第3話「空を飛べ!」
第3話「空を飛べ!」
時根脱才 作
光が、大きく弾けた。
「うおっ……!」
紀人は反射的に目を閉じた。
全身を包んでいた眩しさが、ゆっくりと収まっていく。
最初に感じたのは、身体の軽さだった。
いや、軽いだけではない。
さっきまでとは明らかに違う何かが、自分の身体の中に組み込まれている。
「…………」
恐る恐る目を開ける。
最初に視界へ入ったのは、自分の足だった。
黒を基調とした脚部。その形は先ほどまでとは変わり、とりわけ膝から下が異様なほど発達している。
「なんだ、これ……」
試しに軽く膝を曲げた。
脚の奥で、何かがぎゅっと縮む。
巨大なバネでも仕込まれているような感覚だった。
「おい!」
怪人の声に、紀人は顔を上げる。
「戦いの途中だぞ!」
「分かってるよ!」
反射的に拳を構えようとして――動きが止まった。
「……あれ?」
拳がない。
右を見る。
翼。
左を見る。
やっぱり翼。
「…………」
数秒の沈黙。
「腕ぇぇぇぇぇぇ!?」
紀人の絶叫が住宅街に響いた。
両腕が、完全に翼へ変わっている。
人間の腕ではない。指もなければ、当然、拳を握ることもできない。
「おい!」
「なんだ!」
「先ほどから何をしている!」
「俺だって状況確認くらいさせろよ!」
「知るか!」
「こっちだって知らねえんだよ!」
紀人は慌てて自分の顔を確かめようと翼を伸ばした。当然ながら、うまく触れられるはずもない。
「頭は!? 俺の頭、どうなってる!?」
「……蛇だ」
「は?」
「蛇だと言っている!」
「蛇!?」
紀人は辺りを見回し、路肩に停まっている車を見つけると、その窓ガラスへ駆け寄った。
映った自分の姿を見て、固まる。
「コブラじゃねえか!」
大きく広がった首。
鋭い眼。
どこからどう見てもコブラだった。
「ワシの次はコブラかよ!」
頭はコブラ。
両腕はワシの翼。
そして、妙に発達した正体不明の脚。
「どうなってんだ、俺の身体!」
「成功だ」
少し離れた場所で、謎の人物が平然と言った。
「どこがだよ!」
「メモリーは正常に機能している」
「俺の腕なくなってんだけど!」
「ワシだ」
「見りゃ分かるよ!」
「なら聞くな」
「そういう意味じゃねえ!」
「いつまでふざけている!」
とうとう痺れを切らしたセミの怪人が吠えた。
全身に埋め込まれたスピーカーが、一斉に震え始める。
ミィィィィィィィン――!!
「――っ!」
紀人は咄嗟に身構えた。
轟音が真正面から襲いかかる。
さっきまでなら、頭蓋を内側から直接揺さぶられるような苦痛に襲われていた。
ところが――。
「…………ん?」
聞こえる。
もちろん、うるさい。
とてつもなく、うるさい。
それなのに。
「さっきより……平気だ」
「なに?」
怪人が声を漏らす。
再びスピーカーが唸りを上げた。
ミィィィィィィィン――!!
「うるせえ!」
紀人は思わず怒鳴った。
だが倒れない。
先ほどまでのように、頭を抱えたくなるほどの苦痛もなかった。
「なんでだ……?」
その直後。
ビリッ、と足元から振動が這い上がってきた。
「っ!」
膝が揺れる。
腹の奥まで震える。
今度は耳ではない。
アスファルトそのものが震えていた。
「音は平気なのに……!」
「音だけではない」
謎の人物が言った。
「そいつの攻撃は、空気と地面を振動させる」
「だったらどうすんだよ!」
「自分で考えろ」
「そこは教えろよ!」
セミの怪人が両腕を広げる。
「ならば、その身体ごと砕いてやる!」
全身のスピーカーが、先ほどまでとは比べものにならないほど激しく震え始めた。
「まずい!」
紀人は反射的に地面を蹴った。
ドンッ!
