本物
本物
午後零時四十分。
本来の予測時刻を十分過ぎても、T駅には何も現れなかった。
『第一班、異常なし』
『第二班も異常なし』
無線から返ってくるのは、何度目か分からない同じ報告ばかりだった。
午前七時頃から配置についているCASH隊員たちは、今も警戒を崩していない。しかし五時間を超える待機ともなれば、疲労までは隠せなかった。
それでも銃口は下げない。
誰も持ち場を離れない。
紀人も無線を握ったまま、駅前、道路、建物の上へと何度も視線を走らせていた。
「……本当に来ないのか?」
T寺に現れたフレイムピジョンは、すでにサクラたちが撃破している。
こちらは予測時刻を過ぎても異常なし。
時間だけが過ぎていくほど、「もう何も起きないのではないか」という考えが頭をよぎる。
それでも東は、規制を解かなかった。
◇
その東へ、上層部から通信が入った。
『東君。もう十分だろう』
「もう少し待ってください」
『予測時刻から十分経過している。T寺の対象も撃破済みだ』
東は時計へ目を落とした。
十二時四十分。
『T駅周辺を何時間止めていると思っている。交通だけではない。周辺店舗からも問い合わせが相次いでいる』
「分かっています」
『昼の利用客が増える時間帯だ。これ以上続ければ影響はさらに広がる』
東はすぐには答えなかった。
上層部の言っていることにも理由はある。
ここは西側でも有数の主要駅だ。
朝から続けてきた規制は、周辺の交通にも商業にも大きな負担をかけている。
それでも。
「あと少しだけ待ってください」
『何を待つんだ』
「念のためです」
『その念のためで、いつまで主要駅を止めるつもりだ』
声が強くなる。
『これ以上は認められない。こちらから規制解除命令を出す』
「待ってください!」
東が言葉を返そうとした、その時だった。
『T寺から緊急です!』
別回線から川出の声が割り込んだ。
◇
少し前。
T寺では、戦闘後の確認作業が進められていた。
周辺にはまだ焦げた匂いが残っている。
ユキによって火はほぼ消され、CASH隊員たちは倒した怪人の周囲を警戒していた。
川出は白い身体からサンプルを採取し、簡易分析にかける。
外見だけなら、どう見てもフレイムピジョンだった。
だが、炎の大きさが違った。
その違和感を放置する気にはなれない。
「博士、データ送ります」
『来た。ちょっと待って』
T駅にいるシラメ博士が分析結果を開いた。
数秒。
画面を追っていた目が止まる。
「……あー」
近くにいた東が振り返った。
「何、その嫌そうな声」
「まただよ」
「何が?」
シラメ博士は画面を見たまま答える。
「ミラーカメレオン」
「……また?」
無線の向こうで北山が声を上げた。
『またあいつかよ』
『やっぱりですか……』
川出も倒れている白い怪人へ目を向ける。
何度もCASHの前に姿を現し、そのたびに別の姿でこちらを欺いてきた擬態怪人。
もはや「またミラーカメレオンか」という反応になるほど、馴染み深い相手になってしまっている。
だが、シラメ博士だけは画面から目を離さなかった。
◇
『でも博士』
川出が続ける。
『今回のやつ、炎まで使ってましたよ』
「そうなんだよね」
シラメ博士の声から、先ほどまでの軽さが消えた。
東が画面を覗き込む。
「何かおかしいの?」
「前のとは違う」
『どういうことだ?』
北山が尋ねる。
「炎だけ見れば、本物より小さいのかもしれない。でも、それだけで劣化版だと思わない方がいい」
シラメ博士は表示された数値を追った。
「姿だけじゃない。炎まで再現してた。コピーの精度が上がってる」
『でも、炎は小さかったんですよね?』
「炎はね」
川出の問いに答えながら、博士は別のデータを開く。
「それとは別に、そもそもの身体能力が上がってる。最初に遭遇したミラーカメレオンと比べても、地の性能そのものが明らかに高い」
東の表情が険しくなった。
『じゃあ、フレイムピジョンより弱かったわけじゃないのか?』
「分からない」
『分からない?』
「本物とはまだ戦ってないからね」
少し間を置く。
「戦闘能力だけなら、本物のフレイムピジョンより上な可能性だってある」
無線の向こうが静かになった。
炎の出力は、本物に届いていなかったかもしれない。
だが、それは怪人全体の強さとは別の話だ。
以前より高い身体能力を持つミラーカメレオンが、他の怪人の姿だけでなく能力まで再現し始めている。
そちらの方が、はるかに厄介だった。
「少なくとも、最初に会った頃のミラーカメレオンとはもう別物だよ」
『また次が出てきたら……』
川出の声。
シラメ博士は画面を見つめたまま答える。
「もっと性能が上がってるかもしれない」
冗談めかすこともなく、小さく呟いた。
「……どこまで上がるんだろうね」
◇
「……待って」
東が声を漏らした。
「何?」
シラメ博士が顔を上げる。
東はT駅周辺へ視線を向けていた。
「T寺にいたのがミラーカメレオンなら……」
そこで言葉が止まる。
その意味に気づき、シラメ博士の表情も変わった。
「本物のフレイムピジョンは――」
ドンッ――!
