閑話3・後編「十年ぶりの小包」
閑話3・後編「十年ぶりの小包」
時根脱才 作
あの雨の日から、数日が経っていた。
紀人の身体に残っていた妙な軋みも、少しずつ気にならなくなっている。
もっとも。
「……やっぱ、まだちょっと変だな」
朝。
店の二階にある自室で、紀人は肩を回した。
痛いというほどではない。
ただ、身体の奥に妙な重さが残っている。
普段の筋肉痛とは違う。
だが、病院へ行くほどでもない。
「まあ、寝れば治るだろ」
紀人はそう結論づけた。
あの日のことも、やはり夢だったのだと思うことにしている。
雨。
悲鳴。
妙な怪物。
誰かの声。
白い光。
どこまでが本当にあったことなのか。
考えても分からない。
なら、考えるだけ無駄だ。
紀人はそういう性格だった。
◇
「紀人ー!」
下から声が飛んできた。
「なんすかー?」
「荷物!」
「俺に?」
紀人は階段を下りた。
店はまだ営業中だった。
カウンターの向こうでは、パンさんが一つの小包を手にしている。
「ほら」
「ありがとうございます」
紀人が受け取る。
それほど大きくはない。
だが、思っていたより重かった。
「……なんだこれ」
「俺に聞くなよ」
パンさんが小包を顎で示した。
「一応受け取ったけどな。差出人、まともに書いてねえぞ」
「え?」
紀人は箱を見る。
住所らしいものはない。
差出人として書かれているのは。
名前だけ。
「…………」
紀人の目が止まった。
「どうした?」
「いや……」
その名前。
そして、その文字。
妙に癖のある書き方。
十年。
それだけ時間が経っていても。
紀人は覚えていた。
「……ジン兄さん」
ぽつりと呟く。
「ジン?」
パンさんが眉を寄せた。
「知り合いか?」
「知り合いっていうか……」
紀人は箱を見ながら言った。
「パンさんも知ってる人ですよ」
「俺が?」
「ほら」
紀人は顔を上げた。
「俺が子供の頃、三人でバンドやってたじゃないですか」
「…………」
パンさんが黙る。
「パンさんと、俺と、ジンさんで」
「…………ああ」
しばらくして。
パンさんの顔に、記憶が戻ってきた。
「あのジンか」
「そう、そのジン兄さんです」
「懐かしい名前出てきたな」
パンさんが小包を見る。
「お前、あいつのこと、ずっと兄ちゃん兄ちゃんって追っかけ回してたよな」
「……そこまで言わなくても」
「いや、追っかけ回してただろ」
「まあ……」
「そういや」
パンさんの顔が少し楽しそうになる。
「お前、ジンのギター使わせろって散々ごねてたな」
「…………」
紀人の顔が引きつった。
「そんなことまで思い出さないでくださいよ」
「覚えてるぞ。あいつのギター、大人用だったから、お前じゃ指届かなかっただろ」
「…………」
「だから俺が子供用の渡してやろうとしたのに」
パンさんは少し声色を変えた。
「『僕は絶対ジン兄さんと同じのがいい!』って」
「やめてくださいって!」
「半泣きでな」
「そこまで再現しなくていいんですよ!」
パンさんが笑う。
「いやあ、面倒くさいガキだった」
「今その情報いります?」
「いるだろ。懐かしいんだから」
「俺には恥ずかしいだけなんですけど」
「あと、お前ジンの真似ばっかしてたよな」
「まだあるんですか!?」
「ピックを口にくわえるのまで真似して」
「…………」
「ギターの位置もわざわざ低くして」
「もういいです!」
「身体ちっちゃいから全然似合ってなかったけどな」
「だからもういいですって!」
紀人は小包で顔を隠した。
「何年前の話してるんですか……」
「十年以上前」
「正確に答えなくていいんですよ」
パンさんはまだ笑っている。
そして。
「ああ、そういやお前、あの頃――」
「もういいですからね」
「毎回おねしょして、母ちゃんに怒られてたな」
「だからそこまで思い出さなくていいんですよ!」
紀人の声が店に響いた。
近くにいた客がちらりとこちらを見る。
「ほら! 聞かれたじゃないですか!」
「事実だろ」
「事実でも言わなくていいことってあるんですよ!」
「ジンも笑ってたなあ」
「…………」
そこで。
紀人の勢いが、ほんの少し止まった。
「……そうですね」
笑っていた。
ギターを抱えて。
自分の頭を撫でて。
下手くそな音を出す紀人を見て。
ジン兄さんは笑っていた。
子供だった紀人にとって。
ジンは、大人で。
格好よくて。
何でもできる人だった。
それが。
十年前。
突然、いなくなった。
「…………」
紀人は小包に書かれた名前を見る。
さっきまでの笑いが、少しだけ遠くなった。
パンさんも、同じものを見ていた。
「……そういや」
パンさんが静かに言った。
「あいつ、急にいなくなったんだったな」
「はい」
「何も聞いてないのか」
「何も」
紀人は首を振る。
「最後に会ったの、十年前です」
「……そうか」
短い沈黙。
店の中では、食器の触れ合う音がしている。
いつもの場所。
いつもの時間。
なのに。
小包一つだけが、妙に浮いて見えた。
「で」
パンさんが言う。
「そんな奴から、住所もなしで荷物が届いたと」
「そういうことになりますね」
「怪しいな」
「めちゃくちゃ怪しいですね」
