第五章 第十一話 怪人をどうする
第五章 第十一話 怪人をどうする
事件から、少し時間が経った。
大きな戦闘は終わったものの、東たちにはまだ片づけなければならない問題がいくつも残っていた。
拠点の一室。
机の上には、今回の事件に関する資料が並んでいる。
複数地点で発生した薬剤被害。
人間の姿に擬態していたネズミ型怪人。
通常の銃撃では倒せなかった主怪人。
そして、人間を助けた二体のネズミ怪人。
東は資料から顔を上げ、全員を見回した。
「……で、この二体どうする?」
少しの沈黙。
誰もすぐには答えなかった。
アガトと、小柄で白っぽいメス型怪人。
どちらも人間を襲わなかった。
それどころか、自分たちが傷ついてまで人を助けた。
だからといって、何の問題もないわけではない。
最初に口を開いたのは南浦だった。
「少なくとも、今すぐ撃つ理由はねえ」
川出が少し驚いたように見る。
「南浦がそれ言うんだな」
「何だ」
「いや、別に」
南浦は少し不機嫌そうに続けた。
「人を襲ってない。助けてもいた。それは見た。だが、安全だと決まったわけじゃねえ」
「そこなのよね」
東が頷く。
敵ではない。
だが、人間でもない。
これまでの基準だけでは、どう扱えばいいのか決められなかった。
◇
「だったら僕が――」
シラメ博士が口を開いた瞬間、川出がそちらを見る。
「博士」
「何?」
「実験はなしですよ」
「まだ何も言ってないよ!」
北山まで疑わしそうな目を向ける。
ニシが続けた。
「顔に書いてあるぞ」
「書いてないよ! 昨日の今日で僕への信用、低すぎない?」
南浦が横から言う。
「日頃の行いだろ」
「南浦さんにだけは言われたくないよ!」
少しだけ空気が緩んだ。
シラメ博士は咳払いをする。
「僕だって、無理に調べようとは思ってないよ」
「本当に?」
「東さんまで?」
シラメ博士が少し傷ついた顔をした。
「今回は、怪人タイプのサンプルが二体分ある。調べるならそっちを調べればいい」
キッドが倒した個体。
そして、自分たちが特殊弾で倒した個体。
生きていて、人間を助けている二体を危険に晒してまで調べる必要はない。
「ただ、どうしてこの二体だけ人を助ける行動を取ったのか。それは気になるけどね」
一瞬で研究者の顔に戻ったシラメ博士へ、川出がすかさず釘を刺す。
「観察までにしてくださいよ」
「分かってるって」
本当に分かっているのか。
何人かが疑わしそうにシラメ博士を見た。
◇
問題は、それだけではない。
北山が腕を組む。
「で、結局どこに置くんだ?」
再び全員が黙った。
これまでアガトは好きなように街や地下を移動していた。
だが、状況は変わった。
川出が言う。
「普通の警察に見つかったら、まず止められるでしょうね」
「止めるだけで済む?」
東が聞く。
「……分かりません」
今回、通常警察も怪人を直接目撃した。
人間の姿をしていた相手へ何発も撃ち込んだ。
それでも倒れなかった。
そのうえ、人間だったはずの存在が怪人の姿へ変わった。
怪人という存在が、警察の中でも現実のものとして認識され始めている。
だからこそ、以前より危険になる可能性もあった。
「怪人を見つけたら警戒する。それ自体は間違ってないからな」
北山の言葉に、ニシも頷く。
「こいつらだけ特別だって、知らない奴には分からねえしな」
東は少し考え込む。
「とりあえず、こっちで保護できれば一番いいんだけど……」
南浦が短く言った。
「本部が許すか?」
東は答えられなかった。
◇
同じ頃。
警察本部では、今回の事件に関する会議が続いていた。
これまでなら、「怪人」という言葉を口にしただけで、まともに取り合われなかったかもしれない。
だが、今回は違う。
通常の警察官たちが直接見た。
撃った。
それでも倒れなかった。
さらに、人間の姿をしていた存在が、人ではない姿へ変わった。
目撃者は一人や二人ではない。
映像も残っている。
もう、勘違いや見間違い、作り話という言葉だけでは片づけられなかった。
「……少なくとも、未知の存在が実在すること自体は認めざるを得ないでしょう」
誰もすぐには反論しなかった。
しかし、別の声が上がる。
「だからといって、これまでのCASHの活動がすべて正当だったという話にはならない」
「現場への勝手な介入まで認めるのか?」
