待ち伏せ
待ち伏せ
六日後。
まだ朝の空気が残る頃には、二つの候補地点で作戦が始まっていた。
予測時刻は、午後零時三十分前後。
これまでの事件がほぼ一定の間隔と時刻で発生していることから導き出された時間だったが、CASHはその数字を信用してぎりぎりまで待つようなことはしなかった。
午前七時頃には、二地点とも主要な配置を終えている。
住民の避難。
周辺の規制。
消防と救急の待機。
そして、フレイムピジョンを迎え撃つ戦力。
前回までは、火が上がってから追いかけていた。
今度は違う。
こちらが先に来て、怪人を待つ。
◇
一つ目の候補は、T駅周辺だった。
西側でも有数の規模を持つ主要駅で、複数の路線が乗り入れ、近くにはモノレールも走っている。
駅前には大型の商業施設が並び、普段なら朝から人の流れが絶えない。昼休みともなれば会社員や学生、買い物客まで加わり、駅前の人通りはさらに増える。
そんな場所を事前に空けるのだから、今回の規制は当然、大がかりなものになった。
予測地点を中心とした区域への立ち入りが制限され、周辺道路にも規制が入っている。警察官たちは人の流れを別の出口や道路へ誘導し、周辺店舗にも協力を求めていた。
駅そのものまで完全に止めたわけではない。
それでも、普段のT駅を知る者が見れば、明らかに異常な光景だった。
「……本当にやったんだ」
紀人は規制区域の中から、その様子を見ていた。
警察が扱う特殊事件の協力者。
学校にも伝えられたその立場で、紀人は今回の規制区域へ入っている。
ただし、CASHの隊員たちと同じ場所にはいなかった。
少し離れた、人目につきにくい場所で一人待機している。
手元には、CASHとつながった無線。
『第一班、異常なし』
『第二班も異常なし』
各所から報告が飛び交う。
紀人も周囲を確認した。
「こっちも異常ありません」
『了解』
東の声が返ってくる。
CASHの隊員たちには、キッドがすでに付近で待機しているとだけ伝えられていた。
内田紀人とキッドが同一人物だと知っているのは、東とシラメ博士だけ。
何か起きれば、この場所で人目を避けて変身する。
それまでは紀人として待つ。
それが今回の配置だった。
◇
もう一つの候補は、T寺周辺。
古くから知られる大きな寺で、普段なら境内や参道には参拝客の姿が絶えない。昼が近づけば周辺の店にも人が増え、鳩たちも境内のあちこちを歩いている。
だが、この日は違った。
参道は規制され、境内に参拝客の姿はない。
店も閉まり、人の声も聞こえない。
いつもなら多くの人が行き交う場所から、人間だけが消えてしまったようだった。
その静かな境内を、事情など知らない鳩たちが歩いている。
「静かですね」
サクラが周囲を見回した。
近くにいた南浦が答える。
「そのために散々揉めたんだろう」
「私は揉めてませんけど」
「こっちの話だ」
CASH隊員たちはすでに各所へ配置され、装備の確認も終えている。
少し離れた場所には、サクラ用のアタッチメントを収めた専用ケース。
規制区域の外には、消防と救急も待機していた。
火が出てから呼ぶ必要はない。
怪我人が出てから救急車を待つ必要もない。
準備はできている。
あとは、フレイムピジョンが本当にここへ現れるかどうかだった。
◇
午前九時。
異常なし。
十時を過ぎても、何も起きなかった。
十一時になっても状況は変わらない。
予測時刻まで、あと一時間半。
T駅でもT寺でも、隊員たちは交代しながら警戒を続けていた。
五時間以上前からの待機になる。
何も起きない時間が長く続けば、緊張を維持するだけでも体力を使う。
サクラは境内の端で、固くなった身体をほぐすように軽く動かした。
「待っている方が疲れますね」
「戦うよりましだ」
「それはそうですね」
南浦が時計を見る。
「あと一時間半か」
境内では、鳩たちがいつもと変わらない様子で歩いている。
時間だけが、ゆっくりと過ぎていった。
◇
午前十一時二十八分。
一羽の鳩が飛び立った。
続いて二羽。
三羽。
最初は、それだけだった。
だが、サクラが動きを止める。
「……何でしょう?」
地面を歩いていた鳩たちが、一斉に同じ方向へ顔を向けている。
南浦もそれに気づいた。
それまで少し緩んでいた表情が、一瞬で変わる。
「全員、警戒」
短い声だった。
CASH隊員たちが一斉に武器へ手をかける。
まだ予測時刻まで一時間以上ある。
だが、ここまで早くから待機していたのは、その予測を完全には信用しなかったからだ。
次の瞬間。
境内にいた鳩たちが、一斉に飛び上がった。
静まり返っていた境内を、無数の羽音が埋め尽くす。
サクラが、その向こうを見た。
「……来ました」
参道の先。
白い姿が見える。
ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
白い身体。
鳩を思わせる頭部。
その頭上で揺れる炎。
見間違えるはずがない。
「対象確認!」
隊員の声が飛んだ。
南浦が腕時計を見る。
十一時三十分。
「……おい」
もう一度、時刻を確認する。
「一時間も早いぞ」
サクラはフレイムピジョンから目を離さない。
「来てしまったものは仕方ないでしょう」
「時間に正確な鳩じゃなかったのかよ」
「本人に聞いてみます?」
「答えるならな」
すぐに南浦の声が飛ぶ。
「本部へ連絡!」
「了解!」
『こちらT寺! 対象出現! 時刻十一時三十分! 予測より約一時間早い!』
