第二十五話 毒を喰らう聖女の微笑み
そして、運命の晩餐会。
私はエテル殿下のエスコートに身を任せ、きらびやかなパーティー会場へと足を踏み入れた。巨大なクリスタルのシャンデリアが放つ光の下、毒蛇のような笑みを浮かべるリヴァベラ王妃。その隣には、着飾ったオーレリアン様が勝ち誇ったように座り、さらにその傍らには、彼女から一瞬たりとも目を離さないアルリック様が影のように控えていた。
(ひょぇぇ……あそこだけ空気が違いますわ。負のオーラが漂いまくっています。王妃様もオーレリアン様も、間違いなく美しい方々なのに……蓋を開ければこれほど怖いなんて。美しい花には毒があるとは、まさにこのことですわね)
私の緊張が伝わったのか、腰に回されたエテル殿下の手の力が増した。「僕が守る」無言のメッセージが伝わってくるようで、震えていた心がすっと落ち着いていく。
公の場では堂々と手を繋ぐことはできないけれど、私はなるべく殿下の指先に触れ、彼の「感覚」が途切れないように心を砕いた。時折重なる視線。その透き通ったアイスブルーの瞳が、優しく私を包み込んでくれる。
そんな穏やかな時間を壊すように、王妃様が私たちの元へ歩み寄ってきた。
「エテル、貴方ももう良い歳です。貴方のこれからを支える伴侶が必要ではないかしら? 例えば……オーレリアン聖女様など、どうかしら?」
王妃様の声は、冷たく鋭いナイフのようだった。
「貴方は今、自分の寿命を削らなければ人助けもできない『欠陥聖女』を側に置いているようだけど、そんな使えない子より、オーレリアンの方が相応しいわ。早く結婚なさい」
(私が……無能聖女だと王妃様にまで知られている!? でも、政治的に見れば、王太子と国一番の聖女の婚姻はこれ以上ない選択。だけど……胸が、痛い。彼の側にいたいなんて、死神の私には許されないわがままだと分かっているのに……)
視界がじわりと滲む。すると、エテル殿下は皆の前で、私の手の甲にそっと唇を落とした。
「王妃様、伴侶は自分で選びます。それに、彼女を欠陥だと言いますが、自らの命を賭してまで人を救う彼女を悪く言われる謂れはありません」
一拍。殿下の声が、さらに一段冷たくなる。
「……それに比べ、第一教会では長寿種と短命種の差別が横行し、任務を怠っていたという噂も耳にしていますよ。その責務をすべて彼女一人に負わせていた場所の聖女が、果たして『国一番』と呼べるのでしょうか?」
殿下の言葉は、王妃様の冷徹さを上回るほどに凍てついていた。
沈黙。会場の喧騒すら、一瞬だけ遠のいたように感じた。
論破され、怒りに震える王妃様とオーレリアン様。すると王妃様は、引きつった笑みを浮かべて奇行に走った。
「……ふん、婚姻の話はもういいわ。けれど、この特別なワインを受け取って頂戴。貴方の健康を祝して用意させたのよ」
差し出されたのは、不気味なほど深い紅色の液体。
「殿下、まずは聖女様に『毒見』をしていただくのが作法ではありませんこと?」
オーレリアン様の挑発的な視線。殿下が拒絶しようとしたその瞬間、私は殿下の耳元で小さく囁いた。
「殿下……私を信じて任せてください。多少の毒くらい、死神には効きませんから」
私はオーレリアン様からグラスを受け取り、迷わず一気に飲み干した。
「……とても美味しいワインでしたわ。ありがとうございます」
何食わぬ顔で微笑む私に、王妃様たちの顔色がサッと変わる。明らかな焦りと動揺。
(焦ってる焦ってる。普通の人なら即死でしょうけど、生憎、私は死神。毒耐性だけは一人前なんですの。こういう時だけは、死神で良かったと思いますわね)
私は優雅に一礼し、呆然とする彼女たちを残して殿下の手を引き、会場を後にした。
(……っ。あっ、ちょっと、クラクラしますわ)
歩くごとに、視界の端がぐにゃりと歪む。
(おかしいですわね……普段ならとっくに中和できているはずなのに……。このワイン、まさか……)
テラスに出た途端、足元が崩れる。フラフラと倒れそうになった私を、殿下がすかさず抱きとめた。
「君は……どうしてそんなに無茶ばかり……するんだ……!」
視界がぼやける中で見た殿下の表情は、今にも泣き出しそうなほど切実で。
「……大丈夫、です……」
そう言って腕を伸ばそうとした瞬間、私の意識は深い闇へと沈んでいった。




