普通でいるために
普通でいるために
前回の火災から数日が経った。
紀人は、いつも通り学校にいた。
教師が黒板へ公式を書き、生徒たちはそれをノートへ写している。休み時間になれば友人同士で話し、チャイムが鳴れば次の授業が始まる。
いつもと変わらない学校生活だった。
ただ、休み時間に聞こえてくる話題だけは違っている。
「昨日のニュース見た?」
「見た。あの火事だろ」
「警察の人も亡くなったんだって」
教室のあちこちから、前回の事件について話す声が聞こえてきた。
火災による死者と負傷者。
そして、市民を助けようとして殉職した警察官。
紀人は席に座ったまま、その会話を聞いていた。
ニュースで報じられている以上のことを、紀人は知っている。
自分も、あの場所へ向かっていたからだ。
けれど、間に合わなかった。
◇
連絡を受けた時、紀人は学校にいた。
サクラにも同じように連絡が入っていたが、二人の置かれている状況は違う。
サクラは警察から協力を求められている立場だ。要請があれば、それを理由にすぐ動ける。
紀人は違った。
学校では、ただの高校生として過ごしている。
授業中に突然立ち上がり、
「怪人が出たので行ってきます」
などと言えるはずもない。
教師へ何と説明するのか。どうやって学校を抜けるのか。周囲から怪しまれないか。
そんなことを考えなければならなかった。
結局、サクラも紀人も現場には間に合わなかった。
だから、自分が学校にいたせいで誰かが死んだ、などと考えるつもりはない。
あと数分早く到着していれば、あの警察官を助けられたのか。
火災の犠牲者を減らせたのか。
そんなことは誰にも分からない。
それでも、一つの疑問だけが紀人の中に残っていた。
次も同じだったら、どうする?
◇
同じ頃。
CASHでは、六日後へ向けた準備が進められていた。
南浦は用意されている装備を確認したあと、作業を続けるシラメ博士へ声をかけた。
「一ついいか」
「何?」
「ガスネズミに使った弾は」
シラメ博士の手が止まる。
「……あれ?」
「もう一発、用意できないのか」
南浦がそう考えるのも無理はなかった。
通常のCASH装備でも、ボス級怪人を怯ませ、足止めすることはできる。だが、決定的なダメージを与えるほどの威力はない。
以前ガスネズミに使用した特殊弾を用意できれば、六日後の戦力は大きく変わる。
しかし、シラメ博士はすぐに首を横に振った。
「無理だね」
「六日あってもか」
「六日しかないんだよ」
南浦が眉を寄せた。
「そんなにかかるのか」
「時間だけじゃないよ。あの一発に、どれだけ予算と時間を使ったと思ってるの」
「知らん」
「でしょうね」
あれは、必要になれば補充できるような量産品ではない。
一発を完成させるだけでも専用の部品と細かな調整が必要になり、製作費も通常の弾薬とは比較にならない。
「今から作り始めても六日後には絶対間に合わない。それどころか、今の人員と設備と予算のままなら、次をいつ用意できるかも約束できないよ」
「……一発撃つには高すぎる弾だな」
「ものすごくね」
南浦は不満そうだったが、それ以上は言わなかった。
どれほど強力でも、六日後に存在しない武器を作戦へ組み込むことはできない。
「だから、こっちを間に合わせる」
シラメ博士が、別の作業台へ目を向けた。
◇
そこには、サクラのために用意された新しい脚部アタッチメントが置かれていた。
説明を受けるため、サクラ本人も呼ばれている。
「これが新しいやつ?」
「うん」
サクラが手に取ろうとすると、シラメ博士が止めた。
「ちょっと待って。先に説明」
「はいはい」
サクラが手を引っ込める。
シラメ博士はアタッチメントの内部を示した。
「基本的な仕組みは、北山さんの小手やレガースと同じ。コンデンサー回路でエネルギーを溜めて、攻撃が相手に接触した瞬間、一気に流し込む」
北山が自分の装備へ目を落とす。
「俺のと同じ?」
「考え方はね」
「考え方は?」
「出力は全然違うよ」
「どのくらい?」
シラメ博士は少し考えた。