「うわっ!?」
一瞬、景色が下へ消えた。
いや――違う。
自分が上へ跳んだのだ。
「え?」
家の屋根が眼下にある。
電柱の先端が、すぐ近くに見える。
はるか下では、セミの怪人がこちらを見上げていた。
風が吹く。
「高ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
次の瞬間、落下が始まった。
「うわああああああ!」
紀人は両翼を無茶苦茶にばたつかせる。
「飛べ! 飛べ飛べ飛べ!」
だが、飛び方など知るはずもない。
地面がみるみる迫ってくる。
「うおおおおおっ!」
無我夢中で両翼を大きく広げた。
バサッ、と翼が風を孕んだ瞬間、落下速度が急激に緩む。
「……え?」
浮いている。
恐る恐る翼を動かす。
身体が、わずかに持ち上がった。
もう一度。
今度は大きく羽ばたく。
身体が一気に上昇した。
「俺……飛んでる?」
さらに羽ばたく。
風を掴む感覚が、少しずつ身体へ染み込んでくる。
「飛んでる!」
紀人は歓声を上げ、そのまま上空へ舞い上がった。
「うおおおおお! すっげえええええ!」
住宅街が眼下に広がる。
風が身体を抜けていく。
そして何より、先ほどまで足元から身体を揺さぶっていた振動が、ここまでは届いてこない。
「そうか!」
紀人は眼下の怪人を見る。
「地面にいなきゃいいんだ!」
コブラの頭なら、空気を伝わる音には耐えられる。
残る問題が地面から伝わる振動なら、地面から離れてしまえばいい。
「これなら――」
「逃がすと思うか!」
「え?」
怪人の背中が開いた。
折り畳まれていた透明な翅が左右へ大きく展開し、激しく震え始める。
ブゥゥゥゥン――!
怪人の身体が、ゆっくりと地面から浮かび上がった。
「お前……飛べんのかよ!」
「俺を何だと思っている!」
「セミ!」
「分かっているではないか!」
「だったら最初から飛べよ!」
「黙れ!」
セミスピーカーが一気に上昇する。
「うおっ!」
速い。
紀人は慌てて翼を傾けた。
怪人が真横を通り抜け、そのまま空中で大きく旋回する。
紀人もどうにか身体の向きを変えた。
互いに地面を離れた空中。
もう二人の間を遮るものはない。
「……やる気か」
「今さら何を言っている!」
セミスピーカーの腹部が震えた。
ミィィィィィィィン――!!
「うおっ!」
紀人は翼を傾ける。
身体が横へ流れ、音波が脇を抜けていった。
続けて二発目。
「当たるか!」
翼を畳み、一気に急降下する。
音波をかわし、そのまま怪人へ突っ込んだ。
「おらぁぁぁぁ!」
間合いに入る。
紀人は反射的に右拳を叩き込もうとして――。
「……だから拳ねえんだった!」
「馬鹿め!」
怪人の腕が、紀人の胴へ叩き込まれた。
「ぐあっ!」
空中で身体が弾かれる。
「くそっ!」
紀人は慌てて翼を広げ、どうにか姿勢を立て直した。
「飛べても殴れねえじゃねえか!」
「当然だ」
地上から謎の人物の声が飛んでくる。
「知ってたなら先に言え!」
「考えろ」
「さっきからそればっかりだな!」
再びセミスピーカーが迫る。
紀人は翼を傾け、逃げるように旋回した。
右へ。
左へ。
急降下し、すぐさま上昇する。
飛び方はまだぎこちない。
それでも、戦いの中で身体の使い方が少しずつ分かってきた。
翼を大きく広げれば速度が落ちる。
畳めば高度が下がる。
左右へ傾ければ、その方向へ曲がる。
「なるほど……!」
紀人の口元が緩んだ。
「面白え!」
「遊んでいる場合か!」
「遊んでねえ!」
背後からセミスピーカーが迫る。
紀人は翼を一気に畳んだ。
身体が真下へ落ちる。
怪人が頭上を通過した。
「よし!」
すぐさま翼を広げ、落下を止める。
今度は紀人が怪人の背後を取った。
「もらった!」
一気に距離を詰める。
だが――。
「…………」
自分の翼を見る。
「だから、どうやって攻撃すんだよ!」
拳はない。
掴むこともできない。
体当たりならできるだろうが、それだけで倒せるとは思えない。
残っているのは――。
「足……?」
紀人は自分の脚へ目を落とした。
最初に地面を蹴ったとき。
ほんの軽く踏み込んだだけで、家の屋根より高く跳び上がった。
「これ、何のメモリーだ?」
「ノミだ」
謎の人物が答えた。
「ノミ!?」
「そうだ」
「もっと格好いいのなかったのかよ!」
「性能に文句を言うな」
「名前の問題だよ!」
ノミ。
小さな身体で、とんでもない高さまで跳ぶ虫。
「……跳ぶ」
紀人は眼下を見た。
地面。
そして、上空を旋回するセミスピーカー。
頭の中で、ばらばらだったものが一つにつながった。
「おい、セミ!」
「誰がセミだ!」
「お前以外いねえだろ!」
紀人は両翼を大きく広げた。
「逃げるのか!」
「逆だよ!」
翼を畳む。
身体が、地面へ向かって落ち始めた。
「なに?」
セミスピーカーが追う。
紀人はさらに翼を絞り、落下速度を上げた。
住宅街の屋根が迫る。
道路が近づいてくる。
「何をするつもりだ!」
「さあな!」
セミスピーカーも高度を下げながら追ってきた。
だが、まだ紀人より上にいる。
それでいい。
地面まで十メートル。
五メートル。
三メートル。
「今だ!」
紀人は両翼を一気に広げた。
風を受け、落下速度を殺す。
両足がアスファルトへ触れた、その瞬間。
深く。
さらに深く。
膝を沈める。
脚の奥で、凄まじい力が圧縮されていく。
「これ……!」
分かる。
身体が教えてくる。
この脚は、ただ走るためのものじゃない。
ただ蹴るためでもない。
力を溜め。
一気に解放する。
――跳ぶための脚だ。
紀人は顔を上げた。
真上には、自分を追って降下してきたセミスピーカーがいる。
「まさか――!」
「遅え!」
紀人は地面を蹴り抜いた。
ドンッ!!
