「三つあったはずのもの」
第4話「三つあったはずのもの」
時根脱才 作
紀人が初めて空を飛んだ、この日。
彼の知らない場所でもまた――新たな物語が、静かに動き始めていた。
◇
「……で?」
紀人は腕を組もうとして――やめた。
腕がない。
いや、正確にはある。
ただし今は、立派なワシの翼だ。
「…………」
右の翼を見る。
左の翼を見る。
もう一度、右を見る。
「やっぱ腕じゃねえな」
「何を当たり前のことを言っている」
「うるせえ!」
少し離れた場所に立つ謎の人物へ、紀人は翼を突きつけた。
「お前のせいだろ、これ!」
「違う」
「お前がメモリー入れろって言ったんだろ!」
「入れたのはお前だ」
「そういう責任逃れが一番腹立つんだよ!」
戦いは終わった。
セミスピーカーの姿は、もうどこにもない。
あれほど住宅街を揺らしていた轟音も消え、辺りには不自然なくらい静かな夕暮れが戻っていた。
紀人は改めて謎の人物を見る。
「……で?」
「何だ」
「何だじゃねえよ」
一歩、近づく。
「お前、誰だ?」
「…………」
「このベルト、何なんだ?」
「…………」
「さっきの怪人は?」
「…………」
「このメモリーってのは?」
「…………」
「俺、なんでこんな格好になってんだ?」
「…………」
返事がない。
「一個くらい答えろよ!」
「質問が多い」
「多くしたの誰だよ!」
紀人の声が住宅街に響いた。
謎の人物は、それでも表情一つ変えない。
「今のお前が知る必要はない」
「いや、あるだろ!」
「ない」
「俺が変身してんだぞ!?」
「そうだな」
「俺が戦ったんだぞ!?」
「そうだな」
「俺が空飛んだんだぞ!?」
「そうだな」
「じゃあ俺が一番知る必要あるだろ!」
「…………」
「そこで黙るな!」
紀人は頭を抱えようとして――翼では無理なことを思い出した。
「くそっ! これ地味に不便だな!」
「慣れろ」
「慣れたくねえよ!」
そう言い返してから、紀人はふと相手の姿を見る。
さっきから気になっていた。
「……なあ」
「何だ」
「お前も、そういう格好できるんだろ?」
「…………」
「だったら、お前が戦えばよかったじゃねえか!」
謎の人物は、ほんの少しだけ黙った。
「こちらにも都合がある」
「なんだよ、その都合って」
「お前に話す必要はない」
「またそれかよ!」
「そうだ」
「便利だな、その答え!」
紀人は苛立ったように翼をばたつかせた。
バサッ!
思った以上の風が巻き起こる。
「うおっ」
「無駄に動かすな」
「俺の腕だ!」
「翼だ」
「今そこ細かく訂正する必要ある!?」
紀人は大きく息を吐いた。
そして、改めて自分の身体を見る。
コブラの頭。
ワシの翼。
ノミの脚。
「……なあ」
「今度は何だ」
「これ、戻れるんだよな?」
「戻れる」
「即答したな」
「何か問題でもあるのか」
「さっきまで何聞いても答えなかっただろ!」
「これは答えても問題ない」
「基準が分かんねえ!」
謎の人物が紀人の腰へ目を向けた。
「カバーを開けろ」
「……また?」
「形態を戻す」
「どうやって?」
「中のメモリーを外す」
「…………」
紀人は腰のベルトを見る。
次に、右の翼を見る。
左の翼を見る。
そして、もう一度ベルトを見る。
「どうやって外すんだよ」
「何?」
「見ろよ、これ」
紀人は両翼を大きく広げた。
「指がねえんだぞ!」
「…………」
謎の人物の視線が、翼からベルトへ移る。
ベルトから、また翼へ戻る。
わずかな沈黙。
「……そこまでは考えていなかった」
「考えとけよ!」
「ワシを二番に入れた場合の操作性までは想定していなかった」
「俺で実験すんな!」
「データは取れた」
「やっぱ実験じゃねえか!」
紀人の怒声を無視し、謎の人物が近づいてくる。
「仕方ない。動くな」
「何すんだよ」
「メモリーを外す」
「最初からそう言え!」
男がベルトのカバーを開いた。
中には三つのメモリーが収まっている。
一番――コブラ。
二番――ワシ。
三番――空欄。
四番――ノミ。
謎の人物は、まずコブラを外した。
続いてワシ。
最後にノミ。
三つのメモリーを手に取り、空になったベルトのカバーを閉じる。
カチッ。
その瞬間。
「おっ!?」
光が紀人の全身を走った。
コブラの頭が消えていく。
大きなワシの翼が縮み、人間の腕へ戻る。
異様に発達していたノミの脚も元の形へ戻っていった。
光が収まる。
「…………」
紀人は自分の両手を見る。
五本の指。
握る。
開く。
もう一度、握る。