腹の底を殴られたような爆発音が、最後の言葉を吹き飛ばした。
◇
「っ!?」
紀人が振り返る。
T駅周辺の一角から、巨大な炎が噴き上がった。
炎は一瞬で建物より高く伸び、周囲を赤く染める。
熱気が離れた位置にいる紀人の頬まで届いた。
周囲の窓ガラスが震え、遅れてざわめくような破砕音が聞こえる。
『炎を確認!』
『T駅西側! 大規模な火炎!』
『対象確認急げ!』
静かだった無線が一瞬で騒がしくなった。
炎はまだ立ち上がっている。
T寺で川出が感じた違和感。
炎が小さい。
その意味が、説明など必要ないほどはっきりと目の前にあった。
あれとは違う。
「……いたね」
シラメ博士が呟いた。
◇
『今の爆発は何だ!?』
規制解除を迫っていた上層部との回線も、まだつながっていた。
東は答えない。
すぐに現場回線へ切り替える。
「T駅全班、戦闘配置!」
『了解!』
南浦が銃を構えた。
ニシも周囲の隊員へ声を飛ばす。
「散開しろ! 炎の正面に固まるな!」
CASH隊員たちが一斉に持ち場から動き、戦闘配置へ切り替わった。
朝から規制を維持してきた区域には、一般人の姿がない。
消防も救急も残っている。
ほんの数分。
上層部の要求を受け入れるのが早ければ、規制解除のために警察官が動き、人を戻し始めていた可能性がある。
東は燃え上がる炎を見ながら、短く息を吐いた。
待っていて正解だった。
◇
一方、T寺にも報告が届く。
『T駅側、大規模火炎! 対象出現の可能性!』
サクラが立ち上がった。
「私も向かいます!」
「俺も行く」
北山も動こうとしたが、東の声が止めた。
『待って。ミラーカメレオンを回収するまで、そっちは警護を続けて』
「でも、本物が出たんですよね?」
『だからこそ、こっちも急ぐ。でも、その個体も放置できない』
サクラたちが倒したミラーカメレオンへ目を向ける。
『今回の個体は、今までより性能が上がってる。重要なサンプルになるし、怪人側が回収しに来る可能性もある』
「……分かりました」
『回収が終わったら、サクラと北山君はT駅へ。川出君は回収車両について行って』
「はい」
『了解です』
◇
ほどなくして、回収車両がT寺へ入ってきた。
隊員たちが周囲へ銃口を向けたまま、倒れたミラーカメレオンを収容する。
「固定確認!」
「収容完了!」
車両の扉が閉まった。
「回収完了しました」
川出の報告に、東が即座に答える。
『川出君はそのまま回収車両と一緒に』
「はい」
『サクラ、北山君。T駅へ向かって』
「分かりました!」
「了解!」
二人は待機していたCASHの車両へ乗り込んだ。
ドアが閉まり、すぐにエンジン音が高くなる。
車両はT駅へ向けて発進した。
川出はミラーカメレオンを積んだ回収車両に同行し、二人とは別方向へ向かっていく。
◇
T駅。
巨大な炎の向こうから、白い影が歩いてきた。
鳩を思わせる身体。
その頭上では、激しい炎が燃え上がっている。
「対象確認!」
南浦が銃口を向ける。
「散開しろ! 炎の正面に固まるな!」
ニシの声に、CASH隊員たちが左右へ展開した。
「紀人君!」
東の声が無線から飛ぶ。
「はい!」
「行って!」
「了解!」
紀人は炎へ向かって駆け出した。
走りながらベルトを腰へ巻く。
「配信開始!」
ベルトから光が走り、全身を包む。
強い光が瞬き――弾けた。
◇
「撃て!」
南浦の声と同時に、銃口が一斉に火を噴いた。
対怪人用の弾丸がフレイムピジョンへ殺到する。
胸。
肩。
脚。
着弾するたびに白い身体が揺れ、怪人の足が止まった。
だが、それだけだった。
フレイムピジョンは倒れない。
ゆっくりと一歩前へ出る。
「まだ来るぞ!」
ニシが叫んだ。
フレイムピジョンの頭上で炎が膨れ上がる。
T寺で確認されたものとは比べものにならない熱気が広がり、周囲の空気が歪んだ。
「散れ!」
隊員たちが射撃を続けながら左右へ動く。
フレイムピジョンが腕を振り上げた。
炎がその腕へ集まり、さらに大きく膨らんでいく。
南浦が銃口を向け直す。
「撃ち続けろ!」
銃声。
それでも、炎は消えない。
フレイムピジョンが腕を振り下ろそうとした。
その瞬間。
一つの影が横から飛び込んできた。
「うおおおおっ!」
宙を走るように突き出された脚が、フレイムピジョンの身体へ真正面から叩き込まれる。
ドンッ――!
白い身体が大きく弾かれた。
飛び込んできた影が地面へ降り立つ。
その姿は――。
キッドだった。
本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。
それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。
一つの作品だけでも楽しめる。
けれど、複数の作品を読むことで、初めて見えてくるものもある。
ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。
【人間×生成AIによる合作作品】
企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




