第五章 第二話 知らないふり
第五章 第二話 知らないふり
昼過ぎ。
パンさんの店。
紀人はカウンター席で、飲み物に口をつけていた。
その隣には東が座っている。
少し離れたところでは、パンさんが店の片付けをしていた。
「そういえば、紀人君」
東が声を落とした。
「はい?」
「昨日ね。少し気になることがあったの」
紀人がカップを置く。
東は、パンさんの方を一度だけ確認してから続けた。
「街中で、ネズミみたいなものを見たっていう人が何人かいたの」
「ネズミ……」
紀人の表情が変わる。
東は小さく頷いた。
「かなり大きかったみたい。人くらいあったっていう話もあるの」
「それって……」
紀人も声を落とす。
「アガトじゃないですか?」
「私も、それを考えたの」
東が答える。
「ただ、見た人のほとんどはすぐ逃げちゃったみたいで、はっきりしたことは分からないのよ」
「何かしたとかは?」
「それがね」
東は少し間を置いた。
「一人だけ、かなり近くで見た人がいたの」
「その人、大丈夫だったんですか?」
「腰を痛めて病院には運ばれたけど、それは逃げようとした時に痛めたみたい」
「じゃあ……」
「助けられたそうよ」
紀人が目を丸くした。
「助けられた?」
「ええ。そのネズミみたいなものに」
東は前日の聞き込みで分かったことを、簡単に説明した。
怪人らしきものを見て逃げようとした老人が、腰を痛めて動けなくなったこと。
周囲の人が逃げていく中で、そのネズミ型の何かだけが残ったこと。
そして。
襲うどころか、老人を助けて安全な場所まで連れていったこと。
話を聞き終えた紀人は、しばらく黙った。
「……やっぱりアガトっぽいですよね」
「そうなのよね」
東も困ったように笑う。
「でも、どうして街中まで出てきたのかが分からなくて」
「普段、あいつあの辺にいますもんね」
「少なくとも、私たちが見ている限りではね」
「何かあったのかな」
紀人が腕を組む。
その時。
「何の話だ?」
パンさんの声がした。
紀人と東が同時に振り返る。
パンさんが少し離れたところから、二人を見ていた。
東はすぐに微笑む。
「ちょっと捜査対象のことなの」
「捜査対象?」
「ええ。まだ詳しく話せることじゃないから」
「ふーん」
パンさんは、それ以上は聞かなかった。
ただ。
今度は紀人を見る。
「……」
紀人も見る。
「……何ですか?」
「いや」
パンさんが首を傾げる。
「何でお前が警察の捜査対象の話を普通に聞いてるんだ?」
「……」
紀人が止まった。
東も一瞬だけ黙る。
「いや、まあ……」
紀人は視線を逸らした。
「いろいろあるんですよ」
「何だよ、いろいろって」
「いろいろです」
「怪しいな、お前」
「怪しくないですって」
パンさんは、まだ少し疑わしそうに紀人を見る。
だが。
「まあいいけどよ」
とだけ言って、また仕事へ戻っていった。
紀人が小声で東に言う。
「……危なかった」
東も小さく笑った。
「気をつけないとね」
「で、どうします?」
紀人が話を戻す。
「アガト」
「一度、様子を確認したいわね」
「今日、公園に行ってみますよ」
「お願いできる?」
「はい」
「私も時間ができたら行ってみる」
紀人は頷いた。
だが。
二人とも分かっている。
仮にアガトを見つけたとしても。
昨日、街へ行ったのか。
老人を助けたのか。
それを本人から正確に確認できるとは限らなかった。
◇
その頃。
CASHでは。
川出が北山とニシを呼び寄せていた。
「昨日の話だけど」
それだけで。
二人には通じた。
北山が声を落とす。
「あの老人を助けたネズミ怪人か」
