第四十二話 銀白の月光と、氷の守護
国王陛下の誕生祭。王国中が華やかな祝祭のムードに包まれ、城下町の賑わいが王宮まで届くような、どこか浮き足立つ夜だった。
この数日、殿下は準備と公務で殺人的な忙しさだったけれど、私の膝枕やささやかなお茶会で「リラックスできるよ」と微笑んでくれたことに、私は聖女としての、そして一人の女性としての喜びを感じていた。
そして迎えた、誕生祭当日。
控え室に現れたエテル殿下は、珍しく前髪を上げていた。白い礼装に身を包んだその姿は、彫刻のように美しく、私は思わず見惚れて言葉を失ってしまう。
「殿下……素敵です。……とても、お似合いですわ」
「君こそ、この地に舞い降りた月の女神のようだ。……この銀髪が、君の美しさをさらに際立たせているよ」
殿下は愛おしそうに私の銀髪を一房掬い、口づけを落とした。
「そんな……銀髪なんて、綺麗じゃありませんわ。殿下の金髪こそ、月光に透けて本当に……」
そっと殿下の輝く髪に触れる。けれど、私の心には小さな不安が澱のように溜まっていた。
「殿下、本当に私のような『死神』が、パートナーで良かったのですか? ダンスも上手くありませんし、貴方様の足を引っ張ってしまうかも……」
「僕の秘密を教えたのは君だけだよ。僕のすべてを知る君にしか、隣に立ってほしくない。ダンスは僕がエスコートするから、心配しないで。……ああ、そうだ。今宵のダンスは、僕としか踊っちゃダメだよ? あのいけすかない貴公子たちに貸すつもりはないからね」
「えっ、……はい。でも、どうして……?」
「そんなの、僕が嫉妬してしまうからに決まっているだろう」
背後から優しく抱きしめられ、その体温に包まれる。
(このまま正体がバレることなく、殿下の側にいたい。この人と共に生きていきたい……)
切実な願いを胸に、私たちは華やかな会場へと足を踏み入れた。
***
しかし、入場した瞬間に肌を刺したのは、いつもとは明らかに違う「敵意」の視線だった。
扇の陰、柱の影、あちこちから突き刺さる視線。囁き交わされる声は小さいのに、なぜか耳の奥にはっきりと届いてしまう。
「やっぱり、オーレリアン様のおっしゃっていたことは本当だわ。あの銀髪……」
「不吉な色……。本当に、伝承にある死神そのものじゃない……」
ヒソヒソと交わされる毒のような噂話。私の心臓が、恐怖で早鐘を打つ。
(……バレている!? でも、どうして……。もし処刑されることになったら、殿下まで巻き込んでしまう……!)
震える私の手を、殿下が強く握りしめてくれた。その温もりに縋るように立ち尽くしていると、最悪なタイミングでオーレリアンが姿を現した。隣には、冷徹な騎士団長アルリックを従えて。
「ディアナ様、その銀髪……。月の光を吸い取った、死人の骨のように白々しいですわ。ヴィタの陽光の下では、あまりに不釣り合いですこと」
「……昔から、銀髪は『死神に魂を抜かれた抜け殻』の証だと言われている。君が聖女でなければ、今すぐその首を撥ねて王宮から追い出したいところだよ」
アルリックの冷酷な言葔が、胸に深く突き刺さる。処刑、追放。最悪の二文字が頭をよぎり、涙が出そうになる。けれど、それを遮るように殿下が私の髪を再び掬い上げた。
「……美しいね、ディアナ。この銀色は、夜の静寂を知る者にしか許されない、特別な安らぎの色だ。誰に何と言われようと、この髪は僕を救う唯一の光だよ」
凛とした殿下の声。私を肯定してくれるその言葔に、視界が滲む。
しかし、オーレリアンの悪意は止まらない。
「その紅い瞳だって、死神の象徴よ! 血の色の瞳で、一体何人の命を奪ってきたの!? 殿下、離れてください! その女は危険ですわ!」
「……彼女と離れる? それこそ、僕にとっては死に勝る拷問だけど?」
エテル殿下は、私の瞳を隠すようにそっと手で覆い、耳元で熱を孕んだ声で囁いた。
「……見なくていいよ、ディアナ。君の瞳は、僕の冷え切った魂を溶かしてくれる、世界で一番温かい太陽の色だ」
そして殿下は、オーレリアンを氷のような眼差しで射抜いた。
「オーレリアン。君の濁った言葉で、僕の大切で愛おしい宝石を汚すのは、やめてくれないか?」
その力強い守護の言葔が、私の震える心を優しく包み込む。安堵と愛しさが溢れ出し、私は殿下の胸元で、止まらない涙を流していた。




