、もっと相応しいものがあるはずだ」
リストの最後に、僕は自筆で『最高級の苺のコンフィチュール』と書き加えた。あの日、二人で笑いながら食べたケーキに使われていた、彼女の大好物。
「……これを、月の神殿の入り口にある枯れ木の下へ。フェンリスの奴には、一口もやるなと伝えておけ」
影に控える忠実な部下に命じ、僕は再び冷徹な王太子の仮面を被る。愛する人を救うためなら、例え国を欺く大罪人と呼ばれても構わなかった。
***
月の神殿。フェンリスが担いできた大きな麻袋を開けた私は、驚きに目を見開いた。
「これ……王宮の紋章が入った、お菓子……?」
「ああ。あの『重たい愛』の持ち主からだ。手紙も入ってるぞ。……ったく、こんな状況でよくやるぜ」
呆れ顔のフェンリスから渡された封筒を、私は震える手で切る。
そこには、たった一行。
『必ず迎えに行く。それまで、僕の愛を食べて、生き延びてくれ。エテル』
私の瞳から、ポロポロと大粒の涙が零れ落ちる。
たとえ世界中が敵になっても、自分を信じ、命懸けで支え続けてくれる人がいる。その揺るぎない事実が、私の中に眠るタナトスの力を、より強く、そしてより優しく変質させていった。
(エテル様……。ありがとうございます……。私は、負けませんわ……!)




