第四十六話 お忍び(?)の爆買い行進曲
呪印の苦しみから解放された殿下は、日に日に五感の瑞々しさを取り戻されていた。
感覚が戻るたび、世界を初めて見る子供のように目を輝かせる彼を見ていると、こちらまで鼻歌を歌い出したくなる。そして何より、あの誕生祭の日以来、私たちは「恋人」という関係になったのだ。
相変わらず私を抱きしめて眠ったり、食事中に当然のように手を繋いできたりと、独占欲の強さは以前と変わらないけれど、そんな何気ない日常のすべてが、今は愛おしくてたまらない。
「今日は『普通』の恋人として過ごそう」
そんな彼の提案で、私たちは変装をして王都の繁華街へと繰り出した。
私は持っている服の中で一番質の良い花柄のワンピースを選び、髪を丁寧に三つ編みに結ぶ。エテル様の隣に立っても恥ずかしくないようにと精一杯背伸びをしたつもりだったけれど……。
(……殿下、オーラが凄すぎて全然お忍びになっていませんわ……)
眼鏡をかけ、地味な色のコートを羽織っていても、その気品溢れる立ち振る舞いは隠しきれていない。それどころか、私の手を「恋人繋ぎ」でがっしり握りしめ、通り過ぎる男性たちを冷たい視線で威嚇している。
「せっかくのデートだし、『殿下』呼びは禁止だよ? ほら、君の可愛い声で僕の名前を聞かせて」
「……っ! え、えっと……え、エテル様……」
「呼び捨てでもいいのに! 僕たち恋人なんだから」
ぷくっと頬を膨らませる彼に、私は顔を真っ赤にして「がんばります……」と答えるのが精一杯。当の本人は、私の反応が嬉しいのか、上機嫌で鼻歌まで歌い始めた。
***
そんな私の心配をよそに、彼は王都で一番の高級ブティックの前で足を止めた。
「ディアナ、君に似合うドレスを僕に選ばせてほしい!」
「えっ、エテル様! 今日は庶民のデートを……」
「僕の隣を歩く君が、世界で一番輝いていないと僕の気が済まないんだ」
店内に入るなり、彼は店主を呼びつけ、次から次へと最高級のドレスを持ってこさせた。
「これは夜空のような紺色だ。君の銀髪に映える。……こっちは情熱的な紅。君の瞳の色を思い出すね。……ああ、この純白のシルクも、いつかの『予行演習』に良さそうだ」
次々と試着室に押し込まれ、着替えて出てくるたびに、エテル様は椅子に深く腰掛け、片手で口元を覆いながら熱を孕んだ瞳で私を凝視する。
「……うん。可愛い。……いや、可愛すぎて心臓に悪いね」
「エテル様、もう十分ですわ! これ一着で下級聖女の年収が飛びます!」
「安いものだよ。君の笑顔に比べればね。店主、今着た十着、全部包んでくれ。あと、それに合う宝石と靴も一式だ。ああ、それから帽子も。手袋も忘れずに」
「ダメです!! 全部はダメです、エテル様!! もはや爆買いを通り越して国庫の危機ですわ!!」
私は慌てて彼の腕にすがりついた。周囲の客や店員が、この「超ド級の金持ちの若様」と「必死に止める娘」を呆然と見守っている。
「……一着だけにしてください! じゃないと、もう一緒に歩きませんわ!」
「……えっ。それは困る。……わかった、一着に絞るよ。その代わりに、向かいの宝石店で指輪を買わせてくれないか?」
「話が飛躍しすぎです!!」
結局、家が建ちそうな値段のドレス一着でなんとか妥結した。
彼は「もっと君に与えたいのに……」と捨てられた子犬のような顔をしながらも、大量の紙袋を軽々と片手で持ち、もう片方の手で再び私の手をしっかりと繋ぎ直した。
(まぁ……でも、これがエテル様の愛情表現なのかもしれませんわね。ふふっ)
***
続いて、香ばしい匂いに誘われて屋台が並ぶ通りへ向かう。
「食べ歩きか……。生まれて初めてなんだ!」
初めての体験に目を輝かせる彼を連れて、私は串焼き屋の前に立った。
初めて庶民の串焼きを口にしたエテル様は、雷に打たれたような顔をして固まった。しばらく咀嚼することも忘れ、目を見開いたまま立ち尽くしている。
「……何だこれは、美味すぎる。王宮の食事より美味しい。今日から王宮の食事もこれでいいと思う」
「エテル様、流石にそれは無理だと思いますわ……」
彼は串焼きを「聖遺物」か何かのように神々しい眼差しで見つめ、一本食べるごとに「生きている実感がする……!」と感動の涙を流し始めた。
「もう……! エテル様、ほら、涙を拭いてくださいまし」
私はハンカチで彼の目元を拭ってあげる。
「そんなに気に入ったのなら、また来ましょうね。私は、エテル様とならどこへ行っても楽しいですわ」
串焼きを三本も持ちながら、幸せそうに頬張るエテル様。そんな彼を見守りながら、私の心も温かな幸せで満たされていくのだった。




