第三十一話 嵐の迷宮、蠢く陰謀
ディアナは、胸元に晒しをきつく巻き、殿下から借りた仕立ての良いシャツとズボンに身を包んでいた。長く艶やかな銀髪は一つに束ねて帽子の中に押し込み、見事な「少年騎士」へと姿を変える。
「うんうん♪ 男装姿のディアナもなんだかとてもいいね……。特に僕のシャツが大きくて、袖から手が出きっていないところなんて、男心をくすぐるよ」
エテルはそう言いながら、またもや軽率に彼女の腰に手を回し、至近距離まで引き寄せた。
「……っ、とにかく! 私だとバレないように気をつけますわ! 殿下も、私の側を絶対に離れないでくださいね。どこへ行くのも私を連れて行ってください!」
必死に訴えるディアナに、エテルはまたくつくつと喉を鳴らして笑う。
「ああ。君となら、どこへ行っても楽しそうだ」
その後、ディアナは殿下の計らいもあり、なんとか周囲に正体を悟られることなく狩猟祭の列に紛れ込むことに成功した。
威勢よく「殿下を守る」と大口を叩いたディアナだったが、実のところ彼女は馬に乗れなかった。結局、エテルの乗る愛馬の後ろに同乗させてもらう形になる。
(うぅ……守ると言いながら、殿下の背中にしがみついているなんて情けない。……けれど、殿下の背中、温かくてすごく落ち着く……)
知らず知らずのうちに、エテルの腰に回した腕に力がこもる。
***
祭りが始まり、一行が森の深部へと足を踏み入れた直後だった。
突如として、王妃が放った不気味な魔術による濃霧が辺りを支配した。
「何事ですの……!?」
焦るディアナが辺りを見回すと、さっきまで周囲を走っていた本隊の姿は、霧の向こうに完全に消え失せていた。
「やっぱり、予想通りか。ここで僕たちを孤立させるのが、王妃の狙いだろうね」
エテルは冷静に周囲を警戒しながら呟く。
「そんな……こんな場所に置き去りにするなんて。私たちを魔物の餌にでもするつもりですの!?」
「……まあ、そんなところだろうね」
二人は小さく溜息をつき、進むべき道を探るために馬を降りた。
***
湿った土を踏みしめ歩き出したその時。
「グルル……」
低い唸り声が響き、影の中から飢えた狼の魔物たちが次々と姿を現した。剥き出しの牙、赤く光る眼。じりじりと輪を縮めながら、獲物である二人を包囲する。
一匹の狼が、隙を突いてディアナへと躍りかかった。
「危ない!」
エテルが瞬時に剣を抜き放ち、空中で狼の首を一閃する。血飛沫が舞い、それが地に落ちるより早く、彼はもう次の獲物へと切っ先を向けていた。
返り血を浴びることさえ厭わぬ鮮やかな剣術で、彼は瞬く間に群れを殲滅してみせた。荒い息を整える暇もなく、剣を構えたまま辺りを警戒する彼の背中は、いつものおどけた王子とは別人のように頼もしかった。
「……大丈夫かい、ディアナ。怪我はない?」
剣を鞘に収め、エテルが心配そうに覗き込んでくる。
「はい……ありがとうございます。私が守ると言ったのに、結局足手纏いになってしまいましたわね……」
守ると啖呵を切ったくせに、剣どころか自分の身一つ守れなかった。悔しさと情けなさが胸の奥でぐるぐると渦を巻く。
シュンと肩を落とすディアナの頭を、エテルは優しく、慈しむように撫でた。
「僕はね、君がいるから強くなれるんだ。君がいるから、この世界で生きようと思えるんだよ」
その言葔は、冷たい霧を溶かすほどに熱を帯びていた。
二人は互いの存在を確かめ合うように再び手を繋ぎ、今夜の雨風を凌ぐための洞窟を探し、森の奥へと歩みを進めるのだった。