アスファルトが弾けた。
身体が消えたと錯覚するほどの加速。
真上へ。
一直線に。
「うおおおおおおおおおっ!」
「なっ――!」
セミスピーカーが逃れようと翅を広げる。
だが、もう間に合わない。
ノミの脚が生み出した爆発的な跳躍。
ワシの翼が、その軌道を支える。
コブラの頭が、怪人の放つ轟音をものともせず標的を捉え続ける。
三つの力が、初めて一つにつながった。
「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
紀人の蹴りが――セミスピーカーを真下から突き上げた。
「ぐあああああああああっ!」
怪人の身体が、さらに上空へ弾き飛ばされる。
腹部のスピーカーに亀裂が走った。
一つ。
二つ。
そして亀裂は、瞬く間に全身へ広がっていく。
「馬鹿な……!」
セミスピーカーが、壊れかけた翅を震わせる。
そのさらに下から、紀人も勢いのまま上昇していた。
一瞬だけ、二人の視線が交わる。
「悪いな」
紀人が言う。
そして、少しだけ笑った。
「俺も――今、使い方分かった!」
「ふざけるなぁぁぁぁぁぁ!」
怪人の身体から光が漏れた。
「うわっ!」
紀人は反射的に両翼で身体を包む。
次の瞬間――。
轟音とともに、光が弾けた。
◇
風の音だけが聞こえた。
「…………」
紀人は、ゆっくりと翼を開いた。
セミスピーカーの姿はない。
先ほどまで住宅街を震わせていた、あの不快な音も消えている。
「……終わった?」
翼を広げたまま、ゆっくりと高度を落としていく。
今度は落ちない。
まだ不格好ではあるが、自分の意思で降りられる。
やがて両足が道路へ着いた。
「…………」
紀人は空を見上げた。
誰もいない。
「勝った……?」
いまひとつ実感がなかった。
昨日届いた、例の小包。
奇妙なベルト。
ワシ。
コブラ。
ノミ。
そして、怪人。
分からないことだらけだ。
それでも。
自分は誰かを守るために戦って――勝った。
「…………へへ」
自然に笑みがこぼれる。
「俺、結構やるじゃん」
そのとき。
ブゥン――。
「ん?」
顔を上げた。
あの小型飛行機械が、まだ浮いている。
レンズは相変わらず紀人へ向けられていた。
「…………」
紀人はしばらくそれを見つめる。
「お前……ずっと撮ってたな?」
返事はない。
「どこの誰だか知らねえけど……」
紀人は胸を張った。
「撮るなら格好よく撮れよ!」
少し離れた場所で、謎の人物が額へ手を当てた。
「……そういう問題ではない」
「うるせえ! 初勝利なんだぞ!」
「まだ終わっていない」
「え?」
紀人が振り返る。
謎の人物は、セミスピーカーが落ちてくるはずだった場所を見つめていた。
紀人もそちらを見る。
「…………?」
何もない。
怪人の身体が――ない。
「爆発したからじゃねえの?」
「…………」
「おい」
返事はなかった。
「なんなんだよ」
謎の人物は、しばらくその場所を見つめていた。
やがて、静かに口を開く。
「今は、それでいい」
「だから説明しろって!」
男は答えない。
「ったく……」
紀人は大きく息を吐き、もう一度空を見上げた。
夕暮れ。
いつも見ていたはずの空なのに、今は少しだけ違って見える。
ついさっきまで、自分はあそこを飛んでいたのだ。
紀人は両翼へ目を落とした。
コブラの頭。
ワシの翼。
ノミの脚。
どう考えても滅茶苦茶な組み合わせだ。
格好いいのかどうかも、まだよく分からない。
でも――。
「……まあ、悪くないか」
紀人は小さく笑った。
その頭上で、小型飛行機械のレンズが静かに焦点を合わせる。
紀人は、まだ知らない。
自分が戦った姿も。
自分が叫んだ言葉も。
そして、この最初の勝利さえも。
すでに誰かに見られていることを。
紀人が初めて空を飛んだ、この日。
彼の知らない場所でもまた――新たな物語が、静かに動き始めていた。
本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。
それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。
一つの作品だけでも楽しめる。
けれど、複数の作品を読むことで、初めて見えてくるものもある。
ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。
【人間×生成AIによる合作作品】
企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




