第六章 第8話 捨て駒
第六章 第8話 捨て駒
警察本部へ向かう車内。
東は、ほとんど口を開かなかった。
隣に座るシラメ博士も同じだった。普段なら、どちらかが何かしら軽口を叩く。しかし今日は、何もない。
東が窓の外を見たまま口を開いた。
「博士」
「ん?」
「大丈夫?」
シラメ博士は少しだけ東を見る。
「大丈夫だよ。まだ何も言ってないから」
「……まだ、ね」
東は小さく息を吐いた。
その言葉の方が、むしろ不安だった。
◇
会議室。
東とシラメ博士が入ると、すでに数人が席についていた。
今回の作戦を決定した本部上層部。
怪人特別対策班の関係者。
その中には、出動前の会議でCASHとの連携を提案していた者の姿もあった。
二人が席につくと、上層部の一人が口を開いた。
「まずは、先日の件についてだ」
資料が机に置かれる。
「非常に残念な結果となった。敵戦力が、こちらの想定を大きく上回っていた」
シラメ博士は黙ったまま。
東は机の下で拳を握る。
「怪人特別対策班にも多数の犠牲が出た。一般市民にも被害が発生した。今回の結果を踏まえ、今後の怪人対応体制を見直す必要がある」
そして、ようやく本題に入った。
「怪人特別対策班とCASHの連携を強化したい。また、CASHが使用している対怪人装備についても、怪人特別対策班への供給を検討する」
一枚の資料が、シラメ博士の前へ置かれる。
「シラメ博士。あなたの技術提供をお願いしたい」
シラメ博士は、置かれた資料をしばらく見つめた。
そして、顔を上げる。
「……その前に、一ついいですか?」
「何だね」
「なぜ僕たちに、本当の場所を知らせなかったんですか?」
会議室の空気が変わった。
◇
「その件については、当日の情報に錯綜が――」
「違いますよね」
シラメ博士が遮った。
声は大きくない。
だが、逃げる余地を与えない。
「僕たちには、別の場所を教えた。しかも、時間まで指定して。怪人が出る可能性が高いから、そこへ行けって」
誰も口を挟まない。
「でも、怪人特別対策班は全然違う場所にいた」
上層部の一人が口を開く。
「作戦上、複数地点を警戒する必要が――」
「じゃあ、何で本命を教えなかったんです?」
「……」
「間違えたんじゃないですよね。わざわざ僕たちを別の場所へ行かせた。CASHを、本当の現場から遠ざけた」
少しの沈黙。
やがて、上層部の一人が答えた。
「怪人特別対策班単独での実戦運用を確認する必要があった」
東の表情が変わる。
シラメ博士は、一度だけ小さく頷いた。
「……やっぱり」
その声から、いつもの軽さが消えた。
◇
「僕たちに知らせてくれていれば、少なくとも、あそこまでの被害にはならなかった」
上層部の一人が反論する。
「それは結果論だ」
「結果論?」
初めて、シラメ博士の声が強くなった。
「五十人近くですよ。五十人近い人間を送り込んで、生き残ったのはほんの数人。それを結果論で済ませるんですか?」
「敵の能力が想定外だったことは事実だ」
「だから何です?」
「……」
「想定外があるから、実戦経験のある僕たちがいたんでしょう?」
シラメ博士は机の上の資料を指す。
「CASHの武器なら、あのシロアリは一発で倒せる。あなたたちの部隊は、三発、四発当てて、やっと一体だった」
上層部の一人が顔をしかめる。
「装備性能だけの問題では――」
「そうですよ。装備だけじゃない」
シラメ博士は即答した。
「経験も、連携も、怪人の特性を見る力も、負傷者をどう救うかも。全部です」
少し間を置く。
「あなたたちは、それを全部無視した」
声が低くなる。
「自分たちだけで怪人を倒したかったから」
東が上層部を見る。
シラメ博士は、もう止まらなかった。
「あなたたちが守りたかったのは何です?」
「市民ですか?」
「部下ですか?」
返事はない。
「違いますよね」
シラメ博士の声が会議室に響く。
「CASHを使わずに怪人を倒したっていう実績でしょう?」
一拍。
「そのために、あなたたちは自分の部下を捨て駒にした」
◇
「言葉を慎みたまえ!」
上層部の一人が声を荒らげる。
「事実でしょう!」
シラメ博士も返した。
「現場責任者は撤退を命じた。隊員たちは仲間を助けようとした。最後まで必死に戦った!」
拳が机に落ちる。
「それを今になって、現場の運用にも問題があったみたいに言うんですか?」
「実際、現場判断には検証すべき点が――」
「まだ言うんですか!」
会議室に声が響いた。
東ですら、一瞬シラメ博士を見る。
普段の博士からは考えられない。
「三発、四発撃たなきゃ倒せない武器を持たせて、撃たれても止まらない相手に、初めての本格実戦で、市街地の真ん中で戦わせて、その上、助けに入れるCASHをわざと遠ざけた!」
一つずつ、叩きつけるように。
「それで失敗したら、現場の責任ですか?」
誰も、すぐには答えられなかった。
◇
少しの沈黙の後、上層部の一人が言う。
「だからこそ、今後はCASHの装備を怪人特別対策班にも供給してもらいたい」
シラメ博士が黙る。
そして。
「嫌です」
即答だった。
「……何?」
「嫌です。僕の武器を、あなたたちには渡したくありません」
「これは個人的な感情で決める問題ではない」
「個人的な感情ですよ。僕が作ったものですから」
「警察組織として必要な装備だ」
「じゃあ」
シラメ博士が上層部を見る。
「僕の武器を持たせたら、今度は何人送り込むんです?」
