第五十一話 孤独な揺り籠、月の神殿
フェンリス様に連れられ、深い霧を抜けた先に現れたのは、断崖にひっそりと佇む「月の神殿」だった。かつてタナトスが暴走しかけた際、一度だけ彼に案内された、死神たちの聖域。
神殿の広間へ一歩踏み入れると、そこには外の世界の喧騒から逃れ、身を寄せ合って暮らす同胞たちと、幼い子供たちの姿があった。
最初は、見慣れぬ訪問者に怯えた様子を見せていた彼らだったが、私がフードを脱ぎ、銀色の髪と紅い瞳を露わにすると、その表情に「同胞」としての安堵が広がった。
「今日からここで共に暮らすディアナだ。同じタナトスの保持者だ。仲良くしてやってくれ」
フェンリス様の言葔が終わるか終わらないかのうちに、小さな子供たちが駆け寄ってきて私の服の裾を掴んだ。
「お姉ちゃん、遊ぼう!」
「ディアナお姉ちゃん、あっちに綺麗なお花が咲いたんだよ!」
無邪気に笑い、温かな小さな手を差し伸べてくれる子供たち。屈託のない笑顔、キラキラとした瞳、他愛のないおしゃべり、それはどこにでもある、当たり前の子供の姿だった。けれど、その小さな体には、国から「処刑対象」として忌み嫌われる死神の力が宿っている。その残酷な真実に、私の胸は締め付けられた。
***
それからの日々は、子供たちと遊んだり、不器用ながらも料理を作ったり、破れた服を繕ったりと、瞬く間に過ぎていった。
「フェンリス様、ここにいる子供たちの……親御さんはどこに?」
ふとした疑問を投げかけた私に、フェンリス様は怒りと悲しみの混ざった、ひどく苦い表情を向けた。
「……捨てられたに決まってるだろ。例え我が子でも、タナトスを持って生まれれば、それは国に仇をなす『呪物』扱いだ。親は保身のために、容赦なく子を捨てる」
吐き捨てるような言葔が、静かな広間に響く。
「住む場所も食べ物もなく、飢えに苦しんだ果てにタナトスを暴走させる。ヴォイド・ウォーカー(死神狩り)に捕まりかけていたところを、俺が拾い集めたんだ。……あいつらと俺は、鏡合わせのようなもんだからな。放っておけなかった」
「フェンリス様は、お優しいのね。……知っていましたけれど」
彼への感謝と共に、私の心には静かな、けれど消えることのない怒りが灯っていた。
(誰も望んでこの力を持って生まれたわけではないのに。持っているだけで命を狙われるなんて……やはり、この国はどこか狂っているわ)
***
夜、すやすやと眠る子供たちの額に優しいキスを落とし、私は祈りを捧げる。
(どうか、せめて夢の中だけは、何の怯えもない幸せな世界でありますように……)
子供たちの横にそっと身を横たえ、神殿の高窓から差し込む月光を見上げる。月を見るたびに、あのアイスブルーの瞳を思い出して、胸が張り裂けそうになる。
(エテル様……今、どうしていらっしゃるかしら。……会いたい。一目だけでも……)
***
同じ月を、遠く離れた王宮の一室でも見上げている者がいた。
冷たいベッドに横たわりながら、僕は静かに涙を流していた。
届かぬ距離に唇を噛み締め、ただ彼女の名前を呼び、焦がれる。
(ディアナ……君は今、無事でいるだろうか。……会いたい)
二人の願いは、銀色の月光に乗って、夜の空で静かに重なり合っていた。




