第二十章 抱き枕の追加発注
寝ぼけ眼を擦りながら、自室に戻ろうとそっと起き上がろうとした、その瞬間。
腰をぐっと引き寄せられ、私は再び殿下と向かい合う姿勢に引き戻された。
(えっ!? 寝てるよね? 無意識……にしては力が強すぎませんか!?)
「えっと……殿下! あの、そろそろ着替えに行かないと。アルリック様も来られるでしょうし……」
抱き寄せられたまま、殿下は「ううぬ……」と唸るものの、一向に離してくれない。
(もう! こうなったら……最終手段!)
近くにあった枕を身代わりに差し出し、殿下にぎゅっと抱きしめさせて、私はするりとベッドから脱出した。
ふう……と胸を撫で下ろし、部屋を出ようとしたその時。
背後から温かい体温に包み込まれた。
「……着替えなんてしなくても、君はそのままで魅力的だよ。僕の側にいるのが君の役目だろ? 離れないでよ」
寝起きの少し掠れた甘い声を耳元で囁かないでいただきたい! 朝から心臓に悪すぎる!
「いえ、殿下! 流石にこの格好でアルリック様に見つかったら、『身だしなみもできない奴が殿下の側にいるだと!? もはやお前は死神か! 死ねぇぇ!』って剣を抜かれたらどうするんですか!?」
「……流石に身だしなみができていないだけで、死神だとバレるのは飛躍しすぎじゃないかな?」
殿下はくつくつと可笑しそうに笑う。
「飛躍じゃありません! あの方は私を『黒』だと思って見張ってるんですから! 常に完璧な聖女でいないと。すぐに戻って参りますから、殿下はその寝ぼけ眼をどうにかしててくださいな!」
私は殿下を椅子に座らせ、爆速で自室へと戻った。
(殿下の本音を昨夜知ってしまってから、なんだか殿下が……捨てられた仔犬みたいに可愛く見えてきてしまって……!! いえ、しっかりするのよ、ディアナ!!)
***
そそくさと着替えと身支度を済ませ、再び殿下の部屋へ戻ると、やっぱりというか何というか、殿下は椅子に座ったまま船を漕いでいた。
(椅子の上であんなに綺麗に寝られるもの? 器用すぎるわ……)
「おはようございます、起きてくださいな!」
殿下を揺り起こし、今日の服を準備する。「んん……まだ寝たい……」と駄々をこねる殿下を宥めすかし、着替えさせ、髪を整える。
(……これ、もはや聖女の仕事じゃなくて『お母さん』か『侍女』じゃないかしら?)
毎回思う疑問はさておき、「朝ごはんの時間ですよ、参りましょう」と促すと、殿下は欠伸をしながら私の後をついてきた。
食堂に並ぶのは、豪華な朝食! 今日はふかふかのロールパンに、新鮮なフルーツが山盛りだ。
(美味しそう……!)
目を輝かせる私を、殿下は満足そうに眺めている。
いつもは向かい合わせで座るけれど、殿下が味覚を失っていると聞いてからは居ても立ってもいられず、私は彼の隣に陣取った。そして、そっと右手を差し出す。
「私と手を繋いで味覚が復活するかは分かりませんが……とにかく、繋いで食べましょう! 美味しいのに味がしないなんて勿体ないです。私は、殿下に『食べることって楽しい、幸せだ』って思ってほしいんです!」
笑って言うと、殿下は一瞬目を見開いた。それから、何かを噛み締めるように、ゆっくりと優しく握り返してきた。
「……そうだね。そうしよう」
二人で手を繋いだまま、黙々と食事を進める。
「それで、殿下……どうですか!? 味、します?」
「……ああ。上手いな。久々に、物の味を感じたよ」
嬉しそうにパクパクと食べる殿下の姿に、胸が熱くなる。
なぜ死神の力を持つ私に触れると彼の感覚が戻るのか、その理由は謎だけれど、それで彼が救われているなら、これこそが私の「聖女としての役目」なのかもしれない。
(食べ物を食べてる時が、やっぱり一番幸せ〜♡)
私も殿下の幸せをお裾分けしてもらいながら、お腹いっぱい朝食を楽しんだ。
……が。
その後の公務のお手伝い中、殿下は思い出したように、とんでもないことを口にした。
「……君の聖女の仕事、一つ増やすね。これからは毎晩、僕の『抱き枕』になってもらうよ」
「えっ!? はい!? あれは一晩の約束では……!?」
「君が側にいる方がよく眠れるって気づいたんだ。……だから、頼んだよ?」
完璧なロイヤル・スマイルで押し切られ、私は変な声を出すことしかできなかった。
(いや! 『頼んだよ』じゃないです! こちらの心臓がもちません!! 私、寿命より先に殿下へのドキドキでショック死するんじゃないかしら!?)