「捨てるなら捨てろよ」
「いや、それは……」
紀人は箱を見る。
捨てる。
その選択肢は。
最初から、なかった。
「……開けます」
「だと思ったよ」
「十年ぶりなんですよ」
「ああ」
「何が入ってるか分かんないですけど」
「爆弾だったらどうする」
「ジン兄さん、そこまで物騒じゃないですよ」
「十年音信不通だった奴を、そこまで信用できるか?」
「…………」
紀人は少し考えた。
「……やっぱ怪しいな」
「だろ」
二人して小包を見る。
それでも。
紀人は箱を抱えた。
「じゃあ、上で開けます」
「何か変なの入ってたら呼べよ」
「爆発した後じゃ遅いですよ」
「じゃあ先に呼べ」
「それじゃ俺が開ける意味ないでしょ」
紀人はそう言って、階段へ向かった。
◇
自室。
机の上に、小包を置く。
「…………」
改めて見る。
差出人の名前。
やはり。
見間違えるはずがない。
「ほんとにジン兄さんだよな、これ……」
紀人は箱を開けた。
「…………」
中に入っていたものを見て。
しばらく。
何も言えなかった。
「…………は?」
取り出す。
見る。
裏返す。
また見る。
「……変身ベルト?」
どう見ても。
それだった。
腰へ巻くためのベルト。
中央には、何かを操作するための機構らしきもの。
子供向けのヒーロー番組に出てきそうな。
そんな形。
「…………」
紀人はベルトを机へ置いた。
「俺のこと何歳だと思ってんだよ」
最後に会ったのは十年前。
その頃なら。
たぶん。
いや。
確実に喜んだ。
「まだ小学生のつもりかよ……」
しかも。
「誕生日でもねえし」
何の記念日でもない。
十年間、何の連絡もなかった人間から。
突然届いた。
変身ベルト。
「意味分かんねえ……」
だが。
紀人はもう一度ベルトを手に取った。
「…………?」
重い。
玩具にしては。
妙に。
重い。
「なんだこれ……」
表面を撫でる。
継ぎ目。
金属の質感。
細かな機構。
どこを見ても、安っぽさがない。
むしろ。
本当に何かの機械なのではないかと思うほどだった。
「おもちゃにしては……すげえな」
紀人は少し笑った。
「まあ、ジン兄さんだもんな」
昔から。
妙にマメだった。
何かを作るなら。
必要以上に細かいところまで作り込む。
どうせ誰も気づかないような部分まで。
手を抜かない。
「相変わらず、無駄に本物志向なんだな……」
そう思えば。
これも。
ジンらしいといえば、ジンらしい。
十年間も会っていないのに。
そんなところだけは。
変わっていない気がした。
「…………」
紀人は少しだけ笑った。
そのとき。
「ん?」
箱の底。
もう一つ。
何かが入っている。
「手紙?」
紀人は紙を取り出した。
「…………」
短い。
本当に。
短い。
十年ぶりの手紙とは思えない。
久しぶり。
元気だったか。
そんな言葉すらない。
「相変わらずだな……」
紀人は苦笑した。
そこに書かれていたのは。
場所。
そして。
時間。
「……ここに来いってことか?」
指定された場所と時間。
それだけでも十分怪しい。
だが。
まだ続きがある。
紀人は下の一文を読んだ。
「…………」
もう一度。
読む。
「……なんだこれ」
本当のピンチになったら。
『配信開始』
そう言って。
合図をしろ。
「…………」
紀人は黙った。
「何を?」
誰も答えない。
「配信って、何を配信すんだよ」
紙を裏返す。
何もない。
もう一度、表を見る。
やはり。
同じことしか書かれていない。
「しかも合図って何だよ」
どうやって。
何に対して。
何のために。
何一つ書いていない。
「説明足りなさすぎだろ、ジン兄さん!」
十年ぶり。
それが。
これだった。
住所なしの小包。
変身ベルト。
場所と時間。
そして。
『本当のピンチになったら「配信開始」と言って合図をしろ』
「…………」
紀人はベルトを見る。
手紙を見る。
またベルトを見る。
「何なんだよ……」
意味が分からない。
本当に。
何一つ。
それでも。
捨てる気にはなれなかった。
行かないという選択肢も。
どうしても。
選べなかった。
「十年ぶりに、これだけって……」
紀人は小さく息を吐いた。
「直接聞くしかねえよな」
もう一度。
手紙に書かれた場所と時間を見る。
「本当のピンチって、何だよ……」
その意味を。
紀人は。
まだ知らない。
手元にあるものが。
玩具などではないことも。
そして。
あの雨の日から。
自分の身体に何が起きていたのかも。
◇
後書き
本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。
それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。
一つの作品だけでも楽しめる。
けれど、複数の作品を読むことで、初めて見えてくるものもある。
ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。
【人間×生成AIによる合作作品】
企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




