第三十話 狩猟祭の罠、迷いの森の二人
あの日以来、殿下の独占欲はとどまる所を知らず、私を抱きしめる頻度は日に日に増している気がする。
(私の心臓、本当にもつのかしら……)
毎日ドキドキさせられっぱなしだが、内心、殿下の体温に触れて安心している自分がいるのもまた事実。……これって、重症かもしれませんわね。
そんな中、ヴィタ王国恒例の「冬の狩猟祭」の日がやってくる。
男性陣がいかに大きな獲物を仕留めるかを競い、意中の女性に捧げるという、なんとも野性味溢れる慣わし。もちろん、王太子であるエテル殿下も出席は義務。
けれど、私の心は不安で押し潰されそうだった。
ここ最近、殿下の周囲が異常に不穏だからだ。窓ガラスが割られたり、公務の書類がズタズタに引き裂かれていたり……。そこまでは、私が殿下の側にいれば防げる範疇。
けれど先日、殿下の食事に毒が盛られていた時は、本当に心臓が止まるかと思った。
幸い、殿下は不老不死の影響か毒をすぐに吐き出し、大事には至らなかったが、本人は「王族ならこんなこと、日常茶飯事だよ」と、真っ青になった私を逆に抱きしめてくる始末。
(殿下は危機感がなさすぎますわ! 今度の狩猟祭だって、主催はあのリヴァベラ王妃様。しかも、凶悪な魔物が蠢く『迷いの森』に入るなんて……!)
嫌な予感しかしない。殿下に参加を辞めてほしいけれど、王族としての義務。ならば!
(こうなったら、私もバレないように森に入って、殿下をお守りするしかないわ!)
拳を握りしめて決意を固めていると、隣で優雅に紅茶を飲んでいたエテル殿下が、ふっと目を細めて笑う。
「どうしたの、ディアナ。そんなに眉間に皺を寄せて」
相変わらず、吐息が触れるほど距離が近い。
「……狩猟祭のことを、考えていたのです。最近の不穏な動き……今回の森でも何か起こるんじゃないかと、心配で仕方ありません」
本音を打ち明けると、殿下はカップを置き、私の肩を優しく抱き寄せた。
「君にそこまで心配してもらえるなら、命を狙われるのも悪くないね。王妃はよっぽど僕が邪魔なんだろう。でも、僕はそう簡単には死なないから、安心して」
「殿下……! 私、殿下と共に迷いの森へ行きます。殿下の身を守るのが、専属聖女としての義務であり、私の使命です! 女性禁制なのは分かっていますが……お願いします。殿下を、守らせてください」
私は殿下のシャツをぎゅっと掴み、真っ直ぐに訴えた。
私の必死な様子に、殿下は一瞬目を見開き、それから愛おしそうにくつくつと喉を鳴らす。
「ふふっ……僕を守りたい、なんて。本当に君は、僕を驚かせるのが上手だね」
殿下の手が私の頬を撫で、柔らかな金髪が視界を覆う。
「分かったよ。男装をすれば多分バレないだろうし、一緒に行こうか」
「本当ですか!? ありがとうございます、殿下!」
殿下を守れると意気込んで、私は鼻息荒く準備に取り掛かることに。
一方その頃、当のエテルは、物騒な刺客の存在などどこ吹く風で、呑気なことを考えていた。
(ディアナと二人きりで森で過ごせるなんて……。これは実質、デートのようなものかな?)
彼女が真剣に自分の身を案じてくれていることを、もちろん嬉しく思ってはいる。けれど、それ以上に浮かれた気持ちを抑えられないのだから、我ながら困ったものだった。
(森の奥で二人きり、か。……さて、どんな仕掛けを用意しておこうかな)
迫る危険よりも、彼女との時間の方が気になって仕方がない――そんな自分に、彼は気づいてすらいなかった。




