第三十五話 共鳴する魂、死神の接吻
「君に触れていたいと思うのに、この呪いのせいで君の寿命をさらに削ってしまうのはダメだと分かっているんだ……。なのに、僕は本当に自分勝手だね。君を抱きしめている時だけは、その温かさを離せなくなってしまう。……こんなこと、許されるはずがない。もう、君には触れないようにするから……」
絞り出すような声と共に、エテル殿下は私を抱きしめていた腕をゆっくりと解こうとした。その拒絶にも似た寂しげな決意に、私は驚きで目を丸くした。
「……殿下、お待ちください」
彼が生きているだけで周囲の命を奪ってしまう呪い。それを聞いた上で、私は自分の胸元にそっと手を当てる。心臓の鼓動は、以前よりもずっと力強く刻まれていた。
「……おかしいですわ。だって、私はこんなにピンピンしていますもの」
「ディアナ……? 君は、僕に触れられても苦しくないのかい?」
エテル殿下はおそるおそる、私の頬に指先を触れさせた。本来なら、彼がこうして肌を合わせるだけで、相手の生命力は砂時計の砂が落ちるように吸い取られていくはずだった。
けれど、私の頬は驚くほど温かく、紅い瞳はまっすぐに彼を見つめ返している。
「ちっとも。むしろ、殿下に触れられていると、体中の痛みが消えて……とってもポカポカしますわ。それに、寿命が減っている時って、自分でもよく分かるんです。ゴリゴリと音がして『あ、今また寿命が減ったわ!』って感覚で。でも、殿下に触れてもそんな感覚は全くなくて、逆に元気になりますのよ!」
私が笑ってそう告げると同時に、二人の間に不思議な感覚が走った。私の左手から無意識に溢れ出した漆黒の靄が、殿下の背中に刻まれた禍々しい呪印を優しく包み込み、その底なしの「飢え」を鎮めていく。
「……ああ、なんてことだ」
殿下の声が、微かに震えた。
「呪いの声が……聞こえない。物心ついてからずっと、耳の奥で僕を急かし続けていた『奪え』という抗えがたい衝動。それが、今、初めて――静かなんだ」
長年の呪縛から解き放たれたような、放心にも似た安堵の吐息。エテル殿下は震える手で再び私を抱き寄せ、私の肩に深く顔を埋めた。世界でたった一人、彼を「怪物」に変えない唯一の存在。
「殿下。もしかしたら、私は死神ですから、殿下の呪いも『吸い取るべき命』だとは気づかないみたいですわ。だから……もう、自分を責めないでくださいまし。触れないなんて、そんな寂しいこと言わないでください。殿下に抱きしめられている時が一番、心が穏やかになるんです。だから……殿下が良ければ、その、また私を抱きしめてください……」
少し照れながら、泳ぎ気味の視線で精一杯伝えると、殿下はどこか呆然とした後、愛おしさが爆発したような顔をした。
「……ディアナ。君は、本当に僕の『救い』だ」
二人の力が溶け合うように共鳴し、薄暗い洞窟の中に温かな光の膜が広がっていく。
「ねぇ、ディアナ。君に触れてもいいなら……僕の想いを、君に伝えてもいいかな?」
殿下のアイスブルーの瞳が、いつになく真剣で、とろけるような甘さを帯びる。
「?? はい。どうぞ」
その言葉の意味を深く考えず、素直に頷いた次の瞬間だった。
***
殿下が私の顎にそっと手を添え、至近距離まで顔を近づけた。
焚き火の炎が、二人の影を壁に大きく揺らめかせる。心臓の音が、これ以上ないくらい大きく響いていた。
そして、吸い込まれるような沈黙の後、私の唇に優しく、羽が触れるような口づけを落とした。
(???!???)
あまりの出来事に、私の思考は完全にフリーズした。目の前で微笑む殿下の顔が、ひどく非現実的に見える。
「僕の想い、伝わった? 君に触れても大丈夫なら、こうやってずっと抱きしめていてもいいってことだよね。……良かった。君の温かさを失うことだけは、僕はたぶん耐えられないから」
殿下は本当に嬉しそうに、再び私を腕の中に閉じ込める。
ようやく正気を取り戻した私の脳内に、今のが「口づけ」であったという事実が激流のように押し寄せた。
(……でも、すごく優しくて温かくて……幸せな気分に、なりましたわ……)
私は自分の唇に残る、熱を帯びた余韻をそっと指先でなぞった。
世界で二人だけが与え合える安らぎの中で、私たちの距離はもう、二度と戻れないほどに近づいていた。




