第十七章 王子の沈黙、死神の焦燥
昨夜の神殿での出来事を胸に、清々しい気持ちで聖女の法衣に袖を通した私。
いつものように「寝坊常習犯」の殿下を叩き起こそうと、気合を入れて執務室兼寝室の扉を開けた、その時だった。
(えっ……!? もう明かりが灯ってる!?)
カーテンの隙間から差し込む朝日を背に、エテル殿下は椅子に深く腰掛け、冷めきった紅茶を静かに口に運んでいた。その姿は、まるで一晩中そこで獲物を待っていた彫像のようで。
「お、おはようございます……。今日は随分とお早いですね。……あの、その、ここ数日の私の態度は専属聖女として、その、非常に不適切だったと思います。……本当に、すみませんでした!」
深々と頭を下げる。けれど、返ってくるはずの軽口がない。
部屋を支配するのは、肌を刺すような冷たい沈黙。
「……どこへ行っていたんだい?」
顔はいつもの完璧なロイヤル・スマイル。なのに、目が一ミリも笑っていない。怖い。本気で怖い。
「えぇっと……その、あの……」
しどろもどろになる私の思考はフル回転だ。
(死神の隠れ里なんて、口が裂けても言えない。殿下は私を黙認してくれているけれど、これ以上、彼を死神の因縁に巻き込むわけにはいかないもの……!)
黙秘を貫こうとする私に、殿下は音もなく立ち上がった。
気づけば背後の扉に手がかけられ、カチャリ、と無慈悲な施錠の音が響く。
「えっ!? ちょ、殿下、なぜ鍵を!?」
逃げ場を塞ぐように、彼は至近距離まで詰め寄ってきた。アイスブルーの瞳が、射抜くように私を捉えて離さない。
沈黙が、痛いくらいに長い。
(無言やめて!! 怖い!! いっそ罵倒されたり怒鳴られたりする方がマシなんですけど!!)
「あの……! 自分の非は認めます! 殿下に許していただくためなら何でも致しますので、どうか私にご慈悲をーっ!」
半泣きで縋りつくと、殿下はふっと、長く重い溜息をついた。
そのまま、力なく私の肩に頭を預けてくる。
「……無事で良かった。あまり、心配をかけさせないでくれるかな」
耳元で囁かれたその声は、今までにないほど弱々しくて、切実だった。もっと根源的な、大切なものを失いかけた人間のような、そんな響き。
「ごめんなさい……っ!」
全力で謝るしかない私を、彼は少しだけ強く抱きしめた。
「君が思うより、君の身を案じている人がいるってこと……忘れないで」
真っ直ぐすぎる眼差しに、私はただ、コクコクと頷くことしかできなかった。
***
一晩の無断外出のツケとして、私は「殿下の書斎の徹底掃除」と「一晩中、殿下の抱き枕になること」という、謎の条件で許しを得たのである。
掃除は……まあ、わかる。
でも抱き枕って……え、私、添い寝させられるんですか!? 聖女の仕事、どこ行ったの!?