「……」
「今度は一発で倒せるから大丈夫? 防具ももっと強くする? それでまた、経験のない人間を送り込むんですか?」
誰も答えない。
「武器を強くしただけでCASHにはなりませんよ。同じ装備を持てば、同じように戦えると思ってるなら、何も分かってない」
東は黙って聞いている。
「そんな人たちに僕の装備を渡して、今度は誰を捨て駒にするんですか?」
◇
「これは警察組織としての要請だ」
上層部の声が低くなる。
「拒否できる立場では――」
「CASHに協力を命令するかどうかは、僕が決めることじゃありません」
シラメ博士が遮る。
一瞬、相手の顔が緩む。
だが。
「でも、僕個人にあなたたちのために武器を作れと言うなら」
シラメ博士は真っ直ぐ相手を見る。
「断ります」
「シラメ博士」
「強制するなら、僕はCASHを退きます」
東がシラメ博士を見る。
上層部も黙った。
「僕の技術を、人を捨てるためには使わせません」
◇
「私からもいいですか?」
今度は東が口を開いた。
上層部の一人が、わずかに息を吐く。
「何だ」
東は感情を抑えるように、ゆっくり話し始めた。
「今回、あなたたちは怪人特別対策班だけじゃない。私たちにも嘘をつきました」
「その表現は――」
「違います?」
東が返す。
「私たちに、本当ではない作戦地点を伝えた。私たちはそれを信じて向かった。そこで待機させられた。その間に、特殊班は別の場所で戦ってた」
東の目が冷たくなる。
「それって、必要ならCASHにも同じことをするってことですよね?」
「それは飛躍だ」
「そうですか?」
東は即座に返した。
「五十人近い自分たちの部下を送り込める人たちですよ。次は私たちじゃないって、どうやって信じればいいんです?」
誰も答えられなかった。
◇
東は一度、息を整えた。
「私は、CASHを作らせてもらったことには感謝しています」
上層部を見る。
「怪人なんてものが、まだまともに認められていなかった頃から、こういう部隊を作ることを許してもらった。そのおかげで助けられた人もいる」
一拍。
「その判断まで否定するつもりはありません」
東の言葉に、会議室の空気が少しだけ変わる。
「でも、だからって今回のことまで受け入れる理由にはならない」
そして、はっきりと言った。
「あなたたちの下では、もう動けません」
◇
上層部の一人が顔を上げる。
「何を言っている?」
「そのままです。CASHを、あなたたちの直接指揮から外してください」
「勝手なことを――」
「勝手には動きません」
東が遮る。
「警察を辞めるとも言ってません。CASHを解散するとも言ってません。指揮系統を変えてほしいと言っています」
上層部の表情が険しくなる。
東は続けた。
「CASHの設立を認めた、さらに上の判断を直接仰ぎます」
会議室が静まり返る。
「今後はあなたたちを通さず、そちらからの指示で動かさせてもらいたい」
「そんな要求が通ると思っているのか」
東は少しだけ笑った。
「じゃあ、上に決めてもらいましょう」
机の上に一つの端末を置く。
「今回の作戦について。CASHへ送られた情報。実際の作戦地点。特殊班への出動命令。こちらが事前に送った分析資料。その後の被害状況」
一つずつ挙げる。
「全部、正式に報告します」
上層部の表情が変わった。
「東」
「私たちは今まで、必要な情報は全部こちらから上げてきました。これも同じです。全部、上げます」
そして最後に。
「判断するのは、あなたたちじゃありません」
◇
会議室を出た。
廊下。
しばらく、東もシラメ博士も何も言わなかった。
やがて、東が口を開く。
「博士」
「ん?」
「本当に辞めるつもりだったの?」
「うん」
即答。
東が足を止めた。
「即答なのね……」
「だって嫌だし」
「さっきまであんなに怖かったのに、急にいつもの博士に戻らないでよ」
「怖かった?」
「怖かったわよ」
シラメ博士は少し考える。
「じゃあ、もうちょっと怒っとこうか?」
「やめて」
東はため息をつき、また歩き出す。
シラメ博士が隣を歩く。
「でも」
「何?」
「東さんが先に、僕ごと違う指揮系統に持っていこうとしてくれたから」
東が見る。
シラメ博士は前を向いたままだった。
「辞めずに済むなら、その方がいいよ」
東が少しだけ笑う。
「博士までいなくなったら困るもの」
「頼りにされてるね」
「調子に乗らない」
「はいはい」
少しだけ、いつもの空気が戻る。
だが。
東は一度、後ろを振り返った。
会議室の扉。
その向こう。
そして、静かに言った。
「もう、この人たちの都合で誰かを死なせるのは御免よ」
シラメ博士は何も言わなかった。
ただ、小さく頷いた。
本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。
それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。
一つの作品だけでも楽しめる。
けれど、複数の作品を読むことで、初めて見えてくるものもある。
ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。
【人間×生成AIによる合作作品】
企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




