第三十八話 死神の系譜と、静かなる誓い
一夜明けて戻った王宮は、驚くほど静まり返っていた。
王太子であるエテル殿下が不在だったというのに、周りの従者たちは私たちが戻ったことに驚きもせず、ただ淡々と、機械的に業務をこなしている。
(この冷たい空気……王妃様の命なのかしら? この王宮には、殿下の味方は一人もいないの……? いないのなら、私が一番近くで守らなきゃ)
決意を固めると同時に、脳裏を過ったのは森で力が暴走した時の記憶だ。
(あの時は本当に、自我を失っていた。死神の力に飲み込まれ、私であって私でない何かが動いていたような感覚……。もしまたあんなことが起きて、殿下まで傷つけてしまったら……)
自分の中に目覚めた「奪う力」への割り切れない思いを抱えたまま、私は殿下の部屋へと戻った。
殿下は、私にすべてを打ち明けたからだろうか。まるですべての憑き物が落ちたかのように機嫌が良く、心なしか顔色もいい。
「あの、殿下。少し、外出してもよろしいでしょうか……? 行きたい場所がありまして」
「どこに行くの? 僕が一緒じゃだめかな?」
神妙な面持ちの私を見て、殿下は何かを察したのか、アイスブルーの瞳を不安げに潤ませる。
(!! 殿下のお目目うるうる作戦……! そんな顔で見つめられても、今回ばかりは連れて行けませんわ。殿下をこれ以上、死神の因縁に巻き込むわけにはいきませんもの)
「……ごめんなさい。私の正体を黙認してくださっている殿下に、これ以上死神の深淵に関わらせるわけには参りません。必ず戻って参りますので、どうか……」
私の必死の願いが届いたのか、殿下は「夜までに戻ってこなかったら、君を探して街中を走り回るからね? 君がいなきゃ夜も眠れないのは、知っているだろう?」という条件付きで、外出を許してくれた。
――
急ぎ足で向かった先は、月の神殿。
神殿に入り、「ごめんください」と声をかけると、そこには黒いスーツに仮面をつけた『エクリプス・エンド』の団長姿のフェンリスがいた。彼は私を見ると、すべてを察したように椅子へと促した。
「フェンリス様。……私、自分の力が怖いのです。あの日、森で起きたようなことがまた起きたら……もし、殿下まで巻き込んでしまったらと思うと、怖くて仕方がありません。どうして、こんな力を持って生まれてきてしまったのでしょう……」
泣きそうになる私を落ち着かせるように、フェンリスは静かにカモミールティーを差し出した。
「ディアナ、よく聞いてくれ。死神の歴史についてだ」
私は両手でカップを包み、こくりと頷いた。
「そもそも、この世界に存在する『生』と『死』は、循環する一対のものだ。永遠に続く生は心を摩耗させ、人を廃人に変える。それを防ぐために、アウレリア様は慈悲として『死』を創造したんだ」
「……慈悲、なのですか? 人の寿命を奪う力が?」
思わず問い返すと、フェンリスは仮面の奥の瞳を細めた。
「そうだ。だが、ヴィタの連中はどうだ? アウレリア様が『生』だけを与えたと信じ込み、不老不死を求めて理を歪めた。……だが、俺たち死神は知っている。終わりのない人生が、どれほど人を壊すかを。……エテル殿下を見ればわかるだろ?」
その言葔に、私はハッとした。
いつもどこか悲しそうで、寂しげだった殿下の瞳。お母様から教わった「幸せな終わり」を奪われ、終わりのない孤独を歩かされている彼の絶望。
「俺たちが忌み嫌われているのは、神に背いているからじゃない。……奴らが直視したくない『終わり』という真実を突きつける存在だからだ」
その言葔が、じんわりと胸の奥に染み込んでいく。
(私の力が……殿下の歪んだ『不老不死』という苦しみを終わらせるための、神様からの唯一の贈り物かもしれない……)
そう思うと、あんなに恐ろしかった左手の力が、ほんの少しだけ、違った輝きを持って見え始めた。




