第四十話 氷の瞳と、深まる独占欲
「はぁ……はぁ……、……着いた……!」
丘の上から王宮まで、私はひたすらに走り続けた。
ようやく辿り着いた時には、日はとうに沈み、夜空には冷ややかな月が顔を出していた。
(……間に合った? それとも、ダメだったかしら……)
心臓の鼓動が耳の奥でうるさいほど鳴り響く。不安に駆られながらも、私は殿下の私室の扉をそっと開けた。
明かりの消された暗い室内。そこには、一人静かに椅子に座るエテル殿下の姿があった。
(ひょえぇぇぇ……! これは、本当にお怒りですわ! 殿下激おこですわ!! どうしたらご機嫌が直るのかしら……)
動揺で立ち尽くす私に、殿下が低く、地を這うような声で語りかける。
「……ずっと考えていたんだ。君が死神について尋ねるとすれば、あいつしかいないよね? 黒ずくめの服を着た『エクリプス・エンド』の団長……ヴォルフィード家の次男、フェンリス。……彼に、会いに行っていたんだろう?」
向けられたアイスブルーの瞳は、まるで氷そのもののように冷ややかだった。
(……!? 殿下、なぜフェンリス様の正体までご存知なのですの!? 殿下の情報網、恐ろしすぎますわ……!)
ここで下手な嘘をつけば、火に油を注ぐだけだ。私は意を決して、正直に打ち明けた。
「……はい、おっしゃる通りですわ。フェンリス様に、死神の歴史や暴走を抑える方法を聞いておりました。……決して、やましいことはございません! どうか信じてくださいまし!」
半ば懇願に近い声で訴える。
しかし殿下は何も答えなかった。ただ、椅子から立ち上がり、ゆっくりと私に歩み寄ってくる。沈黙が長ければ長いほど、心臓が痛いくらいに脈を打った。
殿下は私の指を一本ずつ絡めとった。その力強さは、二度と逃がさないと告げているかのようだ。
「殿下……っ」
無言のまま距離を詰められ、私は背中が壁に当たるまで追い詰められた。
「ひょぇ……」
情けない声が漏れた瞬間、殿下は私の唇を荒々しく奪った。
洞窟の時の、羽が触れるような優しい口づけとは違う。そこには明確な苛立ちと、焦燥が混じり合っていた。
「……んっ、殿下……」
何度も角度を変え、深く、熱く繰り返される口づけ。心臓の音が重なり、頭の中が真っ白になっていく。
***
長い沈黙の後、ようやく唇が離れると、殿下は私を軽々とお姫様抱っこしてベッドへと運んだ。
「殿下……あの、もう、怒っていらっしゃいませんか……?」
上目遣いで恐る恐る尋ねると、殿下は困ったように私の頭を撫でた。
「……怒っていないと言えば嘘になる。だけど、僕は死神のことについては、悲しいほどに無力だ。君に適切な助言もできない。……そこに関しては、悔しいけれど仕方がないと思っているんだよ」
殿下の指先が、愛おしそうに私の髪を弄ぶ。
「君が僕のことを想ってくれているのは分かっている。でも、君がどこかへ行ってしまうんじゃないかという不安は、常に僕を支配しているんだ。……だから、すぐに嫉妬してしまう僕を許して?」
「ふふっ……。私も、長引いてしまって申し訳ございませんでした。でも、私の一番は殿下です。それ以上に大切なものなんて、この世にありませんわ」
不安を溶かすように、私から殿下の頬へチュッと優しくキスをした。
「……うん。ありがとう」
殿下はやっと安心したように、ベッドに身体を横たえた。私もその隣に滑り込み、差し出された腕の中に収まる。
そっと私を抱き寄せ、眠りにつく殿下。
この何気ない、けれど贅沢な日常こそが、何よりも守るべき幸せなのだと、私は心から噛み締めていた。




