第四十八話 断罪の茶会、崩れ去る平穏
二人で並んで座り、手を繋いで、昨日一緒に作った不格好なケーキを食べる。
「君と作ったからか、美味しさが倍増している気がするよ。止まらないな」
そう言ってパクパクとケーキを口にするエテル様の横顔。私もまた、そんな彼との穏やかなひと時を心から楽しんでいた。……けれど。
「失礼する」
不意に現れたアルリック様に、私は恥ずかしくなって繋いでいた手を離そうとした。けれど、エテル様はわざと指を強く絡ませ、絶対に離そうとはしてくれない。
アルリック様はそんな私たちを冷ややかな目で見据え、一通の手紙を差し出した。裏面には、見覚えのある薔薇の朱印、リヴァベラ王妃様のものだ。
(……招待状? 明日の、女性限定の茶会……)
「将来の王太子妃として、社交を学びなさい」
添えられた手紙には、命令に近い一文が記されていた。エテル様は「僕がいない席には出なくていい。何かあったら守れない」と反対してくれたけれど、彼の立場を思えば、ここで私が逃げるわけにはいかない。
「……大丈夫です、エテル様。行ってまいりますわ」
私は一人、嵐の予感がする会場へと向かう覚悟を決めた。
***
当日。会場には華やかに着飾った令嬢たちが集まっていた。
エテル様が「僕が選んだドレスを着てほしい」と用意してくれた、アイスブルーのシフォンがふわふわと揺れるドレス。散りばめられたパールが月光のように輝く。
(……エテル様、ありがとうございます。頑張りますわ)
主催の王妃様の姿はなく、代理としてオーレリアン様がその場を仕切っていた。彼女の一挙一動に令嬢たちが陶酔する中、私は並ぶ茶菓子の美味しさに束の間の癒やしを得ていた。……その時だった。
「……痛っ!」
短い悲鳴と共に、同期のミレイが転倒した。その膝には、転んだだけとは思えないほど深く、抉れたような傷口から血が溢れている。
呆然とする私に、オーレリアン様が満面の笑みで告げた。
「あらあら、可哀想に。ディアナ、次期王太子妃候補の『聖女』である貴方なら、お手本を見せてくださるわよね? 慈愛の力を見せてほしいわ」
ミレイの苦しむ姿を放置などできない。私は駆け寄り、傷口に右手をかざした。……その瞬間。
鼻腔を突く、異常に甘く、どろりとした香り。
(この匂い……誕生祭の時の『聖水』!? 会場の花々に撒かれているんだわ……!)
心臓が凍りつく。逃げ場のない密室に、あの時と同じ匂いが満ちている。
精神がかき乱され、タナトスの力が暴走を始める。絶体絶命の瞬間、私はフェンリスに教わった制御法を必死に思い出した。
(……眠れ。お花さんたち、お願い、眠って……!)
左手から溢れかけた黒い靄が、周囲の花壇を包み込む。すると、聖水を吸い上げた花々が次々と蕾を閉じ、香りが遮断された。
(今よ……!)
私は再びミレイの傷に集中する。「生なる神アウレリアよ、傷を癒したまえ――」
寿命が削れる特有の音と共に、黄色い光が傷を塞いでいく。安堵したのも束の間、ミレイは「ふわぁ……」と大きな欠伸をして、そのまま深い眠りに落ちてしまった。
「えっ……!? ミレイ!?」
それだけではない。制御しきれなかったタナトスの「眠り」の波動が会場中に広がり、悲鳴を上げていた令嬢たちや、オーレリアン様までもが、糸が切れた人形のように次々と眠りについていく。
静まり返った異常な光景。そこへ、剣を帯びたアルリック様が踏み込んできた。
「……やはり、死神だったか」
冷徹なその一言が、私の退路を断った。
一面に立ち込める死の霧。眠り続ける人々。言い逃れのできない証拠が、そこにはあった。
(判明してしまった……。こうなった以上、もう、エテル様の隣にはいられないかもしれない。……ううん、たとえそうだとしても、彼だけは絶対に道連れにしない)
私は震える拳を握りしめ、アルリック様を見据えた。
「……エテル殿下は、何も知りません。私が彼を騙して、側に仕えていました。彼に、罪はありません」
彼だけは守りたかった。彼には、光の中にいてほしかったから。
「そんなこと、分かっている」
アルリック様の冷たい剣先が、私の首元に突きつけられる。私は無駄な抵抗を捨て、そのまま冷え切った地下牢へと連行された。