「手だ!」
「基本形態へ戻っただけだ」
「手だぁぁぁぁ!」
「大げさだ」
「お前、一回腕全部翼にしてみろ!」
紀人は嬉しそうに指を動かした。
今の姿は、どのメモリーも入っていない、何も追加されていないKID。
「これが……元のキッド?」
「基本形態だ」
「じゃあ人間に戻るには?」
「ベルトを外せ」
「それだけ?」
「ああ」
「最初からそれでよくね?」
「翼で外せるならな」
「……なるほど」
紀人は妙に納得してしまった。
腰のベルトを外す。
次の瞬間、再び全身を光が包んだ。
変身が解けていく。
数秒後。
「…………」
紀人は恐る恐る自分の身体を確かめた。
腕。
脚。
胸。
頭。
髪。
額。
鼻。
頬。
「人間だ……!」
今度こそ本当に、いつもの内田紀人へ戻っていた。
紀人は路肩に停まった車へ駆け寄り、窓ガラスを覗き込む。
そこに映っているのは、見慣れた自分の顔。
「よかったぁ……」
自分の顔を見てこれほど安心したのは、生まれて初めてだった。
けれど。
「…………」
紀人は頬を触る。
夢ではない。
身体には、まだ戦った疲労が残っている。
セミスピーカーの攻撃を受けたところも痛む。
空を飛んだ感覚も、はっきり覚えている。
「本当に……俺だったんだよな」
小さく呟く。
あんな姿になって。
あんな力を使って。
それでも自分は、本当に今までと同じ人間なのか。
ほんのわずかに、そんな考えが胸をよぎった。
「…………」
紀人は自分の手を見る。
握る。
開く。
ちゃんと動く。
「……まあ、いっか」
「軽いな」
「考えて分かんねえこと考えても仕方ねえだろ」
紀人は顔を上げた。
「それより!」
謎の人物を指差す。
「話の続きだ!」
「何の話だ」
「全部だよ!」
紀人はベルトを指差した。
「これ!」
セミスピーカーが消えた場所を指差す。
「怪人!」
空へ指を向ける。
「あの撮ってたやつ!」
最後に、謎の人物そのものを指差した。
「そして、お前!」
「…………」
「説明しろ!」
「断る」
「なんでだよ!」
「今はまだ話せない」
「だからその『今は』って何なんだよ!」
男は答えない。
代わりに、手の中にある三つのメモリーへ視線を落とした。
「これは、お前が持っていろ」
「は?」
三つを紀人へ差し出す。
「いやいやいや」
「受け取れ」
「持って帰れよ!」
「必要になる」
「何に!?」
「いずれ分かる」
「それ一番嫌いな答え!」
しぶしぶ、紀人は三つのメモリーを受け取った。
手のひらへ並べる。
コブラ。
ワシ。
ノミ。
「これ持って帰って、急に爆発したりしねえよな?」
「しない」
「怪人になったりは?」
「しない」
「勝手に変身したりは?」
「ベルトを使わなければ問題ない」
「……本当だな?」
「ああ」
「信用していいんだな?」
「好きにしろ」
「信用させる気ゼロだな、お前!」
紀人は大きくため息をついた。
そして三つを改めて眺める。
コブラ。
ノミ。
そして――ワシ。
「…………」
なぜだろう。
ワシだけ、ほんの少し違って見えた。
形そのものが大きく違うわけではない。
けれど、コブラやノミと比べると、意匠の一部がわずかに粗い。
線のまとまりも、どこか落ち着かない。
「……これだけ、なんか違わねえか?」
「…………」
「おい」
「気のせいだ」
「絶対なんか知ってる言い方だろ、それ!」
男は答えなかった。
紀人は納得できないまま、三つのメモリーをしまう。
「じゃあ最後に一個」
「何だ」
「お前の名前」
「…………」
「それくらいいいだろ」
男は答えない。
「俺は名乗ったぞ」
「キッド」
「それあだ名!」
「自分で言った」
「勝手に口から出たんだよ!」
「なら、それでいい」
「よくねえよ!」
紀人が一歩近づく。
「名前くらい教えろって」
「…………」
男は紀人を見た。
ほんの一瞬。
何かを言おうとしたようにも見えた。
だが。
「また会う」
それだけだった。
「は?」
紀人が瞬きをする。
そのわずかな間に、男は背を向けていた。
「おい!」
紀人は追いかけようとする。
「待てって!」
だが男は振り返らない。
「名前!」
返事はない。
「せめて名前くらい教えろよ!」
夕暮れの道を、その姿は遠ざかっていった。
「…………」
紀人はしばらく、その背中を見送った。
「なんなんだよ、あいつ……」
分からないことが、また一つ増えた。
◇
パンさんの店へ戻ったころには、辺りはすっかり暗くなっていた。
店の明かりはまだ点いている。
