第四章 やっと会えたね、死神ちゃん♪
―ディアナside―
今日の聖務は、マジで地獄だった。
午前は病人の癒し、午後は怪我人の手当、最後は「聖なるお祈り」合唱大会(※強制参加)。結果、私の全身疲労は限界突破である。
「……もう、一歩も動けない……」
私は教会の裏手、手入れの行き届いていない花壇の縁にドサリと腰を下ろした。うっすらとした夜風が、火照った肌を冷やして心地いい。
このままここで寝ちゃおうかな。あ、でも明日の朝、リサたちに見つかったら「聖女候補が野宿だなんて、はしたないわぁ」って一生擦られるんだろうな……。
そんな妄想をしていた、その時だった。
「やっと出会えたね。ずっと探してたよ、死神ちゃん♪」
「…………………………はい?」
今、なんて言った? 私の耳、ついに疲労でバグった? 幻聴だよね? それも、これ以上ないくらい不吉な単語の。
(※リピート再生中:「死神ちゃん♪」)
「誰が死神だぁあああああっ!!」
反射的に絶叫して、背後を振り返る。
そこに立っていたのは、月明かりに金髪を輝かせ、完璧な造形の顔にこれ以上なく優しい微笑みを浮かべた男。
この国のアイドル、もとい王太子エテル・ルイ・ヴィタ殿下(実物)だった。
「え、……は? ええっ!?」
「うん。やっぱり君だ」
「え!? ……ちょっと待ってください、状況がカオスです!」
脳内ツッコミが追いつかない。なぜ、この深夜に。なぜ、王太子が教会の裏路地に。そしてなぜ、開口一番に「死神ちゃん♪」呼ばわり!?
どこの世界に、こんな物騒なキャッチコピーでナンパしてくる王子がいるんですか!?
「そんなに警戒しないで。僕、怪しい者じゃないから」
「いや、王太子殿下が真夜中の裏路地でそんなセリフ吐いてたら、存在そのものが不審者極まってますよ!!」
「ふふ……そういうところ、面白いね」
「笑ってる場合じゃないです!!」
私は必死に距離を取ろうとしたけれど、殿下は一歩、また一歩と優雅な足取りで近づいてくる。
笑顔は柔らかい。けれど、その瞳の奥には、すべてを見透かすような冷徹な光がある。
(やばい、この人……中身、相当ヤバいやつだ!)
私の生存本能が、全力で警報を鳴らしていた。
「君にお願いがあるんだ」
「お、お願い、ですか……?」
にっこり笑うその顔に、一瞬だけ深い闇が差す。
(この人……腹の中、真っ黒だ!!)
「僕を殺してほしい」
「…………………………」
……。
…………。
はい???
「はあああああああああああああ!?!?!?」
夜の教会裏に、今宵二度目の悲鳴がこだました。
「いやいやいや、待ってください! 何を仰られているのですか!? え、死にたい? なんですかその初オファー! 不吉ワード全開なんですけど!!」
「落ち着いて。僕は別に、君を困らせたいわけじゃないんだ」
「もう手遅れなほど困ってますが! 王子様に正体バラされた挙句、自殺依頼!? 私の脳みそが過熱して煙吹いてますよ!?」
エテル殿下はさらに一歩踏み込み、私の目を見つめて静かに告げた。
「僕はね、不老不死なんだ。……死ねないんだよ、僕」
重苦しい告白。この国では「最高の祝福」とされる不老不死。けれど、彼の声に宿っていたのは、救いようのない絶望だった。
「だから君に終わらせてほしい。君が、その『死神の力』を使って」
(何この人!? 顔面国宝なのに発言全部ホラー!!)
「……って、ちょっと待ってください!!」
私は立ち上がり、震える指で彼を指差した。
「絶対にやりません! 人の命を奪うなんて、お母様との約束にかけて、死んでも御免です!!」
「そう言うと思ったよ」
―エテルside―
ディアナの反応は、予想通りだった。いや、予想以上に面白い。
(ふっ……死神ちゃんは拒絶から入るタイプか)
僕は穏やかに微笑みながら、心の仮面を厚くする。
利用するんだ、彼女を。彼女の力こそが、この不老不死という終わりのない拷問を断ち切る唯一の鍵。そのためなら、どんな卑怯な手を使ってでも、彼女を僕の側に繋ぎ止めてやる。
そのはずだった。
けれど、必死に瞳を揺らしながら、「生きたい」という生命力を全身から放つ彼女を見たとき。
胸の奥で、とうに消えたと思っていた火が、微かに灯った気がした。
そんなはずはないのに。
僕は、それに気づかなかったふりをした。




