第五章 第八話 二匹のネズミ
第五章 第八話 二匹のネズミ
二箇所目。
キッドの前には、ネズミ型怪人と複数のシロアリ怪人が立ちはだかっていた。
「一人で全部かよ……」
紀人は周囲を見回す。
だが、ぼやいていても仕方がない。
「まずは、いつものやつで行くか」
ベルトへ手を伸ばす。
脚にヒクイドリ。
メモリーを装着すると、脚部の形状が変化した。
続いて、胴体にカンガルー。
身体の中心部が変化し、腰の後ろから大きなしっぽが伸びる。
「よし」
直後、一体のシロアリ怪人が飛び込んできた。
紀人は踏み込み、ヒクイドリの脚力を乗せた蹴りを叩き込む。
「はっ!」
まともに食らったシロアリ怪人が地面を転がった。
その横から、もう一体。
紀人は振り返ることなく、カンガルーのしっぽを大きく横へ薙ぐ。
しっぽがシロアリ怪人の身体を捉え、そのまま横へ吹き飛ばした。
「よし。まずは雑魚から――」
紀人が次の一歩を踏み出した、その時だった。
僅かに足が遅れる。
「……ん?」
ネズミ型怪人が迫る。
拳。
紀人は身体を反らして避けた。
いや、避けたつもりだった。
拳が肩をかすめる。
「っ!」
紀人が数歩よろめいた。
おかしい。
今の攻撃なら、いつもならもっと余裕を持って避けられた。
シロアリ怪人が左右から迫る。
一体を蹴り飛ばし、もう一体をしっぽで払う。
倒せる。
まだ戦える。
それなのに、身体が重い。
「何だ……?」
呼吸も少し苦しい。
腕を上げるのも、足を踏み出すのも、普段より僅かに遅れている。
紀人は周囲を見る。
薄い煙のようなものが、まだ空気の中を漂っていた。
「……これか」
警察が撤退するまで、紀人もずっとこの場所にいた。
変身する前から、何の対策もせずに。
「そういや俺、マスクも何もしてねえじゃん!」
ネズミ型怪人が踏み込んでくる。
紀人が蹴りを合わせた。
互いの攻撃がぶつかり、今度は紀人が押し負ける。
「うわっ!」
身体が地面を転がる。
すぐに立とうとするが、膝に力が入りにくい。
「まずいな……」
そこへシロアリ怪人が飛び込んでくる。
一体をかわす。
もう一体。
今度は間に合わない。
その瞬間だった。
何かが横から飛び込み、シロアリ怪人を弾き飛ばした。
「え?」
地面を滑ってきた小さな物体が、紀人の足元で止まる。
メモリー。
紀人が振り返る。
少し離れた場所に、謎のヒーローが立っていた。
「お前!」
紀人は足元のメモリーを拾う。
刻まれているのは、マングース。
「これ使えって?」
「毒に強い」
謎のヒーローが短く答える。
紀人は周囲に漂う煙を見た。
「なるほど」
そこで紀人の顔が変わる。
「いや、待てよ」
「何だ」
「メモリー渡すくらいなら、一緒に戦ってくれよ!」
謎のヒーローは動かない。
「こっちにも事情がある」
「毎回それだな!」
ネズミ型怪人が迫る。
「くそっ!」
紀人は胴体のカンガルーメモリーを外した。
代わりにマングースを装着する。
胴体部分が変化していく。
紀人は一度、大きく息を吸った。
「……お?」
さっきまで身体にまとわりついていた重さが、少しずつ薄れていく。
指を握る。
足を動かす。
「戻ってきた!」
ネズミ型怪人の拳が飛ぶ。
今度は間に合った。
紀人が横へかわし、そのままヒクイドリの蹴りを叩き込む。
怪人が後退した。
「よし!」
紀人は構え直す。
だが、すぐに気づいた。
「……あれ?」
腰の後ろを見る。
ない。
さっきまであったカンガルーのしっぽが消えている。
「待てよ」
紀人が謎のヒーローを見る。
「胴体変えたら、しっぽなくなってんじゃん!」
シロアリ怪人が迫る。
紀人が蹴り飛ばす。
「毒は平気になったけど、攻撃手段減ってるだろ!」
