最初の火
最初の火
CASHは、鳩が集まりやすい場所を中心に聞き込みを続けていた。
公園や神社、寺、駅前、広場。
対象にしているのは、消防や警察に記録が残っている火災だけではない。
むしろ川出が探していたのは、記録に残るほどでもなかった小さな異変だった。
少し煙が出た。
落ち葉が燃えた。
誰かがその場で消してしまった。
消防も警察も呼ばなかった。
そんな、当事者さえすでに忘れかけているような出来事だ。
住宅街の火災が起きるまで、CASHが把握していた最も古い火災は神社だった。だが、本当にそこが始まりだったという根拠はない。
もっと前に、誰にも事件だと思われなかった小さな火があったのではないか。
CASHのメンバーは複数の班に分かれ、それぞれ別の場所を回っていた。
◇
「火事ですか?」
「はい。ただ、火事ってほどじゃなくても構いません。最近、この辺りで何かが燃えたことはありませんでしたか?」
尋ねられた男性は、しばらく考えてから首を傾げた。
「最近はないと思うけどなあ」
「煙が出ただけでもいいんです」
「煙ねえ……」
男性は腕を組み、記憶を探る。
やがて何かを思い出したように顔を上げた。
「ああ。ゴミ箱から煙が出たことならあったよ」
「いつ頃です?」
「一週間くらい前だったかな」
「原因は分かります?」
「確かタバコだったと思うけど」
念のため、その時に対応した人物にも話を聞いた。
捨てられたタバコの火が完全に消えておらず、中のゴミへ燃え移ったものだった。
原因は明確。
今回の事件とは関係ない。
候補から外す。
◇
別の場所では、少し違う話が出た。
「落ち葉が燃えたことならあるよ」
「詳しく聞かせてもらえますか?」
「近所の子供が火をつけたんだよ」
「実際に見た人は?」
「いるよ。親と一緒に謝りにも来たから覚えてる」
こちらも確認を取る。
子供の火遊びだったことは間違いなかった。
これも違う。
◇
「煙なら出たことあるな」
「どこです?」
「あっちの設備。急に煙が出てさ」
今度は電気設備の故障。
火災に発展する前に対応されていた。
これも候補から外れた。
◇
情報が出るたびに確認する。
いつ起きたのか。
どこで起きたのか。
何が燃えたのか。
原因は分かっているのか。
目撃者はいるのか。
周囲に鳩はいたか。
白い人影を見た者はいないか。
一つ聞き、一つ確認する。
違えば消して、また次へ向かう。
空振りばかりだった。
聞き込みに応じた本人が勘違いしていたこともあれば、調べてみれば原因がはっきりしていることもある。
それでも、川出たちは聞き込みを続けた。
次の火災が起きてから向かうのでは、また間に合わない。
住宅街で一人が死亡した時、CASHが現場へ着いた頃には火はほとんど消えていた。
同じことを繰り返すわけにはいかなかった。
◇
川出たちが次に訪れたのは、住宅地の中にある小さな公園だった。
滑り台とブランコ。
いくつかのベンチ。
低い植え込み。
近所の子供たちが遊び、散歩の途中の住民が休憩するような、ごく普通の公園だ。
そして、ここにも鳩がいた。
地面を歩きながら餌を探しているものもいれば、ベンチの周囲をうろついているものもいる。電線の上にも何羽かが並び、人が近づけば少しだけ距離を取って、また何事もなかったように地面へ戻っていく。
鳩がいる。
それだけなら、何の意味もない。
そんな場所はいくらでもある。
川出は公園を一通り見たあと、管理を担当している男性へ話を聞いた。
「この辺りで、最近火事はありませんでしたか?」
「火事?」
「はい」
「いやあ……ないと思うけどな」
「大きな火事じゃなくても構いません」
「小さいの?」
「消防を呼ばなかったものでもいいんです。煙が出たとか、何かが少し燃えたとか、誰かがその場で消したとか」
「うーん……」
男性は腕を組んで考え込んだ。
川出は黙って待った。
ここまでの聞き込みでも、「火事」という言葉では何も思い出さなかった人間が、質問の仕方を変えることで小さな出来事を思い出すことが何度かあった。
「落ち葉なんかは?」
「落ち葉?」
「少し燃えただけなら、火事として覚えていないかもしれません」
男性が川出を見る。
そのまま公園の奥へ視線を向けた。
「……ああ」
川出は、その表情の変化を見逃さなかった。
「何かありましたか?」
「そういや、あったな」
「何が燃えました?」
「落ち葉だよ」
「いつです?」
「ちょっと前だな」
「場所、分かりますか?」
「ああ。こっち」
男性について、公園の奥へ移動する。
「あの辺だったと思う」
指されたのは、植え込みの近くだった。
今は新しい落ち葉が積もっているだけで、焦げた跡らしいものは見当たらない。
時間が経っている。
清掃もされている。
消火器一本で消えた程度の小さなボヤなら、痕跡が残っていなくても不思議ではなかった。
「どうやって火がついたんです?」
「それが分からないんだよ」
「火がつくところは見ていない?」
「見てない。気づいたら燃えてた」
「タバコの吸い殻は?」
「見つからなかったと思うけどな」