「比べない方がいいと思う」
「そんなにか」
「そんなに」
サクラが脚部アタッチメントを見る。
「じゃあ、これで蹴ればいいの?」
「最終的にはね。でも、戦いが始まってすぐ使えるわけじゃない」
「何で?」
「チャージに時間がかかるから」
北山の装備と基本原理は同じでも、求めている威力が違う。出力を大幅に上げた分、必要なエネルギーも増えているため、戦闘開始直後から最大出力を使うことはできない。
「戦いながら溜めてもらう」
「その間は?」
シラメ博士がサクラの右腕を見る。
「そっち」
サクラも、自分の右腕へ目を落とした。
そこにはすでに、蜂が毒針を刺すように相手へ毒を打ち込むためのアタッチメントがある。
「いつも通り、殴る?」
「そう。右腕で攻撃して毒を入れる。一発で倒すような毒じゃないから、何度も打ち込んで少しずつ弱らせる。その間に脚の方をチャージする」
サクラが右の拳を握った。
「殴って毒を入れながら、こっちを溜める」
「うん」
「満タンになったら?」
「蹴る」
「分かりやすい」
「ただし」
シラメ博士の声が少し変わった。
「一撃で仕留めてほしい」
サクラが顔を上げる。
「二発目は?」
「期待しないで」
「そんなに時間かかるの?」
「戦闘中に、もう一度満タンまで持っていくのはまず無理だと思って」
高出力である分、チャージ時間も長い。一度放てば、その戦闘中にもう一度使うことは難しい。
「だから、右腕の毒でできるだけ弱らせる。CASHも足止めする。その間にチャージして、最後の一撃を入れる」
「最後に蹴る」
「そういうこと」
サクラは自分の右腕を見てから、脚部アタッチメントへ視線を移した。
右腕で毒を重ね、少しずつ相手を弱らせる。
その時間を利用して脚へエネルギーを蓄え、最後の蹴りで一気に流し込む。
今回のサクラの戦い方は、それで決まった。
「外したら?」
「困る」
「それだけ?」
「ものすごく困る」
サクラが少し笑った。
「じゃあ、当てればいいんでしょ」
「お願いだから、そうして」
◇
その頃、学校では次の授業が始まっていた。
紀人は教師の話を聞きながらノートへ文字を書いていたが、やがてその手が止まった。
次に怪人が現れる時、自分がどこにいるのかは分からない。
休日かもしれない。
放課後かもしれない。
けれど、また授業中かもしれない。
もし突然連絡が来たら、どうする?
教師へ適当な理由を言う。
保健室へ行くふりをする。
仮病を使う。
あるいは、何も言わずに学校を抜ける。
どれも、その場しのぎでしかなかった。
そして、そんな理由を考えている間にも時間は過ぎる。
怪人は待ってくれない。
その時もCASHが戦っているかもしれない。誰かが逃げているかもしれない。その数分で、助からなくなる人がいるかもしれない。
紀人は手元のノートへ目を落とした。
普通の高校生でいたかった。
それは今でも変わらない。
学校へ通いたいし、友達とも話したい。道場にも行きたい。
怪人がいない時くらい、普通に暮らしたい。
だからキッドであることを隠してきた。
だが、自分が普通でいたいから初動が遅れ、その結果、誰かの普通の生活が失われるとしたら。
もし、いつか本当にそうなったら。
「違うだろ」
思っていたより、大きな声が出た。
教師の手が止まり、教室中の視線が紀人へ集まる。
「……内田?」
「あ」
自分が声に出していたことに、そこでようやく気づいた。
教師は紀人を見ると、ゆっくり黒板へ振り返った。
「違う?」
「いや、あの……」
教師が黒板に書いた公式を見直す。
数秒後、チョークを持った手が止まった。
「あ」
教室が静かになる。
「……違うな」
今度は小さな笑いが起きた。
教師は何事もなかったように、黒板の一部を消す。
「内田、よく気づいた。ここ、符号が逆だ」
「え?」
「危ない危ない。このまま教えるところだった」
「あ……はい」
教師が公式を書き直すのを、紀人は何とも言えない顔で見ていた。
別に、そこを指摘したわけではない。
そもそも今の公式をまともに見てもいなかった。
