第二十八話 秘密のキャンドルと、世界一の贈り物
私が毒を飲んで倒れてしまってからというもの、殿下の過保護は驚異的な成長を遂げていた。
聖務で少し離れる時も当然のようについてくるし、お風呂に入っている時ですら扉の前で待っていたりと驚かされることばかり。けれど、それも殿下なりの不器用な優しさや気遣いなのだろう。
ある日、私は聖務の調べ物のために王宮図書館を訪れていた。そこは王族の秘匿情報からヴィタ王国の歴史まで、あらゆる知識が網羅されている場所だ。
ふと、棚の隅にあった一冊の本に目が留まった。『王族出生証明録』。ヴィタ王族の生誕から終焉までを記した重厚な記録だ。パラパラとページをめくっていた私は、エテル殿下の項を見つけて息を呑んだ。
(えっ……!? 殿下の誕生日、明後日じゃない!?)
だというのに、王宮内は不気味なほど静まり返っている。普通、王族の誕生日は国を挙げて盛大に祝われるはずなのに。
釈然としない思いを抱えたまま自室へ戻る途中、私は長年殿下に仕えている老執事にその疑問をぶつけてみた。老執事は周囲を慎重に見渡してから、重い口を開いた。
殿下の母上である先妃・ノエル様がご存命だった七歳までは、誕生日は光に満ちた祝祭の日だったという。
けれどリヴァベラ王妃が嫁いできてから、すべてが変わってしまった。王妃はノエル様の面影を残すエテル殿下を激しく疎み、自分に子が授からなかったことも相まって、殿下の存在そのものを消し去ろうとした。
王妃の命により、殿下の誕生日は祝うどころか「話題にすること」さえ禁忌とされた。
殿下自身もいつしか「永遠に生きる僕に、誕生日など意味はない」と、その日をただの虚無な一日として忘却するようになった……。
老執事の話を聞き、私の胸は激しく痛んだ。
(そんな……殿下が生まれた大事な日なのに、無かったことにされるなんてあんまりですわ。……王妃様にバレなければ、二人で祝ってもいいはず。殿下に、誕生日が幸せな日だって思い出してほしいもの!)
***
翌日から、私は極秘ミッションを開始した。王妃や侍女たちの目を盗み、夜な夜な厨房の隅を借りてケーキを焼く。
(秘密裏なので、豪華な食材は用意できませんでしたわ。苺とクリームだけなんて少し寂しいかしら……。それに、料理の腕にはあまり自信がないのですけれど)
小麦粉を量る手が震え、卵の殻が生地に紛れ込み、クリームは泡立てすぎて分離しかける。何度もやり直しながら、それでも一生懸命、不器用ながらも心を込めてケーキを作り上げた。
(……少し形が崩れてしまった気がしますが、大切なのは気持ちですものね!)
仕上げに、お守りの意味を込めた手編みのミサンガを添えて準備は整った。
そして、誕生日当日の夜。私は殿下の手を引き、誰もいない塔の屋上へと向かった。
そこにあるのは、煌めく星空と、私たち二人だけ。
小さなキャンドルに火を灯し、私は満面の笑みで告げた。
「お誕生日、おめでとうございます、エテル殿下!」
殿下は一瞬、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で絶句し、それから花が綻ぶような笑顔を見せてくれた。
「……少し、不格好なのですが」
照れ隠しに差し出した、少し歪な手作りケーキ。殿下は「君が作ってくれたの?」と愛おしそうに問い、私の頷きを確認すると、嬉しそうにフォークを動かした。
「どうですか……? 初めて作ったもので、その、お口に合いますでしょうか……」
恐る恐る尋ねる私に、殿下はとろけるように優しい声で答えた。
「……こんなに甘いものは、初めて食べたよ。世界で一番、美味しい」
その言葔だけで、私の心は春の陽だまりのように温かくなった。
手作りのミサンガを渡すと、殿下はそれを愛おしそうに撫で、自らの手首に結びつけた。
「ありがとう。贈り物を貰うなんて、いつ以来だろう……。これ、君の分身だと思って、肌身離さず大切にするよ」
「殿下。生まれてきてくれて、私と出会ってくれて、本当にありがとうございます」
「……僕の方こそ、ありがとう」
繋いだ手から伝わる確かな体温。
その時の殿下の瞳は、初めて自分の存在すべてを肯定されたような、そんな穏やかな光を湛えていた。冷え切った心に、私の想いが少しでも染み渡っていたなら.そう願わずにはいられなかった。
二人を祝福するように、キャンドルの炎が夜風に小さく揺らめいていた。




