閑話「配信されてました」
閑話「配信されてました」
時根脱才 作
その動画が公開されたのは、紀人がセミスピーカーと戦った、その日の夜だった。
タイトルは、妙にそれらしかった。
『新ヒーロー現る!? 謎の怪人VS謎の鳥人間!』
再生数は、じわじわと伸び続けている。
映像の冒頭。
住宅街の真ん中に、異形の怪人が立っていた。
全身にスピーカーを備えた、セミのような怪人。
腹部から放たれる大音量。
震える地面。
飛び散る破片。
だが――。
映像だけを見れば、それはあまりにも「出来すぎて」いた。
怪人の質感。
空気を揺らす音。
地面を伝わる振動。
何もかもが妙に鮮明で、現実の事件を偶然撮影した映像には見えない。
まるで最初から、一本の特撮作品として作られたかのようだった。
そして画面には、もう一人。
一人の少年が映っている。
ただし――顔は分からない。
単純にモザイクがかけられているわけではなかった。
動いても。
振り返っても。
どの角度から映っても。
不自然なほど巧妙に、少年が誰なのか特定できる情報だけが見えなくなっている。
そんな少年が怪人を前にして、叫んだ。
『――配信開始!』
その瞬間。
コメントが一気に増えた。
『配信www』
『変身じゃなくて配信なの?』
『今から何を配信するんだよ』
『これ配信と変身かけてんの?』
『誰がうまいこと言えと』
少年が片手を上げる。
そして。
パチン。
指を鳴らした。
光が弾ける。
次の瞬間――。
完全なワシの頭を持つ何かが現れた。
身体はヒーローらしい。
だが、その頭部には人間らしさが一切ない。
くちばし。
鋭い眼。
猛禽類そのものの顔。
どう見ても、ワシだった。
コメント欄がさらに加速する。
『怖っ』
『待て待て待て』
『お前の方が怪人だろ』
『怪人VS怪人始まった』
『主人公どっちだよw』
『敵のセミの方がまだ人型じゃん』
『これヒーローなの?』
『ワシ人間www』
画面の中。
ワシ頭の何かが、セミの怪人と向かい合う。
これから戦闘が始まる。
その瞬間だった。
『いいねよろしく』
妙に自然な調子で、少年の声が響いた。
数秒。
コメント欄が止まった。
そして――。
『?????』
『急にどうした』
『YouTuberだった』
『いいねよろしくwwww』
『チャンネル登録は?』
『配信開始からのいいねよろしくは強い』
『こいつ絶対配信者だろ』
『戦う前に営業すんな』
『怪人待っててくれてるの草』
そこから、本当に戦闘が始まった。
画面の中では命懸けの戦いが繰り広げられているというのに。
コメント欄だけは、完全に祭りだった。
そして、戦闘が進む。
ワシだった頭部が、今度はコブラへ変わる。
両腕はワシの翼。
脚部は異様なほど発達していた。
『増えた!』
『何が!?』
『コブラ+ワシ+なんか脚』
『キメラじゃねーか!』
『怪人より盛ってる』
『何の動物なんだよこいつ』
画面の中の紀人は、そんなことを言われているとは知る由もない。
必死に飛び方を覚え。
拳を叩き込もうとして、腕が翼になっていることを思い出し。
空中で怪人に殴り飛ばされ。
それでも、戦い続ける。
やがて戦いは、地上から空へ。
そして最後には、三つの力を組み合わせた一撃がセミスピーカーを捉えた。
轟音。
爆発。
光。
一本の特撮作品として見れば、実によくできた映像だった。
だから。
誰も。
これが本当に起きたことだとは、思っていなかった。
◇
その動画を紀人が見つけたのは、数日後だった。
「…………」
紀人はスマートフォンを持ったまま、固まっていた。
たまたまだった。
本当に、たまたま。
おすすめ動画の一覧に、見覚えのある住宅街が映っていた。
なんとなく。
ものすごく嫌な予感がした。
それでも気になって開いてしまった。
そして今。
「…………これ、俺じゃね?」
再生位置を戻す。
もう一度見る。
画面には、怪人と向き合う少年。
顔は判別できないように加工されている。
だが。
「俺だ……」
本人には分かる。
服。
体格。
動き。
声。
そして何より――。
『――配信開始!』
「俺だぁ……」
紀人は頭を抱えた。
「なんでこれネットに出てんだよ!」
あのとき。
変な飛行物体が、自分を撮影していることには気づいていた。
だが。
「配信してたのかよ、あれ!」
まさか、その映像がこんなところに出ているとは思わなかった。
しかも。
画面の中で、自分が変身する。
光が収まる。
現れたのは――。
完全なワシ頭。
「…………」
紀人は固まった。
「俺、こんなだったの……?」
実際に変身していたときは、自分の姿を客観的に見る余裕などなかった。
改めて見る。
人間らしい顔が、まったくない。
ワシ。
完全にワシ。
紀人は恐る恐るコメント欄を開いた。
『お前の方が怪人』
「誰が怪人だ!」
『主人公どっち?』
「俺だよ!」
『ワシ人間』
「人間だよ!」
誰にも聞こえないのに、紀人は画面へ反論する。
しかし。
本当の地獄は、その直後だった。
『いいねよろしく』
「…………」
紀人の動きが止まった。
画面の中。
ワシ頭の自分が、これから怪人と戦おうという、その瞬間。
確かに言った。
『いいねよろしく』
「…………」
停止。
紀人は無言で画面を見つめる。
「…………いや」
再生。
『いいねよろしく』
