第三十四話 不老不死の真実
私は、人生で一番というほど、自分でも恥ずかしくなるくらいに泣きじゃくってしまった。
それでも殿下は呆れる素振りも見せず、ただひたすらに、嵐が過ぎ去るのを待つように寄り添ってくれた。
ようやく落ち着きを取り戻した私は、洞窟の入り口から忍び込む夜の冷気を防ぐため、小さな焚き火を熾した。そして、持ち出していた大きな毛布を広げ、ごつごつした地面に敷き詰める。
「殿下、ありがとうございます。もう、大丈夫ですわ。夜が更けるとさらに冷え込みます。どうぞ、この中に入って温まってください」
促して毛布をかけると、殿下は「うん、ありがとう。だけど、君も一緒にね」と言って、私をその大きな腕の中に招き入れた。
ぎゅっと抱きしめられ、一つの毛布に包まれる。
「これで、寒くないね。……不思議なんだ。君に触れていると、すべてが許されるような気がして……」
そのアイスブルーの瞳には、深い寂しさと哀しみが混じり合った、今にも壊れてしまいそうな切なさが宿っていた。
「ふふっ……そうですわね。私も殿下の側にいると、死神の私でも、生きていていいのだと思えるのです。温かくて、とても安心いたしますわ」
私は少しでも殿下を勇気づけたくて、そっと右手で彼の手を握りしめた。
焚き火の爆ぜる音だけがパチパチと響く静寂の中、エテル殿下は静かに語り始めた。
耳元に届く声はひどく冷え切っていて、まるでこのまま闇に溶けて消えてしまいそうだった。
「……ディアナ。僕がなぜ、死ぬことも老いることも許されない体になったか、知りたいかい?」
彼の瞳に、深い影が落ちる。
「僕が八歳の頃、王宮内で流行した謎の死病。長寿種の人々でさえ次々に命を落としたあの時……。王妃は自分の『死期』を恐れた」
一拍。焚き火の炎が、彼の横顔に濃い陰影を落とす。
「元々、先妃の忘れ形見である僕を疎み、いつか厄介払いしたいと考えていた王妃にとって、それはまたとない好機だったんだろうね。自分が死ぬ運命を、まだ幼く抵抗もできない僕に押し付けてしまえば、保身と厄介払いが一度に叶う。……そう考えたんだと思う。白羽の矢が立ったのが、当時まだ子供だった僕だったんだよ」
私は息を呑んだ。
(自分が生き残るために、まだ幼かった殿下を……生贄にしたというの!?)
リヴァベラ王妃は、エテルの体内に禁忌の呪印を刻み込んだ。それは、彼がどれほど傷ついても、周囲の草木や動物、ときには人間の『生』を勝手に吸い取って自分を修復し続けるという、呪われた不老不死の仕組み。
殿下はシャツを脱ぎ、右肩のあたりに刻まれた、禍々しくも美しい呪印を私に見せた。
「この印が刻まれてから、僕の人生は生き地獄になった。生まれた時の僕は、ただの長寿種だったんだ。怪我をすれば治るのに時間がかかったし、毒を飲めば普通に苦しんだ。……なのに、この呪印のせいで、僕の体は恐ろしいほどの回復力と生命力を持ってしまった」
彼は自嘲気味に目を伏せる。
「王宮中の本を調べて知ったよ。自分の死を誰かに肩代わりさせ、永遠の若さと美しさを手に入れるための『生贄』。その代償が、死を拒絶し、再生し続けるこの呪いだ。僕が生きているだけで、周囲の命を無意識に吸収し続ける……恐ろしい力なんだ」
エテル殿下の手が、震える私の肩を強く掴む。
「何も感じなければ、誰も愛さずに済む。誰も僕の側に寄せなければ、これ以上の犠牲は出ないと思っていた……。なのに、君が現れた」
殿下は私の顔を覗き込み、悲痛な微笑を浮かべた。
「君を専属聖女にしたのは、君の『余命がわずか』だったからだ。……どうせ死ぬ運命なら、僕がその命を吸い取っても罪悪感を感じなくて済む。……そんな風に、思っていたんだよ」
告げられた、あまりに冷酷で悲しい真実。
しかし、私はその言葔を聞いても、彼を突き放すことなどできなかった。それどころか、涙を流しながら、彼の凍りついた心を包み込むように抱きしめ返した。
(殿下……そんな絶望を抱えて生きていたのですね。だからこそ、あんなに『死にたい』と言っていたのですね……)
「……それでも、嬉しいですわ。殿下が私を選んでくださったこと」
「ディアナ……?」
「殿下が怪物なら、私は命を奪う死神。殿下の呪いが周囲の命を吸うなら、私が他から奪った命を、全部殿下に差し上げます。だから……自分を責めないでください。殿下は周りを守るために、自分を孤独にした。殿下は、何も悪くありませんわ」
互いの「罪」と「罰」が重なり合った瞬間。
私はそっと、彼のアイスブルーの瞳から零れた涙を指で拭った。
「辛かったはずなのに、話してくれてありがとうございます。殿下、私は……貴方のためなら、寿命が尽きても構わないと思っているのですよ? だから、どうか私を離さないでくださいませ。私はもう、殿下の側でしか、生きられなくなってしまったのですから」
私は、エテル殿下のすべてを包み込むように、優しく、けれど強く彼を抱きしめた。




