第五章 第一話 街に出たネズミ
第五章 第一話 街に出たネズミ
まだ朝日が昇りきる前。
住宅街の道を、紀人は一定のペースで走っていた。
吐く息は少し白い。
車もまだ少なく、人通りもほとんどない。
静かな朝だった。
「ふっ……ふっ……」
曲がり角を抜ける。
その時。
脇の植え込みが揺れた。
「ん?」
小さな影が飛び出してくる。
紀人は足を止めなかった。
「おはよう、アガト」
返事の代わりに、アガトが紀人の横へ並んだ。
「また来たのかよ」
紀人が少し速度を上げる。
アガトもついてくる。
さらに上げる。
まだついてくる。
「おっ」
紀人が笑った。
「やるじゃん」
アガトも楽しそうに走っている。
そのまま二人で、しばらく走った。
◇
いつもの公園。
紀人はベンチへ腰を下ろした。
「はあ……」
首にかけたタオルで汗を拭く。
アガトは、その前をうろうろしていた。
「お前、疲れないの?」
アガトが紀人を見る。
「……聞いても分かんないか」
紀人がペットボトルの水を飲む。
すると、アガトが隣へやってきた。
そのまま。
ぴたり。
紀人の横へ座る。
「……」
紀人が見る。
アガトも見る。
「近いんだよ」
軽く横へ押す。
アガトがまた寄ってくる。
「おい」
もう一度押す。
また寄る。
「お前さ」
紀人は吹き出した。
「ほんとに人懐こいよな」
アガトの頭を軽く撫でる。
嫌がる様子はない。
むしろ。
もう少しやれ。
そんな顔に見えた。
「はいはい」
紀人は、もう一度撫でた。
怪人。
本来なら。
見つければ警戒する相手。
少なくとも、最初はそう思っていた。
でも。
今、隣にいるこいつを見ていると。
どうしても。
そんな相手には思えなかった。
「じゃ、俺そろそろ帰るからな」
紀人が立ち上がる。
アガトも立つ。
「来なくていいぞ」
ついてくる。
「学校あるから」
ついてくる。
「お前、学校来ても入れないからな?」
まだついてくる。
「……」
紀人は立ち止まった。
アガトも止まる。
「ここまで」
指を差す。
「またな」
しばらく、アガトは動かなかった。
やがて近くの植え込みへ入り、そのまま姿を消す。
紀人は手を振った。
「また明日」
そして。
何事もなかったように家へ戻っていった。
◇
同じ頃。
警察本部では、一枚の報告書が机の上に置かれていた。
「またか?」
男が面倒そうに紙を見る。
「はい」
「今度は何だよ」
「怪人が出たそうです」
「……怪人?」
男は顔を上げた。
「ネズミみたいな怪人を見たと」
「またその手の話か」
報告書を机へ置く。
「最近増えたな。怪人を見た、怪人が出たって」
「ですね」
「怪人なんかいるわけないだろ」
男はあっさり言った。
「どうせ誰かが奇抜な格好でもしてたんじゃないのか?」
「着ぐるみとかですかね」
「そんなところだろ」
別の警察官も口を挟む。
「動画撮るために変なことする連中もいますしね」
「悪ふざけで騒いで、それを見た人間が怪人だと思ったとか」
「十分ありそうだな」
話はそこで終わりそうになった。
だが。
一人が報告書を見る。
「ただ、目撃者は複数いるみたいです」
「写真は?」
「ありません」
「動画は?」
「今のところは」
「じゃあ同じだろ」
男はため息をついた。
「まあいい。あそこに回しとけ」
「あそこ?」
「CASH」
「ああ」
「怪人だって言うなら、そっちで確認すればいい」
少しだけ笑いが起きた。
「どうせ、そういうの調べてるんだろ」
報告書は、そのままCASHへ回された。
◇
「……ということみたいね」
東が報告書を机へ置いた。
CASHの部屋。
北山。
川出。
ニシ。
南浦。
そして数名の隊員が集まっている。
川出が報告書を手に取る。
「ネズミ型?」
「そうみたい」
東が答える。
「街中で見たっていう証言が何件かあるの」
ニシが横から覗き込む。
「写真は?」
「ないわ」
「映像も?」
「今のところはね」
南浦が腕を組む。
「それで怪人だと?」
「本部はそう思ってないみたい」
東が苦笑する。
「変な格好をした人が騒いでるんじゃないか、って」
「じゃあ、何でこっちに?」
川出が聞く。
「たぶん厄介払いね」
東は小さく肩をすくめた。
「でも、怪人らしいものが出たっていうなら、一応確認しておきましょう」
北山が頷く。
「そうですね」
「大したことじゃないかもしれないけど」
東は報告書へ視線を落とした。
「見ないまま決めつけるのも違うから」
南浦だけは黙っていた。
◇
現場は、ごく普通の街中だった。
商店。
住宅。
少し離れたところには小さな公園。
怪人が暴れたような跡はない。
建物が壊れた様子もない。
道路もいつも通りだった。
川出が周囲を見る。
「……本当にここですか?」
「通報では、この辺りね」
東が答える。
CASHは手分けして聞き込みを始めた。
◇
「ネズミ?」
店先にいた男性が首を傾げる。
「見たよ」
川出が聞く。
「どんな姿でした?」
「いやあ」
男性は困った顔をした。
「ちゃんとは見てないんだよ」
「どうして?」
「逃げたから」
「……」
「だって怪人だぞ?」
当然のように言う。
「見た瞬間逃げるだろ」
「色は?」
「白……だったかな?」
隣から別の人が言う。
「いや、俺は灰色っぽく見えたけど」
「大きさは?」
「人くらい」
「もっと小さくなかった?」
「分からん」
話が合わない。
◇
別の場所。
ニシも聞き込みをしていた。
「ネズミみたいだった?」
「たぶん」
「何かしました?」
「知らないよ」