謎のヒーローが、もう一つのメモリーを取り出した。
「だったら」
投げる。
紀人が受け取る。
「頭に入れろ」
「頭?」
メモリーを見る。
「……ゾウ?」
考えている暇はない。
紀人は頭部へゾウのメモリーを装着した。
バイザーの上を覆うヘルメット部分が形を変えていく。
左右へ広がる大きな耳。
そして正面へ伸びる一本の鼻。
紀人が固まった。
「……頭にゾウって、こうなるのかよ」
その鼻がゆっくりと動く。
「え?」
もう一度。
動く。
「これ、動くの?」
シロアリ怪人が飛び込んできた。
紀人が反射的に頭を振る。
ゾウの鼻が横へ薙ぎ、シロアリ怪人を吹き飛ばした。
「おお!」
さらにもう一体。
鼻が伸び、その身体へ巻きつく。
「これなら!」
そのまま持ち上げ、振り回し、別のシロアリ怪人へ叩きつける。
二体まとめて地面を転がった。
「便利じゃん!」
謎のヒーローが言う。
「使い方は自分で考えろ」
「それはいいけど!」
紀人が振り向く。
「だから一緒に――」
謎のヒーローは、すでにその場を離れ始めていた。
「帰るの早えよ!」
返事はない。
紀人は小さく息を吐く。
そして、改めて構えた。
頭にゾウ。
腕にカンガルー。
胴体にマングース。
脚にヒクイドリ。
ネズミ型怪人も姿勢を低くする。
「まあいい」
紀人も腰を落とす。
ゾウの鼻が前へ伸びた。
「これなら、まだやれる」
怪人が飛び出す。
紀人も真正面から走った。
◇
一箇所目。
東たちの戦闘は、まだ続いていた。
主怪人を少しずつ追い込んではいる。
だが、シロアリ怪人が次々と割って入り、決着まで持ち込ませてくれない。
川出が抜けた分、先ほどよりも余裕はない。
北山が一体を撃つ。
ニシが別の一体を押し返す。
東も援護に回る。
南浦は主怪人だけを見ていた。
手元には、一発だけの特殊弾。
まだ使わない。
確実に当てられる。
その瞬間だけを待っていた。
◇
三箇所目。
特殊装備の隊員たちは、負傷者の救護と避難を続けていた。
倒れている人を運び、歩ける者を安全な場所へ誘導する。
人間姿の不審人物とは、必要以上に距離を詰めない。
「こっちです!」
「急いで!」
敵を倒すことが今の役目ではない。
助ける。
逃がす。
そして、誰かが来るまで持ちこたえる。
それだけだった。
◇
四箇所目。
川出は、アガトと、小柄で白っぽいメス型ハツカネズミ怪人を見ていた。
アガトは、そのメス型怪人の前に立っている。
川出との間を塞ぐように。
まるで守るように。
「……そいつの仲間なのか?」
アガトは答えない。
いや、細かく答えることができない。
それでも退こうとはしない。
川出は銃を構えたまま、メス型怪人を見る。
これまでの証言が頭をよぎった。
小柄。
白っぽい。
人を襲っていない。
むしろ、転んだ人を助け、子供を危険な場所から離していた。
そして今、目の前にいるメス型怪人も何もしてこない。
川出は、ゆっくりと銃口を下げた。
「……分かった」
アガトが川出を見る。
「お前がそこまでやるなら」
川出はメス型怪人へ視線を移す。
「今は撃たない」
少し間を置く。
「ただし、何かしたらその時は止めるからな」
返事はない。
だが、メス型怪人はやはり攻撃してこなかった。
川出は端末を取り出し、東へ連絡する。
『川出さん?』
「こっちは被害ありません」
『怪人は?』
川出は二体を見る。
「います」
一瞬、間を置く。
「でも、今のところ人を襲う様子はありません」
向こうから銃声が聞こえている。
東たちも、まだ戦っている。
『分かったわ。危険がないなら戻ってきて』
「了解」
通信を切る。
川出は一箇所目へ戻ろうとした。
その時。
アガトが動いた。
「ん?」
川出とは反対方向へ走り、少し先で止まる。