停止。
「…………」
もう一度。
『いいねよろしく』
「うわああああああああああっ!!」
紀人はベッドへ突っ伏した。
「なんで言ってんだ俺ぇぇぇぇぇぇ!」
枕へ顔を埋める。
「『配信開始』はまだ分かる!」
勢いよく顔を上げた。
「あれはジン兄さんの手紙に書いてあったから!」
そこまでは、まだ言い訳ができる。
問題は次だ。
「でも『いいねよろしく』は何なんだよ!」
誰にも言われていない。
手紙にも書かれていない。
自分で考えた覚えすらない。
あの瞬間。
怪人を前にして。
戦おうとしたら。
なぜか自然に、口から出た。
「なんで戦う前に『いいねよろしく』なんだよ俺ぇ……!」
しかも。
コメント欄では。
『いいねよろしく好き』
『ここ毎回言ってほしい』
『決め台詞かな?』
『次回も待ってます』
『いいねよろしく!』
『いいねよろしく!』
『いいねよろしく!』
「やめろぉぉぉぉぉ!」
紀人はスマートフォンをベッドへ放り投げた。
「もう戦わねえ!」
一拍。
「……たぶん」
自信はなかった。
しばらくして。
紀人はベッドに転がったスマートフォンを拾い直した。
「…………」
改めて動画を見る。
今度はコメントではない。
映像そのものに集中する。
最初は、自分の戦っている姿を客観的に見るのが恥ずかしかった。
だが。
「…………?」
紀人の表情が変わる。
何かがおかしい。
「……違う」
自分が覚えている戦いとは、映像から受ける印象がまるで違う。
実際には、もっと怖かった。
怪人の放つ音は、身体の中まで揺さぶった。
道路は震えた。
吹き飛ばされたときは、本当に死ぬかと思った。
空を飛んだときだって、最初はまともに飛ぶことすらできなかった。
なのに。
この映像では。
「特撮……みたいだ」
怪人も。
自分も。
爆発も。
空中戦も。
全部が、作り物のように見える。
あれほど生々しかった戦いが。
画面を通すと、まるで最初から作られた映像のようになっている。
コメント欄を見ても。
誰一人として、本物の怪人事件だとは思っていない。
「なんだよ、これ……」
紀人は画面を見つめた。
ついさっきまでの恥ずかしさとは違う。
小さな違和感が、胸の奥に残る。
画面の中では。
ワシ頭の自分が、怪人と戦っている。
確かに自分だ。
あの日。
あの場所で。
自分が戦った。
それだけは。
間違いなく、本物なのに。
◇
同じころ。
一人の男が、スマートフォンを握りしめていた。
「……ない」
検索する。
ない。
もう一度。
別の言葉で検索する。
ない。
「なんでだよ……」
男は以前、怪人を見た。
白い蟻のような姿をした、人間ではない何か。
最初は、自分も戦おうとした。
だが。
あの少年が現れた。
そして。
自分とは比較にならない動きで、怪人へ向かっていった。
怖くなった。
怪人も。
少年も。
自分の理解できないものだった。
だから。
男は逃げた。
ただし、証拠だけは残していた。
震える手で撮影した写真。
動画。
そして、その一部をネットへ投稿した。
自分だけではない。
あの日。
遠くから見ていた人間は、ほかにもいた。
写真を上げた者。
短い動画を投稿した者。
怪人を見たと書き込んだ者。
確かにいた。
なのに。
誰かが投稿する。
消える。
別の人間が投稿する。
また消える。
別の動画サイトへ上げる。
消える。
SNSへ書く。
消える。
画像を貼る。
消える。
「そんなわけ……」
男は何度目か分からない検索を繰り返した。
ない。
どこにも。
怪人が本当にいたことを示す情報が、一つも見つからない。
「昨日まであっただろ……」
自分で投稿したものさえ消えている。
削除した覚えなどない。
アカウントを確認する。
投稿履歴にもない。
「…………」
男は、自分のスマートフォンへ目を落とした。
写真フォルダを開く。
そこには――あった。
ブレている。
何が写っているのか、一目では分かりづらい。
白い何か。
人影。
恐怖で震えた手で撮ったため、輪郭は大きく流れている。
それでも。
男には分かる。
「……いた」
確かにいた。
あの日。
自分は見た。
写真だけではない。
短い動画も残っている。
スマートフォンの中には。
ネットへ出していない元のデータだけは、消えていない。
「じゃあ……なんで……」
男は再び検索画面へ戻った。
そこで。
一つの動画が目に入った。
『新ヒーロー現る!? 謎の怪人VS謎の鳥人間!』
「…………」
再生する。
セミの怪人。
奇妙なヒーロー。
空中戦。
コメント欄には、笑い声。
『新作特撮?』
『CGすごい』
『怪人より主人公の方が怖いw』
「…………」
男の表情から、わずかに残っていた戸惑いが消えた。
怪人の映像は――ある。
誰でも見られる場所に。
堂々と。
消されることもなく。
なのに。
誰も、本物だと思っていない。
男は、自分のスマートフォンに残っているブレた画像を見る。
そして。
画面の中の、あまりにも綺麗な「特撮映像」を見る。
同じ怪人。
同じ、この世界で起きていること。
それなのに。
一方は、ネットから消えていく。
一方は、誰にも信じられない形で残っている。
「……何なんだよ、これ」
答える者はいなかった。
ネットの中には。
怪人はいない。
あるのは。
誰も本物だとは信じない――怪人だけだった。




