第十三章 二人の『影の会談』
夜会も中盤、アルリック団長の「獲物を狙う鷹」のような視線と、エテル親衛隊の令嬢たちによる「物理的な排除」の恐怖に耐えきれなくなった私は、ドレスの裾を翻して戦線離脱! 脇目も振らず自室へと逃げ帰った。
「はぁ……もう、ここだけが私のオアシス……安息地……。明日もこのサバイバルを生き抜かなきゃいけないなんて……」
慣れないヒールを脱ぎ捨て、アクアマリンが煌めくドレスのままベッドへダイブ。慣れない社交界の疲れから、私は吸い込まれるように意識を失い、うつらうつらと夢の世界へ足を踏み入れていた。
そんな平和な私とは裏腹に、夜の庭園では、王国の二大巨頭が凄まじい火花を散らしていた。
エテルは、その美しいアイスブルーの瞳を氷の刃のように研ぎ澄ませ、静かに口を開く。
「……僕のパートナーに近づかないでもらえるかな、ヴォルフィード令息。いや、『ゴミ捨て場の黒ずくめ』と言った方が通りがいいかな?」
ロイヤル・スマイルを浮かべてはいるが、その笑顔はもはや怪談より恐ろしい。
「何が目的だい。悪いけど、ディアナは僕の専属聖女だ。誰にも譲る気はないよ。彼女の『死神の力』は、僕の終わらない寿命を終わらせるためにある。君のような正体不明な男に、彼女を汚されたくないんだ」
甘い声で吐き捨てられる「独占欲」。それは彼女を道具として見ている冷徹さと、執着が入り混じった歪な告白だった。
対するフェンリスは、貴公子としての品行方正さを崩さぬまま、紅い瞳でエテルを射抜く。
「……黒ずくめ? 何のことか分かりかねますね」
しばしの沈黙。二人の視線がぶつかり合ったまま、庭園の空気だけが冷えていく。
「それより殿下、彼女が『死神』だと知りながら側に置く貴方の神経を疑います。自分の欲望のために、あのお人好しを利用しているとしか思えませんね」
フェンリスの背後には、凄まじい魔力の奔流、まるで白虎のような威圧感が見え隠れする。
「死神の宿命は、同じ重荷を背負う者にしか理解できない。貴方に彼女は救えない。ただ消費し、傷つけるだけだ。……だから、僕は貴方から彼女を守ると決めたんですよ」
夜の闇の中で、二人の男の殺気が激突する。偶然通りかかった貴族が、その場の空気の重さに耐えきれず、泡を吹いて逃げ帰ったという。
**
その後。嵐のような対峙を終えたエテルは、吸い寄せられるようにディアナの部屋へと足を向けていた。
扉をそっと開ければ、そこにはドレスを着たまま、無防備すぎる格好で眠る彼女の姿。
「……本当に、君は……」
エテルは呆れたように息を吐き、重いドレスで寝苦しそうな彼女に、そっと羽毛布団をかける。
「むにゃむにゃ……殿下……その、クロワッサン……私が、食べたいです……。んふふ……」
幸せそうに、食べ物の夢を見て笑うディアナ。
「僕を殺せ」と迫る自分に対し、「生きる意味を奪わないで」と真っ向から返してきた、風変わりな死神。
エテルは思わず吹き出し、彼女の額にかかる銀髪を、壊れ物に触れるような手つきで耳にかけた。
「ねえ、知ってる? ディアナ。……こんなに誰かの言動ひとつに振り回されたのは、この長い人生で君が初めてなんだ」
彼女は、僕を終わらせるための「道具」のはずだった。なのに、彼女が笑うたびに、自分の「死への渇望」が、少しずつ別の何かに書き換えられていくのがわかる。
「……僕に、生きる幸せを教えてよ。この退屈な永遠が、君となら、少しはマシに思えるかもしれないから」
エテルは少しだけ躊躇うように手を止め、それから、眠る彼女の白い手の甲に、祈るような口づけを落とした。
利用しているつもりで、実は一番囚われているのは、自分の方。
不器用な王子の本音が月光に溶けた後、彼は名残惜しそうに部屋を後にした。