振り返る。
また走る。
また振り返る。
川出が首を傾げた。
「……ついてこいってことか?」
アガトは、地下へ続く入口の前で止まる。
「下水?」
そのまま中へ入った。
川出も近づく。
「こっちの方が早いのか?」
答えはない。
だが、アガトは迷わず進んでいく。
川出も後を追おうとした、その時。
もう一つ足音がする。
振り返る。
メス型怪人だった。
「……おい」
メス型怪人もアガトの後を追っている。
「お前も来るのかよ」
やはり返事はない。
川出は少しだけ迷った。
だが、一箇所目では今も仲間が戦っている。
「……もういい。急ぐぞ」
川出、アガト、メス型怪人。
一人と二体は、そのまま下水道へ入った。
◇
アガトは迷わなかった。
右へ。
左へ。
分岐。
また分岐。
人間なら、一度入れば方向を見失いそうな道。
それでも止まらず進んでいく。
川出は走りながら言った。
「お前、こんなところよく知ってるな」
アガトが振り返る。
その後ろを、メス型怪人がついていく。
時折、アガトがメス型怪人を気にするように見る。
メス型怪人も、それに合わせるように動く。
会話はない。
それでも、敵同士ではないことくらいは分かる。
川出は二体を見ながら、小さく呟いた。
「……仲間、なんだろうな」
アガトは前へ走り続けた。
◇
一箇所目。
「北山!」
東の声。
北山が振り返る。
シロアリ怪人が横から飛び込んでくる。
北山が撃ち、一体を倒す。
その隙に、別のシロアリ怪人が今度は東の死角から迫った。
「東!」
ニシが叫ぶ。
東が振り返る。
遅い。
白い腕が伸びる。
その瞬間だった。
横から何かが飛び込んだ。
シロアリ怪人が弾き飛ばされる。
「……え?」
東が見る。
そこにいたのは、アガト。
「アガト?」
思わず名前が漏れた。
さらに、その横にはメス型怪人。
そして後ろから、川出が姿を現す。
「川出さん!」
北山も驚く。
「戻ったのか!」
「近道があった!」
川出が銃を構えた。
東はアガトを見る。
続いてメス型怪人。
二体はこちらを襲わない。
逆に、シロアリ怪人の前へ出る。
アガトが一体を押し返し、メス型怪人も別の一体の進路を塞ぐ。
どう見ても、こちらを助けている。
その時。
南浦が振り向いた。
「またネズミか」
銃口が上がる。
「待て!」
川出が叫ぶ。
ほぼ同時に、東も声を上げた。
「南浦さん、その子は撃たないで!」
南浦の指が止まる。
東を見る。
次に川出。
そして、アガト。
「何で」
南浦の眉が寄る。
「お前ら二人とも知ってる?」
東も、その言葉で川出を見る。
「……川出さん?」
川出も東を見る。
「東さん?」
視線がぶつかった。
どうして。
そっちも。
アガトを知っている。
だが、聞いている暇はない。
シロアリ怪人が再び迫る。
「話は後です!」
川出が撃つ。
「そうね!」
東も構える。
アガトが動く。
メス型怪人も、その隣で動いた。
南浦だけが、まだ納得していない顔で銃口を下げる。
「……意味分かんねえ」
それでも、二体へは撃たなかった。
◇
二箇所目。
キッドはネズミ型怪人の拳をかわした。
今度は遅れない。
すぐにヒクイドリの蹴りを叩き込む。
怪人が腕で受ける。
その横から、シロアリ怪人が迫った。
ゾウの鼻が伸びる。
巻き取る。
そのまま主怪人へ投げつけた。
「よし!」
シロアリ怪人とネズミ型怪人がぶつかる。
キッドは間を空けず、一気に踏み込む。
さっきまで身体を縛っていた重さは、もうほとんど感じない。
足が動く。
腕も動く。
そして、鼻も使える。
「これなら」
ネズミ型怪人が立ち上がる。
キッドは構えた。
ゾウの鼻も前へ伸びる。
「まだやれる!」
再び。
二体が真正面から激突した。