扉を開けると、カラン、とベルが鳴った。
「ただいまー」
「おかえり」
カウンターの向こうから、パンさんの声が返ってきた。
店にはまだ何人か客がいる。
パンさんは手を動かしながら、ちらりと紀人を見た。
「遅かったな」
「ちょっと色々あってさ」
「色々?」
「……まあ、色々」
紀人は曖昧に笑った。
さすがに――。
怪人と戦ってきた。
空を飛んできた。
頭がコブラになった。
腕がワシになった。
脚がノミになった。
などと、いきなり説明する気にはなれない。
パンさんは紀人の顔を少し眺めた。
「腹、減ってるか?」
「めちゃくちゃ減ってる」
「だと思った」
「なんで分かるんだよ」
「顔」
「そんな顔してる?」
「してる」
紀人は自分の腹を押さえた。
「……とりあえず上行ってる」
「あとで何か持ってく」
「助かる!」
紀人はそう言って、店の奥にある階段へ向かった。
◇
二階の自室へ入る。
いつもの部屋。
いつもの机。
いつものベッド。
ほんの少し前まで怪人と戦い、空まで飛んでいたことが嘘のようだった。
鞄を床へ置く。
そして、ポケットから三つのメモリーを取り出した。
机の上へ並べる。
コブラ。
ワシ。
ノミ。
「…………」
昨日。
突然届いた小包。
そこに入っていたベルトと手紙。
送り主が誰なのかは分かっている。
十年前。
突然、紀人の前からいなくなった人。
子供のころ、何度も見た文字。
独特の線の癖。
見間違えるはずがなかった。
「……ジン兄さん」
紀人は小さく呟いた。
どうして今になって。
なぜ、自分へベルトを送ってきた。
なぜ、あんな怪人が現れることを知っていた。
そして。
さっきの謎の人物は、何者なのか。
「分かんねえことばっかりじゃねえか……」
紀人は椅子へ座った。
三つのメモリーを見る。
コブラ。
ノミ。
そしてワシ。
ワシを摘まみ上げる。
「やっぱ、これだけなんか違うんだよな……」
光へかざしてみる。
何が違うのかは分からない。
ただ、ほかの二つほど完成された感じがしない。
「これで、あんな力が出たんだよな」
最初に自分を変えたもの。
紀人はしばらく眺めていたが、やがて机へ戻した。
「…………」
今度は自分の手を見る。
人間の手。
ちゃんと五本の指がある。
「俺……本当に大丈夫だよな」
口に出してみると、急に不安になった。
けれど。
ぐぅぅぅぅ――。
「…………」
腹が鳴った。
紀人は自分の腹を見る。
「腹減った」
さっきまでの不安が、少しだけ馬鹿らしくなる。
「まあ、腹減るなら大丈夫か」
根拠はない。
だが、紀人にとってはそれで十分だった。
◇
その夜。
紀人はベッドの上で眠っていた。
机の上には、三つのメモリー。
コブラ。
ワシ。
ノミ。
部屋は暗い。
時計の針だけが、小さな音を刻んでいる。
カチ。
カチ。
カチ。
やがて――。
窓の外で、何かが動いた。
「…………」
紀人は眠ったままだ。
窓が、ほんのわずかに開く。
音はしない。
カーテンが揺れた。
暗闇の中。
何者かが、部屋へ入ってくる。
「…………」
足音すらない。
何者かは真っ直ぐ机へ向かった。
三つのメモリー。
その前で、動きが止まる。
コブラ。
ワシ。
ノミ。
手が伸びた。
コブラを通り過ぎる。
ノミにも触れない。
掴んだのは――。
ワシ。
最初から、それだけが目的だったかのように。
迷いはなかった。
「…………」
紀人が寝返りを打つ。
動きが止まった。
「ん……」
だが、紀人は起きない。
再び静寂が戻る。
何者かはワシのメモリーを手にしたまま、窓へ向かった。
カーテンが、もう一度だけ揺れる。
そして。
部屋には、紀人だけが残された。
机の上には――二つ。
コブラ。
ノミ。
数時間前まで。
確かに、三つあったはずのもの。
その一つだけが。
夜の闇の中へ、静かに消えていた。
◇
本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。
それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。
一つの作品だけでも楽しめる。
けれど、複数の作品を読むことで、初めて見えてくるものもある。
ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。
【人間×生成AIによる合作作品】
企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




