第二十三話 星降る夜のセレナーデ
―エテルside―
毎月恒例の王宮音楽会。王族のみが列席を許されるこの退屈な儀式も、今の僕にとっては苦痛でしかなかった。理由は単純だ。三時間もの間、ディアナと離れていなければならないから。
結局、僕は周囲の目を盗んで、彼女を特等席(僕の椅子の足元)へと連れ出した。
「殿下……! 流石にこれはバレますわ!!」
重厚なベルベットのクロスの陰に身を潜め、僕の膝に縋り付くように丸まっているディアナ。必死に息を殺す彼女の様子があまりにも愛らしくて、つい意地悪をしたくなってしまう。
「大丈夫だ。君が物音を立てなければ問題ない」
そう言って、足元で僕の指を握りしめている彼女の右手を、強く握り返した。
これまでの僕にとって、音楽などただの騒音に過ぎなかった。虚無な時間をやり過ごすための背景音。
けれど、ディアナが僕の手に触れているだけで、世界に「旋律」が戻ってくる。彼女は知っている曲が流れると、嬉しそうに耳を傾けていた。音符に合わせてくるくると変わる彼女の表情から、目が離せなくなる。
終盤に差し掛かった頃、安心したのか彼女は僕の膝に寄りかかってうとうとと眠り始めた。その無防備な重みがどうしようもなく愛おしくて、このまま時が止まればいいとさえ願ってしまう。
認めざるを得ない。ディアナはもう、僕の感覚の一部であり、生きていく上で必要不可欠な存在なのだということを。
―ディアナside―
(……はっ! 音楽会の途中、心地よさについうとうとしてしまいましたわ!)
ふわぁ、と小さく欠伸をして、私はエテル殿下の手を引いた。連日、公務でお忙しそうな殿下だ。演奏会が終わった今こそ、少しでも本当の意味で息抜きをしてほしい。
私は王宮の喧騒から離れた、静かな塔のテラスへと殿下を連れ出した。
満天の星が降り注ぐテラス。エテル殿下は当然のように私の膝の上に頭を乗せてきた。
(ふふっ。殿下ったら、なんだか大きな子供のようで可愛らしいですわ。……せっかくなら、音楽会で流れていた懐かしい曲でも歌いましょうか)
私は教会でよく歌った聖歌を、夜風に乗せるように静かに口ずさんだ。
私の歌声を通じて、殿下の世界に本当の「音楽」が響き渡る。膝枕をされながら、殿下はじっと私の声に耳を傾けていた。
『この音が聴こえない未来など、いらない……』
そんな彼の強い決意が、繋いだ指先から伝わってくるような気がした。
歌い終える頃には、殿下は規則正しい寝息を立てていた。
(寝てしまわれましたのね……。毎日お疲れ様ですわ、殿下)
私は殿下の体を冷やさないよう、彼をひょいと抱え上げた。こう見えて下級聖女時代に鍛えたので、意外と力持ちなのだ。そのまま殿下を部屋まで運び、そっとベッドに寝かせて毛布をかける。
「おやすみなさい……殿下」
そっと立ち去ろうとした瞬間、ガシッと腕を掴まれた。
「殿下……?」
寝ぼけ眼のまま、殿下は私をベッドの中へと引きずり込む。
「君は僕の抱き枕だろう……? 寝ている時さえも、離れるのは許さないよ……」
そう言って、私の体温を確かめるように強く、強く抱きしめられた。
(殿下のこの透き通るような白い肌も、月夜に煌めく金髪も、私を包み込んでくれるこの腕も……。すべてが男らしくて、意識せずにはいられませんわ!!!)
もう、ドキドキが止まらなくて眠れるはずがない。
けれど私は抵抗することもなく、ただ静かに、愛おしい人の寝顔を見つめ続けていた。