「組織としての指揮系統は別問題だ」
怪人はいた。
そこまでは認めざるを得ない。
だが、それと今まで馬鹿にしてきた者たちを認めることは、彼らにとって同じではなかった。
◇
「しかし、今回、通常部隊の装備では止められなかった」
別の者が資料を机へ置く。
部屋が静かになった。
それも事実だった。
何発撃っても、相手は止まらなかった。
通常の警察装備だけでは対処できない。
「一体を撃破したのは、CASH側で用意された試作弾です」
誰かが顔をしかめる。
「では、次に同じものが現れたらどうする」
答えは簡単には出なかった。
認めたくない。
だが、必要になり始めている。
怪人の存在だけではない。
CASHそのものも。
◇
そして、さらに厄介な問題が残っていた。
「報道はどうする?」
空気が変わる。
今回の目撃者は多い。
一般人。
警察官。
救急。
消防。
すべてをなかったことにはできない。
「これまで通り規制するべきだ。怪人などという存在を公表すれば、社会が混乱する」
「デマや模倣犯も増える」
「まだ何も分かっていない段階で公表するのは危険だ」
だが、反対の声も上がる。
「いつまで隠せる?」
「今回は警察官だけでも相当数が目撃している」
「後から隠蔽していたと発覚する方が問題になる」
さらに別の者が続けた。
「少なくとも、市民へ避難方法くらい知らせるべきではないのか」
公表する。
隠す。
一部だけ知らせる。
意見はぶつかり、結論は出なかった。
ただ一つ。
これまでと同じままではいられない。
それだけは、誰も否定できなくなっていた。
◇
拠点。
東の端末が鳴った。
「はい」
本部からだった。
全員が東を見る。
短いやり取りの後、東が通信を切った。
「何だって?」
ニシが聞く。
東は少し考えてから答える。
「怪人について、正式な調査対象として扱うことになったそうよ」
数秒の沈黙。
北山が口を開いた。
「……やっと?」
南浦が鼻を鳴らす。
「今さらだな」
川出は少し違う見方をしていた。
「認めたっていうより、認めざるを得なくなった、ですかね」
「多分ね」
ニシが聞く。
「じゃあ、こっちへの扱いも変わるのか?」
東は首を横に振った。
「そこまでは」
やはり、そんな簡単にはいかない。
今まで散々、怪人なんているわけがない、勝手なことをするなと扱ってきた。
それが今日から突然、全面的に協力しますとなるはずもなかった。
「怪人は認める。でも俺たちは認めない、か」
北山が苦笑する。
「今のところは、そんな感じかもね」
東も苦笑した。
◇
そして、最初の問題へ戻る。
アガト。
メス型怪人。
二体をどうするのか。
川出が言った。
「むしろ今の方が危ないかもしれませんね」
「どういうこと?」
「怪人が実在するって認識が広がれば、見つけた側も本気で対処するようになる」
東の表情が曇った。
今までは、見間違い。
着ぐるみ。
動物。
そんなふうに思われていたかもしれない。
だが、これからは違う。
怪人だ。
そう認識される。
その時。
人を助ける怪人なのか。
人を襲う怪人なのか。
一瞬で判断できる人間などいない。
東は小さく息を吐いた。
「……この子たちのこと、ちゃんと考えないとね」
◇
その頃。
紀人は、そんな話がされていることなど何も知らなかった。
「おい、アガト。それ俺のだからな」
「アガト」
「いや、ありがとうじゃなくて。取るなって!」
アガトが紀人の持っていたものへ手を伸ばす。
紀人はそれをひょいと遠ざけた。
その横では、小柄で白っぽいメス型怪人が二人の様子をじっと見ている。
紀人が気づく。
「あ」
メス型怪人を見る。
そういえば、こいつにはまだ名前がない。
紀人は少し考えた。
「お前の名前も決めてやらなきゃなー」
メス型怪人が首を傾げる。
「白いし、ネズミだし……」
しばらく考え、紀人は首を振った。
「いや、それだけで決めるのも安直か」
横から声がする。
「アガト」
「お前の名前はもう決まったの」
「アガト」
「はいはい」
紀人は笑いながら、もう一度メス型怪人を見る。
警察が怪人をどう扱うのか。
世間へその存在を知らせるのか。
それとも、まだ隠すのか。
そんなことを紀人は何も知らない。
ただ、目の前にいる二体を見ながら、呑気に次の名前を考えていた。
「……何がいいかなあ」