「ああ」
ニシも腕を組む。
「俺も気になってた」
三人が考えている相手は同じだった。
何度も会ってきた。
最初は警戒した。
だが。
少しずつ意思が通じるようになり。
今では、かなり親しくなっている。
名前は知らない。
それでも。
人を助けるネズミ怪人と言われれば。
三人とも、真っ先にあの個体を思い浮かべる。
川出が言う。
「一回、様子を見に行かないか」
北山が頷く。
「俺もそのつもりだった」
「俺も」
ニシも同意する。
「ただ」
川出が周囲を見る。
「まだ南浦には言わない方がいいと思う」
北山も小さく頷いた。
「あいつが事件に関わってるって決まったわけじゃないからな」
「そういうこと」
川出が答える。
もし。
何もしていないあのネズミ怪人の存在を今知らせれば。
南浦なら警戒する。
怪人であるというだけで。
余計な危険を増やしたくはない。
その時。
「何の話です?」
南浦が近づいてきた。
三人が振り返る。
「昨日の聞き込みの整理」
川出が答える。
「そうですか」
南浦は特に疑った様子もなく、そのまま通り過ぎていった。
三人は、その背中を見送る。
ニシが小さく息を吐いた。
「……行くなら早い方がいいな」
「ああ」
川出が頷いた。
◇
放課後。
紀人は、いつもの公園へ向かっていた。
今日はアガトの様子を見る。
それだけのつもりだった。
公園へ入る。
辺りを見回す。
「……いないか?」
まだ姿は見えない。
紀人が少し奥へ進んだ。
その時。
反対側から三人の人影が歩いてくる。
紀人が気づいた。
「……あ」
川出。
北山。
ニシ。
三人も紀人に気づく。
「紀人君?」
川出が足を止める。
「どうも」
紀人も止まった。
「こんなところで何してるんですか?」
「いや、ちょっとな」
川出が答える。
「紀人君こそ」
「俺も、ちょっと」
「……」
「……」
妙な間ができた。
その時。
紀人が、かなり離れた場所に何かを見つけた。
木々の向こう。
見慣れた姿。
アガト。
紀人の視線が一瞬だけそちらへ向く。
だが。
すぐに川出へ戻した。
ほぼ同時に。
川出。
北山。
ニシも。
同じ方向を見かけていた。
四人とも。
ほんの一瞬。
動きが止まる。
紀人はすぐに思った。
(アガト)
だが。
川出たちには見せたくない。
一方。
川出たちも。
(あいつだ)
と気づいていた。
だが。
紀人には見せたくない。
双方。
自分たちだけが、そのネズミ怪人のことを知っている。
そう思っている。
紀人が先に動いた。
「あ、そういえば!」
「何?」
川出が見る。
紀人は、公園とは反対側を指差した。
「あっちに、この前交番に貼ってあった指名手配犯に似た人が歩いてましたよ」
「……指名手配犯?」
「はい」
「どこ?」
「あっちです!」
紀人が強く指差す。
川出たちの目を。
アガトとは逆方向へ。
ニシがそちらを見る。
「どの辺?」
「もうちょっと向こうです!」
紀人は必死だった。
(そのままそっち見ててくれ)
だが。
川出も負けていなかった。
「それより紀人君」
「はい?」
「学校は?」
「終わりましたけど」
「……そうか」
少し詰まる。
北山が続ける。
「でも、もう帰った方がいいんじゃないか?」
「何でです?」
「ほら……」
北山が考える。
「明日の準備とかあるだろ」
「家帰ってからで大丈夫ですよ」
「……」
ニシも加勢する。
「遅くなると家の人が心配するんじゃないか?」
「まだそんな時間じゃないですよ」
「そうか?」
「はい」
紀人が三人を見る。
(何でこの人たち、そんなに俺を帰らせたいんだ?)