「暴れたりとか」
「そこまで見てないって」
「逃げちゃった?」
「当たり前じゃん!」
どこも同じ。
怪人を見た。
ネズミみたいだった。
そして。
逃げた。
それ以上がない。
◇
CASHの面々が集まった。
川出がメモを見る。
「決め手はないですね」
北山も頷く。
「怪人だったかどうかも、これだけでは分からない」
南浦が周囲を見る。
「騒ぎの痕跡もない」
東が少し考える。
「仮に怪人だったとしても、ただ歩いていただけ……?」
「それも妙ですね」
ニシが言う。
その時。
一般隊員の一人が近づいてきた。
「東さん」
「どうしたの?」
「一人、かなり近くで見た人がいるそうです」
東が振り返る。
「本当?」
「はい。ただ……」
隊員が少し言いにくそうにする。
「今、病院です」
◇
大きな怪我ではなかった。
腰を痛めただけだった。
CASHが病院へ確認に行くと、高齢の男性はベッドに横になっていた。
「警察の方?」
「はい」
東が軽く頭を下げる。
「少し、お話を聞かせてもらってもいいですか?」
「怪人のことかい?」
「そうです」
老人は少し考えた。
「見たよ」
東たちの表情が変わる。
「かなり近くで?」
「ああ」
「どんな姿でした?」
「ネズミみたいなやつだった」
川出が前へ出る。
「襲われましたか?」
老人は首を振った。
「いや」
「では、何が?」
老人は苦笑した。
「逃げようとしたんだよ」
怪人が現れた。
周囲の人間が一斉に逃げる。
自分も逃げなければ。
そう思って走った。
だが。
「この歳で急に走るもんじゃないな」
腰に激痛が走った。
その場で動けなくなった。
周囲の人間は逃げていく。
怪人だけが残っている。
「もう駄目だと思ったよ」
老人が言った。
「殺されると思った」
東は黙って聞いている。
「でもな」
老人は少し笑った。
「あいつ、俺のところに来て」
「……」
「助けてくれたんだ」
部屋が静かになった。
北山が聞き返す。
「助けた?」
「ああ」
「怪人が?」
「そうだよ」
老人は、はっきり頷いた。
「俺を起こして、安全なところまで運んでくれた」
川出の目が動く。
すぐ横で。
北山も。
ニシも。
同じように表情を変えた。
三人が、一瞬だけ視線を交わす。
三人には。
すぐに思い当たる相手がいた。
そして東も。
別の経緯から。
同じ一体の怪人を思い浮かべていた。
「それから?」
東が聞く。
「それだけだ」
「襲われたりは?」
「何もしなかったよ」
老人は天井を見る。
「変な話だよな」
怪人。
怖くて逃げた。
なのに。
その怪人に助けられた。
「だから」
老人が東を見る。
「もし捕まえたとしてもさ」
少しだけ言葉を選ぶ。
「あいつが俺を助けてくれたことだけは、ちゃんと覚えておいてくれよ」
東はゆっくり頷いた。
「分かりました。きちんと覚えておきます」
◇
病院を出る。
しばらく、誰も口を開かなかった。
最初に話したのは南浦だった。
「奇妙ですね」
東が見る。
「そうね」
「怪人が街中へ出てきた。それなのに被害を出していない」
「……うん」
「何か目的があるのかもしれない」
南浦はそれだけ言った。
感情はほとんど入っていない。
怪人なら。
まず警戒する。
それだけだった。
一方。
東の頭には、アガトの姿が浮かんでいた。
公園で。
紀人と一緒にいる。
人懐こいネズミ怪人。
(アガト……?)
街中まで出てきたのだろうか。
何か理由があったのだろうか。
東は何も言わない。
そして。
少し後ろ。
川出。
北山。
ニシ。
三人は歩きながら、また短く視線を交わした。
言葉にしなくても分かる。
考えていることは同じ。
自分たちが何度も会ってきた。
少しずつ意思を通わせ。
今ではかなり親しくなった。
あのネズミ怪人。
川出が小さな声で言う。
「……どう思う?」
北山も声を落とす。
「人を助けるっていうなら……」
ニシが頷いた。
「思い当たるのは、あいつだよな」
「俺もそう思う」
川出が答える。
だが。
そこで会話を止めた。
前には東。
近くには南浦。
今ここで、わざわざ話す必要はない。
三人は、それ以上口にしなかった。
◇
その日の夕方。
「お」
紀人が足を止めた。
公園の端。
植え込みから、見慣れた姿が出てくる。
「またいたのか」
アガトが紀人へ近づいてくる。
「今日は朝も会っただろ」
それでも寄ってくる。
「ほんと暇なんだな、お前」
アガトが隣へ並ぶ。
紀人は笑った。
「どうした?」
返事はない。
「何かあった?」
アガトは、いつもと変わらない。
少なくとも。
紀人にはそう見えた。
「ま、いいか」
紀人はアガトの頭を軽く撫でた。
「また明日な」
遠くでは。
CASHが。
街中に現れたネズミ怪人の正体を探し始めていた。
けれど。
紀人はまだ。
そのことを何も知らなかった。
本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。
それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。
一つの作品だけでも楽しめる。
けれど、複数の作品を読むことで、初めて見えてくるものもある。
ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。
【人間×生成AIによる合作作品】
企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