だが今さら、
「違うのはそこじゃないです」
とも言えない。
「内田、ちゃんと授業聞いてるな」
「……はい」
周囲からまた笑いが起きた。
紀人は黙ってノートへ目を戻す。
偶然にも、先生の公式は本当に間違っていたらしい。
だが、自分が考えていたことまで間違いだったわけではない。
普通の高校生としての生活を守りたい。
その気持ちは変わらない。
けれど、それを守るために、怪人が出てもすぐに動けない状態まで守り続けるのは違う。
紀人の中で、それまで一緒だった二つのものが、少しずつ分かれ始めていた。
◇
放課後。
校舎を出たところで、紀人の端末にシラメ博士から連絡が入った。
『六日後、空けられる?』
「六日後?」
『うん。次に怪人が現れる場所と時間、かなり絞れた』
紀人は足を止めた。
『候補は二地点。キッドとサクラで一か所ずつ張る予定』
「何時です?」
時間を聞く。
学校がある。
以前なら、その事実を知った瞬間から、どうやって抜けるかを考えていただろう。
何と説明する。
欠席が増えたらどうする。
周囲に怪しまれないか。
北山にも疑われている。
また何か気づかれるかもしれない。
いくつもの問題が頭へ浮かんだ。
それでも今回は、答えが先に出た。
「空けます」
電話の向こうで、少し間があった。
『学校、大丈夫?』
「大丈夫じゃないです」
『え?』
「だから、ちゃんとしようと思います」
『ちゃんと?』
紀人は校舎を振り返った。
学校を辞めたいわけではない。
普通の生活を捨てたいわけでもない。
むしろ、続けたい。
だからこそ、このままではいけない。
「博士」
『何?』
「東さんに相談したいことがあります」
『東さんに?』
「学校のことです」
紀人は少し黙った。
前回の事件を思い出す。
連絡を受けても、すぐには動けなかった。
サクラも結果として間に合わなかった。
もし自分が早く動いていたら誰かを救えたのか、それは分からない。
分からないからこそ、次も同じままではいたくなかった。
「このままだと、次に急に呼ばれた時も、すぐ動けない」
『……うん』
「俺、普通の高校生でいたいです」
それは嘘ではなかった。
これからも学校へ通いたい。
友達と笑って、道場へ行って、怪人とは関係のない時間も過ごしたい。
「でも、俺が普通の高校生でいたいからって、そのせいで初動が遅れて、誰かが死ぬかもしれないのは嫌です」
電話の向こうで、シラメ博士は何も言わなかった。
「毎回、仮病とか適当な理由で抜けるんじゃなくて……学校を続けながら、呼ばれたらすぐ動ける方法を作りたい」
普通でいることを諦めるのではない。
普通でいるために、何も変えないことをやめる。
「東さんに、相談させてください」
少しして、シラメ博士の声が返ってきた。
『分かった。話そう』
「はい」
通話を終え、紀人は校門の外へ歩き出した。
何をどこまで学校へ話すのか。
正体を明かすのか。
それとも、別の理由を用意するのか。
まだ何も決まっていない。
それでも、一つだけは決めた。
普通の高校生でいることを、諦めるつもりはない。
だが、そのために誰かの命を後回しにすることもしない。
両方を守る方法を探す。
それが無理なら、その時は改めて選ばなければならない。
紀人は歩きながら、端末を握り直した。
六日後。
今度は、最初から間に合わせる。
本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。
それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。
一つの作品だけでも楽しめる。
けれど、複数の作品を読むことで、初めて見えてくるものもある。
ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。
【人間×生成AIによる合作作品】
企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