川出たちも紀人を見る。
(何で帰らないんだ)
その時。
遠くのアガトが。
四人に気づいた。
こちらを向く。
そして。
歩き始めた。
紀人の顔が僅かに引きつる。
(来るな)
視線で訴える。
アガトが少し止まる。
川出も。
北山も。
ニシも。
同じようにアガトを見ていた。
川出が、目だけで。
(今は来るな)
と伝える。
北山も小さく首を横へ振る。
ニシも、手を低い位置で振った。
だが。
アガトからすれば。
なぜ。
知っている人間が四人もいるのに。
全員から来るなと言われているのか。
分からない。
また一歩。
近づく。
紀人が慌てて声を上げた。
「そうだ!」
川出たちが振り返る。
「指名手配犯!」
「……ああ!」
川出もすぐに乗る。
「それは確認した方がいいな!」
「ですよね!」
「俺たちはそろそろ行くか」
北山が言う。
「そうだな」
ニシも頷く。
「そうしてください!」
紀人も勢いよく答えた。
「俺もそろそろ帰ります!」
川出が聞く。
「さっき学校終わったって言ってなかった?」
「……用事思い出しました!」
「そ、そうか」
その時。
ニシが公園の入口を見る。
「……あ」
こちらへ。
東が歩いてきていた。
川出がすぐに言う。
「じゃあ俺たちはこれで」
北山も頷く。
「そうだな」
「お疲れさまです!」
紀人も言う。
「俺も帰ります!」
「またな」
川出。
北山。
ニシ。
そして紀人。
四人は。
妙に慌ただしく。
それぞれその場を離れていった。
◇
東は公園へ入ってくる。
去っていく四人の背中を見る。
「……?」
紀人。
川出。
北山。
ニシ。
全員。
何となく動きがおかしい。
「4人とも、何してたのかしら」
東は少し首を傾げた。
その時。
遠くから。
アガトが歩いてくる。
「あ」
東の表情が少し柔らかくなった。
「アガト」
アガトは東のところまで近づいてきた。
「元気そうね」
まず。
それだけで東は少し安心した。
昨日。
街中で目撃されたネズミ型の怪人。
もし。
それがアガトだったとしても。
少なくとも今は怪我もなく。
いつもと変わらない。
アガトが、さらに近づいてくる。
東の手が。
少しだけ動いた。
頭を。
撫でてみたい。
紀人がそうしているのを見たこともある。
アガトも嫌がらないだろう。
たぶん。
だが。
東は途中で手を止めた。
「……だめね」
アガトが首を傾げる。
東は小さく笑った。
「まだあなたは観察対象なんだから」
安全だと。
認めてしまえば。
きっと一番楽だった。
この怪人は人を襲わない。
大丈夫。
そう決めてしまえば。
もっと普通に接することもできる。
でも。
それは。
今の東の立場ではできない。
アガトがまた少し近づく。
東は、伸ばしかけた手を自分の方へ戻した。
「ねえ、アガト」
アガトが見る。
「昨日、街の方へ行った?」
「……」
答えはない。
「おじいさんを助けたの?」
アガトは東を見ている。
「……そうよね」
東は困ったように笑った。
「聞いても分からないわよね」
アガトが。
また一歩近づく。
東は少しだけ困った顔をする。
そして。
小さくため息をついた。
「本当に、どうしましょう」
アガトは。
そんな東の悩みなど知らず。
ただ。
いつものように。
そこにいた。
◇
その日の夕方。
別の場所。
一人の女性が。
歩道の途中で立ち止まった。
「……あれ?」
自分の手を見る。
指先の感覚が。
薄い。
「何これ……」
何度か手を握る。
だが。
うまく力が入らない。
数歩。
歩こうとする。
今度は足までおかしい。
「ちょっと……」
近くの壁へ手をついた。
その少し先。
男性が突然しゃがみ込む。
「気分悪い……」
さらに。
別の人も。
「誰か……」
周囲がざわつき始める。
「大丈夫ですか?」
「救急車呼んで!」
「こっちの人も!」
次々と。
身体の異変を訴える人が出てくる。
やがて。
救急車。
消防車。
警察車両。
現場は慌ただしくなった。
「ガス漏れか?」
警察官が聞く。
「まだ分かりません!」
「周辺を封鎖して!」
「消防にも確認を!」
原因は。
まだ。
誰にも分からなかった。
そして。
人々が倒れた場所から少し離れた。
道路の隅。
誰も気に留めない場所に。
一本。
何かの毛が落ちていた。
ネズミの毛に似ている。
ただ。
普通のネズミのものにしては。
明らかに。
長すぎる毛だった。
本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。
それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。
一つの作品だけでも楽しめる。
けれど、複数の作品を読むことで、初めて見えてくるものもある。
ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。
【人間×生成AIによる合作作品】
企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




