第四十五話 崩落の美貌と、無垢なる守護
月明かりの下、甘い誓いを交わした二人の時間は、王宮の反対側にある王妃の寝室で、絶叫と共に切り裂かれた。
「ああああああっ!! 何よ、これ……何なのよ、これぇ!!」
ガランと大きな音を立てて、床に高価な銀の手鏡が転がる。鏡を覗き込んだ王妃リヴァベラの顔には、これまで見たこともない深い「皺」が、まるで亀裂のように刻まれていた。
金色の髪は艶を失い、滑らかだった肌は急速にその若さを砂のように零れ落としていく。
「エテルの呪印が消えかけている……? 嘘よ、そんなはずないわ! あの『不老不死』は完璧だったはずよ!」
彼女は、エテルの呪いから溢れる強大な「生」を、密かに自分へと還元することで永遠の美を保っていた。エテルの苦しみこそが、彼女の美の源泉だったのだ。
「一体、あやつの体に何が起こったというの? 解けないようにあれだけの呪いをかけたのに……どうして……」
リヴァベラは、震える手で崩れた顔を覆い隠した。
「……いいわ。呪印が薄れたのなら、もう一度、さらに強力な『死の楔』を打ち込んで、生け贄に戻してやるだけよ」
彼女は狂気じみた笑みを浮かべ、王家に伝わる禁忌の魔導書を開いた。その夜から、王妃による「エテル再呪縛作戦」が始まった。
作戦その1:昏睡の毒香
王妃は、吸い込むだけで精神を蝕み、呪印を強制活性化させる「昏睡の香」を殿下の部屋に仕込ませた。しかし翌朝。
「……あら、なんだかこのお香、とてもいい香りがしますわね。殿下が安眠できるように、私が少しだけ『安らぎ』の念を込めておきましたわ!」
ディアナが掃除のついでにタナトス(眠りの力)を微量に込めたことで、猛毒の香はただの「超・快眠アロマ」へと浄化され、殿下はかつてないほど熟睡してしまった。
作戦その2:吸魂の魔石
次に王妃は、触れる者の生気を吸い尽くす「吸魂の魔石」を贈答品としてエテルに贈った。だが、それを手渡されたディアナは
「殿下、この石、少し曇っていますわ。私が綺麗に磨いておきますね!」
ディアナがキュッキュと左手で磨いた瞬間、魔石に込められた呪念はタナトスの「無への還元」によってすべて消滅。ただの「少し綺麗な光る石」に成り果て、殿下のペーパーウェイトになった。
「……どういうことよ!! なぜ、何一つ効かないの!!」
王妃は、もはや隠しきれなくなった顔の皺を真っ赤に染めて激昂した。
どんな呪いも、どんな悪意も、ディアナが触れるだけで霧散してしまう。ディアナ本人は「殿下の役に立てて嬉しい!」と純粋な笑顔で、無自覚に王妃の野望を粉砕し続けている。
「どうして、なぜあいつにかけている呪いがすべて無効化されているの!? まだ! 諦めるわけにはいかないわ!! 私の美のために、まだ貴方には生け贄になってもらわないと困るのよ、エテル……!」
リヴァベラは焦燥に駆られ、さらに恐ろしい策を練る。
作戦その3:深淵の毒酒
最後の手として、王妃は一口で心臓を止め、強制的に「再生と苦痛」を繰り返させる「深淵の毒」を、寝る前の白湯に混ぜるよう命じた。
しかし、運ばれてきた白湯を見たディアナは首を傾げる。
「あら……? なんだか少し、お水が淀んでいる気がしますわ。不純物は取り除いておきましょうね」
ディアナがカップにそっと指を触れると、タナトスの力が働き、毒成分だけが「永遠の眠り」について沈殿・消滅。ただの「体に優しい白湯」へと変わってしまった。
「ああ、ディアナ。今日の白湯は一段とまろやかで美味しいね」
何も知らずに飲み干すエテルを見て、物陰から監視させていた王妃の使いは絶句した。
「なぜ……なぜあいつは死なないの!!」
王妃は完全にディアナを「ただの付き添い」だと侮り、彼女が浄化しているとは夢にも思っていない。
「エテル……貴様の生命力がそれほどまでに上がったというの!? ならばもう、魔法などという回りくどいことはしないわ!!」
三度の失敗は、彼女の中で「魔法という手段そのものへの不信」に変わっていった。あの女に何か秘密があるのかもしれない、そう疑い始めた時にはもう遅く、焦りだけが彼女を突き動かしていた。
呪いが効かないことに狂乱した王妃は、ついに「権力」という暴力でディアナを排除し、エテルを物理的に拘束しようと決意するのだった。