報告と同時に、隊員たちが動く。
だが、慌てて準備を始める者はいない。
武器はある。
サクラもいる。
消防も救急も待機している。
住民はすでに区域外。
一時間早かろうと、こちらの準備は終わっていた。
「全員、戦闘配置!」
◇
T駅。
無線から飛び込んできた報告に、紀人が立ち上がった。
「出たんですか!?」
『T寺よ』
東の声が返る。
「じゃあ、俺も向かいます!」
『待って!』
走り出そうとした足が止まった。
『キッドはそのまま待機!』
「でも、サクラが――」
『一時間も早いのよ』
その一言で、紀人も意味に気づいた。
『今までほぼ正確だった時間が、今回は大きくずれた。だったら、他の条件まで絶対だと思わない方がいい』
T寺にフレイムピジョンが現れた。
それでも、T駅側が安全だと決まったわけではない。
同じ怪人が二体いる可能性。
別の怪人が現れる可能性。
そもそも、CASHが見つけた法則の一部が間違っている可能性。
今までとは違うことが起きた以上、どれも切り捨てることはできない。
『少なくとも状況を確認するまでは、そっちを空にできない』
紀人は無線を強く握った。
すぐに向かいたい。
サクラが戦うと分かっているなら、なおさらだった。
それでも、ここを守る者も必要になる。
「……了解」
『何かあったらすぐ変身して』
「はい」
紀人は周囲へ視線を走らせた。
T寺では、もう戦いが始まろうとしている。
それでも今は、ここで待つ。
◇
T寺。
フレイムピジョンが境内へ足を踏み入れた。
頭上の炎が大きく揺れ、白い身体がゆっくりとサクラたちへ向く。
「サクラ!」
「分かってます!」
サクラはベルトを取り出した。
腰へ回し、固定する。
カチリと音が響いた。
サクラは一歩前へ出る。
目の前にはフレイムピジョン。
背後には、援護に入るCASH。
一度だけ息を整える。
「コラボ開始!」
ベルトが応えた。
光が腰から走り、一気にサクラの全身へ広がる。
白い光が強く瞬き、その姿を包み込んだ。
光の中で輪郭が変わる。
腕を覆う。
脚を包む。
胴体へ広がり、人間だった身体を戦うための姿へ塗り替えていく。
次の瞬間、光が細かな粒となって弾けた。
変身完了。
サクラが右手を握る。
「装備!」
待機していたCASH隊員が専用ケースを開いた。
「右腕!」
アタッチメントが投げ渡される。
サクラは片手で受け取り、そのまま右腕へ固定した。
ロック。
「脚部!」
続いて、新型アタッチメント。
受け取ると同時に脚へ装着する。
ガチン――。
固定機構が噛み合った。
直後。
ヴゥン――。
低い駆動音が鳴り始める。
サクラが一度だけ脚へ目を落とした。
「動きましたね」
それだけ確認すると、すぐにフレイムピジョンへ視線を戻す。
右拳を握った。
「サクラを援護!」
南浦の声と同時に、銃声が境内へ響き渡る。
対怪人用の弾丸が次々とフレイムピジョンへ向かう。
命中。
白い身体が揺れた。
さらに一発。
フレイムピジョンが足を止める。
サクラはもう走り出していた。
射撃で生まれた一瞬の隙へ飛び込む。
踏み込む。
腰を回す。
右拳を叩き込んだ。
鈍い衝撃が返ってくる。
同時に、右腕のアタッチメントが作動した。
針が飛び出す。
白い身体へ突き刺さった。
すぐに引き抜く。
「一発目!」
フレイムピジョンの腕が横薙ぎに振るわれた。
サクラは身体を沈める。
頭上を腕が通り過ぎた。
そのまま横へ抜け、距離を取る。
ヴゥン――。
脚部から低い駆動音が続いていた。
まだ止まらない。
まだ溜めている。
フレイムピジョンがサクラへ向き直った。
頭上の炎が、先ほどより大きく揺れる。
「来ますよ!」
サクラが右拳を構え直す。
南浦たちも銃口を向ける。
毒は、まだ一発。
脚部も、まだ動き始めたばかり。
ここから何度、右拳を叩き込めるか。
そして、脚が溜まり切るまで押さえられるか。
勝負は、始まったばかりだった。
◇
その頃、T駅。
紀人は無線から聞こえてくる声に耳を澄ませながら、静まり返った周囲を見つめていた。
銃声そのものは、ここまでは届かない。
それでも無線の向こうから飛び交う報告だけで、T寺で戦闘が始まったことは分かる。
サクラは戦っている。
CASHも戦っている。
自分だけが、何も起きていない場所にいる。
紀人は無意識に一歩踏み出しかけた。
だが、止まる。
東の指示を思い出した。
時計を見る。
十一時三十分を過ぎたばかり。
本来の予測時刻まで、まだ一時間近く残っている。
紀人は無線を握り直した。
「……異常なし」
自分にも聞かせるように呟く。
何も起きない場所で待つ。
今すぐ助けに行きたい気持ちを押さえて、それでも持ち場を守る。
それも今は、自分の役目だった。
本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。
それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。
一つの作品だけでも楽しめる。
けれど、複数の作品を読むことで、初めて見えてくるものもある。
ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。
【人間×生成AIによる合作作品】
企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




