第四十九話 鉄格子の再会、闇に結ばれる同盟
冷たく湿った石床に膝をつき、私は一人、声を殺して泣き続けていた。
豪華なアイスブルーのドレスは汚れ、泥にまみれている。首元に残る剣の冷たさよりも、エテル様の絶望した顔を想像することの方が、何倍も私の心を切り刻んでいた。
(……ごめんなさい、エテル様。私はやっぱり、貴方の隣にいてはいけない化け物でした……)
死神であることがバレた以上、処刑は免れない。それは分かっている。けれど、最後に一目だけでも彼に会いたい。あの温かなアイスブルーの瞳に、もう一度だけ、映りたかった……。
そんなことを思いながら、私は冷たい床に体を横たえた。タナトスの力を使った極限の疲れからか、意識が遠のき、微かな眠りに落ちていた。
「ディアナ……起きてくれ……」
少し悲しげで、けれどどこまでも優しい声が降ってくる。
重い瞼を擦りながら声のする方を見ると、そこには、鉄格子を隔てて、エテル様が立っていた。
「良かった……。このままディアナが目を覚まさなかったら、どうしようかと思っていたんだ。すまない……全部僕のせいだ。こんな時でさえ、君を守れない僕は……無能だね」
私は鉄格子の隙間から、震える手でエテル様の手に触れた。
「そんなことありませんわ。私は生まれつき死神です。正体が明らかになるのは時間の問題でした……。処刑されるのが私だけなら、それでいいのです。ですが、貴方までもが巻き込まれるのが怖くて……。エテル様、貴方は生きてください。それが私の、最後の願いです」
私がそう告げると、エテル様は強く首を振った。
「何を言っているのさ……君がいない世界なんて、僕にとっては地獄だ。死が君を選ぶというのなら、僕もその定めを共に受ける。君がいない世界では、もう僕は生きられなくなったんだよ。だから、ちゃんと責任を取ってね……? 簡単に死ぬなんて言わないこと。最後まで、生きることを諦めないで。僕のすべてを賭けてでも、君をここから出すから。何一つ悪いことをしていない君を、処刑なんてさせない」
その視線があまりにも真剣で……。絶望の底にいた私の心に、再び小さな灯がともる。
「わかりました……。私もエテル様と共に生きていきたい。諦めませんわ。エテル様、信じています」
静かな牢獄で、鉄格子越しに二人は幾度も手を重ね合った。エテル様の温かさに触れて、私はこの冷たい闇の中でも生き延びようと心に誓った。
***
ディアナを助け出すために、僕はあらゆる策を練った。
だが、死神という存在に国中が恐れ慄いている今、味方をしてくれる者など一人もいなかった。誰もが「殿下は死神に魅了されている」と僕を憐れむような目で見る。
(ディアナ……君が毎日そばにいてくれた日々が、これほどまでに恋しいなんて。君がいないと、心臓を素手で握られているように苦しい)
書斎で一人、拳を握りしめていた時だった。不意にノックの音が響く。
現れたのは、死神たちを束ねる秘密組織『エクリプス・エンド』の団長、ヴォルフィード・フェンリスだった。
「これは、フェンリス殿。一体何用で? 僕はディアナを救い出す案を考えるのに必死なんだ。君の相手をしている暇はない」
軽く挑発する僕に、彼はとんでもない言葔を投げかけてきた。
「全く、貴方という方は。……俺たち死神にとって、ディアナの力は特別です。彼女の力は、この歪んだ世界さえも変える可能性がある。だからこそ、手を組みましょう。彼女を助けたいという意志は、同じはずだ」
「協力しろと? 貴方の力がなくとも、ディアナは僕が一人で助け出す」
食い下がる僕に、フェンリスは冷徹に言い放つ。
「では、どうされるおつもりで? この国にとって死神は悪。貴方がどれほど擁護しようと、周囲は『死神に騙されている』としか思わない。貴方一人では、彼女の命は絶対に守れない」
悔しいが、その通りだった。僕の幸せのすべてはディアナだ。彼女を失うくらいなら、プライドなど泥に捨ててやる。
「……じゃあ、どうすればいい?」
渋々問いかける僕に、フェンリスは待ってましたと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべ、脱出計画を語り始めた。
作戦はこうだ。僕が陛下に謁見し、ディアナの処刑免除を公に願い出ている間に、フェンリスが牢獄へ忍び込み彼女を救出。そのまま死神たちの聖域――「月の神殿」へと逃げ延びる。
(うまくいくかはわからない……。けれど、わずかでも可能性があるのなら、賭ける価値はある。ディアナ……待っていてくれ。必ず、君を僕のそばへ戻してみせる)




