第四十一話 毒蛇の這い寄る夜
エテルとディアナが二人寄り添い、穏やかな眠りに落ちている王太子宮の静寂とは対照的に、第一教会の西の蔵では、不穏な灯火が揺れていた。
「……おかしいわ。絶対におかしい!」
オーレリアンは、取り憑かれたような手つきで埃を被った古文書を読み漁っていた。
先日のリヴァベラ王妃との茶会後、耳にした侍女たちの噂話が、彼女の誇り高い自尊心をズタズタに切り裂いていた。
『王太子殿下と専属聖女のディアナ様、ただならぬご関係よね。常に手を繋いでいるし、どこへ行くにも殿下が付き添ってるわ……』
『私も見た! でもディアナ様、分け隔てなく人を助けてくれる良い方ですもの。殿下とお似合いよね……!』
(不老不死で容姿端麗なエテル殿下の側にいていいのは、この私だけよ! なぜあんな下級聖女が……!)
怒りで視界が真っ赤に染まる。自分の寿命を削らなければ人を癒やせない無能な女に、国一番の聖女である自分が負けるなど、あってはならないことだった。
殿下までもがあの女に毒されたのか、「短命種も長寿種と同じように尊ぶべきだ」などと口にし始めている。
(短い命で消えていくような雑草に、情けをかけるなんて時間の無駄よ。そんな暇があるなら、癒やしの力で美しさを保つ方が何倍も利益になるわ。私のこの美貌に、跪かない男なんていなかったのに……!)
オーレリアンの美への執着は、今や歪んだ殺意へと変貌していた。
あの女から殿下を奪い、排除する。そのためには、確かな「証拠」が必要だった。
(あの晩餐会で、私は致死性の毒を盛ったはずよ。なのに、あの女は平然としていた……。普通の人間であるはずがないわ。毒耐性がある人間なんて……「死神」くらいのものじゃないかしら?)
その直感が、彼女を禁忌の書庫へと走らせた。
***
棚の奥底で見つけた、一冊の古びた記録『死神と命の理』。
震える指でページをめくると、そこには忌むべき存在の特徴が克明に記されていた。
『死神の特徴・生者の骨のごとき銀色の髪。生への異常なまでの執着。そして、血のごとき紅色の瞳。彼らは毒を食らっても死なず、ただその瞳を呪わしく発光させる……』
「銀色の髪……紅い瞳……。ふふ、ふふふっ……全部、あの女に共通しているじゃない!」
オーレリアンは暗闇の中で、奇妙な吊り上がった笑みを浮かべた。膨れ上がる確信が、彼女の中の理性を少しずつ食い破っていく。
「あの女、死神だったのね……! 殿下の側に、あんな極悪な化け物が潜んでいるなんて。私が殿下を、あのおぞましい死神から守って差し上げなくては。……あの女の正体、殿下だけでなく、国中の皆に知ってもらいましょう?」
狂気に満ちた瞳を光らせ、オーレリアンは西の蔵を後にした。
***
四日後に開催される、国王陛下の誕生祭。
その華やかな舞台を、ディアナの処刑台に変えるための作戦を練り始める。
まずは、城内に巧妙な噂を流すことからだ。
「専属聖女の容姿は、伝承にある死神の特徴と瓜二つである」という、毒の雨を。