「その時、子供は?」
「近くにはいなかったよ」
「火はどのくらいでした?」
「大したことないよ。だから消防も呼ばなかった」
「どうやって消しました?」
「管理のところに消火器あるだろ。あれ持ってきて、すぐ消した」
「怪我人は?」
「いない」
「警察には?」
「連絡してないよ。そこまでするようなもんじゃなかったから」
消防も来ていない。
警察にも届けていない。
怪我人もいない。
管理人自身が消火して、それで終わった。
これでは、どこを検索しても記録が出てこないはずだった。
「いつだったか、もう少し絞れます?」
「正確な日は覚えてないなあ」
「曜日でも構いません。その前後に何かありませんでした?」
「前後……」
男性は考え込む。
川出は質問を変えながら、記憶をたどっていった。
その日は普段と同じ時間に公園へ来ていたのか。
誰かと会ったか。
その前後に公園や町内で何か予定はなかったか。
「……あ」
男性が顔を上げた。
「その次の日だったかな。町内会の集まりがあったんだ」
「日付、分かります?」
「それなら分かるよ」
そこから、ボヤが起きた時期をかなり絞ることができた。
川出は確認した日付を、これまでの火災記録と照らし合わせる。
画面を見る目が止まった。
「……神社より前だ」
「何?」
男性が聞き返す。
「いえ」
川出は顔を上げた。
「もう少しだけ聞かせてください」
「いいけど」
「その時、火以外に何か変わったものを見ませんでしたか?」
「変わったもの?」
「人でも、動物でも構いません。普段と違うものです」
「うーん……」
「火を見つける前でも、消した後でも」
男性は公園を見回した。
視線が、木の並んでいる辺りで止まる。
「……そう言われるとな」
「何か?」
「白っぽいのがいたような気はする」
「白っぽい?」
「ああ」
「どこです?」
男性が木の向こうを指した。
「あっちだったかな」
「人ですか?」
「そこまでは分からないよ。遠かったし」
「大きさは?」
「人くらい……だったと思うけどな」
「顔は?」
「見てない」
「頭の辺りに何かありませんでした?」
「そこまでは覚えてないなあ」
川出はそれ以上追及しなかった。
当時、男性にとっては何でもない光景だったはずだ。
公園の隅に白い何かがいる。
その程度のものを、何日も経ってから細部まで思い出せという方が無理がある。
曖昧な記憶を、こちらの質問で無理に怪人の姿へ変えてしまっては意味がない。
「分かりました」
川出は足元へ目を向けた。
数羽の鳩が、何事もなかったように地面を歩いている。
「その時も、鳩はいましたか?」
「鳩?」
男性もそちらを見る。
「そりゃ、いたと思うよ。ここ、いつもいるから」
「その時だけ数が多かったとか、一斉に飛び立ったとかは?」
「悪い。そこまでは覚えてないな」
「いえ。十分です」
川出は男性へ頭を下げた。
「ありがとうございました」
◇
聞き込みを終えたあとも、川出はすぐには公園を離れなかった。
管理人が指した場所へ、もう一度足を運ぶ。
植え込みのそばには、新しい落ち葉が積もっている。
焦げ跡はない。
そこだけを見れば、何も起きていない場所と変わらない。
だが――。
原因の分からない突然の発火。
消火器一本で消える程度の小さな火。
消防にも警察にも記録が残っていない。
遠くにいた、白っぽい人影。
普段から鳩が集まる公園。
そして、神社より前の日付。
川出は手元の端末に、これまでの火災を表示した。
神社。
駅前。
住宅街。
その一番上に、新しい一件を加える。
小さな公園。
誰も事件だと思わなかった、小さなボヤ。
「……ここからだったのか?」
まだ断定はできない。
もっと前にも、同じような火があった可能性は残っている。
それでも、初めて神社より前へたどり着いた。
川出は公園の位置を記録すると、地図上へ印をつけた。
この一点を加えたことで、これまでの火災がどう見えるのか。
最初から、もう一度並べ直す必要がある。
「戻ります」
川出が同行していた隊員へ声をかけた。
「これ、一度全部並べ直しましょう」
公園を出る前に、川出はもう一度だけ振り返った。
管理人が消火器一本で消した、小さな火。
誰も通報しなかった。
誰も事件だとは思わなかった。
だからこそ、今まで見つからなかった。
その場所では今も、何羽もの鳩が地面を歩いている。
まるで何事もなかったかのように。
本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。
それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。
一つの作品だけでも楽しめる。
けれど、複数の作品を読むことで、初めて見えてくるものもある。
ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。
【人間×生成AIによる合作作品】
企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




