第十二章 夜会の主役は、胃が痛い
「もう、どうしてこうなったのぉぉぉ!!!」
私の魂の叫びが王宮に木霊する、その4時間前、話は少し遡る。
アルリック団長の「死の香りがする(物理)」という執拗なマークを笑顔で受け流しながら、私は限界ギリギリの精神状態で聖女を演じていた。
なのに、あの腹黒王子!! 何を考えているのか、私を夜会の『公式パートナー』として出席させようとしている。
「はい?? いえ殿下、私は専属聖女であって、婚約者でもないのに貴方様の横に立つなど、万死に値する行為です!(※訳:エテル親衛隊の令嬢たちに物理的に消される!!)」
必死に辞退しようとする私に、殿下は逃げ道を塞ぐような甘い吐息でこうのたまった。
「専属聖女は僕の側にいるのが鉄則。離れるなんて……許さないよ?」
全女子が悶絶するであろう殺し文句。だが、死神(私)にとってはただの「プチ脅迫」である。
一度言い出したらテコでも動かない殿下に折れ、私は用意されたドレスに身を包んだ。
水色のシルクに、アクアマリンとダイヤモンドがこれでもかと散りばめられた一着。
(綺麗……。一生に一度、あるかないかの魔法だわ)
銀髪を結い上げ、鏡の前で少しだけ浮かれた自分を叱咤しながら、私はエテル殿下のエスコートで会場へと足を踏み入れた。
視線が痛い! 痛すぎる!! 令嬢たちの眼光が、もはや聖絶騎士団より鋭いナイフのようだ。
「……ひぇぇ、ホラーですわ……」
案の定、殿下に擦り寄る令嬢の波に押され、パートナーのはずの私は瞬く間に集団の外へと弾き飛ばされた。モブ聖女、ここに完結。
当の殿下は令嬢たちに完璧な愛想を振り撒き、私を放置。……ひどくない!?
「大丈夫ですか? 立てますか?」
地べたに這いつくばりそうだった私に、スッと手が差し伸べられた。
見上げれば、銀髪に紅い瞳を持つ、溜息が出るほど整った顔立ちの青年。
(……この瞳、どこかで……?)
デジャヴを感じるが、思い出せない。
「はひょっ! 大丈夫です! ありがとうございます!」
咄嗟に握ったその手は、温かくて、とても大きかった。
彼の名は、フェンリス・ヴォルフィード。名門ヴォルフィード家の次男だという。
溢れ出る品行方正さ、優雅な物腰。
(そういえば、あのゴミ捨て場の不審者も『フェン』って名乗ってた気がするけど……いやいや、あんな口の悪いガサツな男と、この素敵な貴公子様が同一人物なわけない。世の中には似た名前の人間が三人はいるって、お母様も言ってたし!)
我ながら見事な自己解決に、私は一人で納得した。
名前が似ているだけの別人。そう結論づけた私の手を取り、彼は囁いた。
「一曲、お願いします」
「えっ、でも私、踊れません!」
「大丈夫。僕のエスコートに身を任せて」
耳元で響く甘い声。そのまま流れるようにダンスに誘われ、私は思考停止のままステップを踏んでいた。
フェンリス様が上手すぎて、周囲からは「あの聖女、何者!?」と一目置かれているが、当の本人は彼のリードに心臓がバックバクでそれどころではない。
(……かっこいい方って、ずるいですわ……)
一方、そんな私たちを、令嬢の輪の中からエテル殿下が見ていた。
口元は変わらず優雅な弧を描いたまま。けれど、こちらに向けられたグラスを持つ指先に、僅かに力がこもっているのを、どす黒い嫉妬がグラスの氷をカランと鳴らしたのを、私は一ミリも気づいていなかった。
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ダンスの後、私は一人テラスで夜風に当たっていた。
見上げる星空。……お母様、見ていますか。私は今、王宮で寿命を削らずに生きています。
不意に、肩に柔らかな上着がかけられた。
「風邪をひいてはいけないよ」
振り返ると、そこにはいつになく優しい瞳をしたエテル殿下がいた。
「……ありがとうございます?」
何を考えているのか読めない腹黒王子と、正体不明の美青年。
二人の『死神』を知る男たちに挟まれているとも知らず、私はただ、いつもより近くに見える星を眺めていた。




