第2話「いいねよろしく!」
第2話「いいねよろしく!」
時根脱才 作
「……キッド」
問われるまま、紀人はそう答えていた。
口にしてから、自分でも妙なことを言ったと思う。
昔から呼ばれてきたあだ名が、考えるより先に口をついただけだった。
「…………」
セミの怪人が黙る。
紀人も黙った。
さっきまで悲鳴と轟音に満ちていた住宅街に、なんとも言えない沈黙が落ちる。
「……いや、待て」
気まずさをごまかすように頭を掻こうとして、紀人の手が止まった。
指先に返ってきたのは、髪でも皮膚でもない、硬い感触。
そこでようやく、数秒前に車の窓へ映った自分の姿を思い出す。
黒を基調とした、いかにもヒーローらしい身体。
そこまではいい。
問題は――首から上だった。
紀人は恐る恐る横を向いた。
路肩に停まる車。その窓ガラスの中で、一羽のワシがこちらを見返している。
「いやいやいやいや! なんで俺、こんなことになってんだよ!」
思わず頭を抱えた。
抱えたところで、ワシなのは変わらない。
むしろ両手で触れてしまったせいで、夢でも幻でもないという事実だけが、嫌というほどはっきりした。
セミの怪人まで、どう反応すべきか分からないようにこちらを見ている。
「だから見るなって!」
「……お前、本当に何者だ」
「俺が聞きてえよ!」
例の小包。
中に入っていた奇妙なベルトと、一枚の手紙。
――ピンチになったらベルトを腰に巻き、『配信開始』と合図しろ。
書かれていた通りにした。
ベルトを巻いた。
指を鳴らした。
そして――この姿になった。
このベルトが何なのか。
なぜ自分が変身できたのか。
どうして頭だけがワシなのか。
何ひとつ分からない。
だが、一つだけ確かなことがあった。
紀人は拳を握る。
身体の奥から、今まで感じたことのない力が湧き上がってくる。
脚は軽い。
拳にも力がある。
そして目の前には、人を襲った怪人がいる。
「……まあ、考えても分かんねえか」
分からないことなら、後で考えればいい。
今やるべきことは、もっと単純だった。
紀人は腰を落とし、拳を構える。
「先にこいつをぶっ飛ばす!」
そのまま戦いへ踏み出そうとした――その瞬間。
「――いいねよろしく!」
威勢のいい声が、住宅街に響いた。
「…………」
紀人の足が止まった。
セミの怪人も止まった。
「……は?」
今。
俺は何を言った?
「いいね……よろしく?」
自分でもう一度口に出してみる。
やはり意味が分からない。
そもそも、どうしてそんな言葉が口から出たのかすら分からなかった。
怪人が怪訝そうに首を傾げる。
「お前に言ったんじゃねえよ!」
「では誰に言った!」
「知らねえよ!」
「自分で言ったのだろう!」
「勝手に出たんだよ!」
「意味が分からん!」
「俺だって分かんねえ!」
妙な言い争いになった。
そのとき。
まるで今の一言を待っていたかのように、上空から微かな駆動音が近づいてきた。
小型の飛行機械が一機。
紀人たちの頭上で静止すると、機体前部のレンズを二人へ向けた。
だが、紀人がその存在を認識するより先に――身体が動いた。
「おらぁっ!」
地面を蹴る。
次の瞬間には、怪人の顔が目の前にあった。
「速っ……!」
驚いたのは紀人自身だった。
軽く踏み込んだだけのつもりだった。
それなのに、まるで背中から思い切り弾き飛ばされたように、一気に間合いが消えた。
ならば、この勢いを殺す理由はない。
腰を捻り、そのまま拳を叩き込む。
「ぐっ!」
確かな手応え。
怪人の身体が大きく後退した。
「おお……!」
紀人は思わず自分の拳を見る。
「すげえ!」
「貴様!」
セミの怪人が殴りかかってくる。
第1撃を受ける前の自分なら、全神経を集中させてようやく避けられた攻撃だ。
今は違う。
見える。
肩の動き。
拳が通る軌道。
次に相手がどこへ踏み込むのかまで、身体が先に理解していた。
紀人は拳の下へ身体を沈め、そのまま懐へ滑り込む。
腹へ一発。
身体を返して蹴りを重ねる。
怪人がよろめいたところへ、さらに一歩。
追撃の拳が顔面を捉えた。
「ぐあっ!」
やはり違う。
力だけではない。
速さ。
反応。
身体の切れ。
これまで鍛えてきた技そのものを、この姿が何倍にも増幅している。
「よく分かんねえけど――強くなってんなら、いい!」
「調子に乗るな!」
怪人の全身に埋め込まれたスピーカーが震えた。
ぞくり、と背筋に嫌な感覚が走る。
直後。
ミィィィィィィィン――!!
「ぐあっ!」
音が、塊になって襲ってきた。
空気そのものに殴られたような衝撃に、紀人の身体が弾き飛ばされる。
どうにか足から着地した。
だが、逃げ切れてはいない。
追いすがるような轟音が、頭蓋の内側まで揺さぶってくる。
「っ……うるっせえぇぇぇぇ!」
反射的に両耳を塞ぐ。
それでも止まらない。
耳を塞いでいるはずなのに、身体の芯まで震えている。
周囲の窓ガラスが細かく鳴り、足元のアスファルトからさえ振動が這い上がってくるようだった。
「耳塞いでも……ダメかよ!」
変身して、身体能力は上がった。
だが紀人の戦い方は、あくまで拳と蹴りだ。
攻撃するには、まず相手へ近づかなければならない。
そして近づけば、あの音に押し返される。
「だったら――正面から行かなきゃいい!」
紀人は音圧から逃れるように横へ走った。
そのまま大きく弧を描き、怪人の側面へ回り込む。
だが、相手も身体ごとこちらを追ってきた。
再びスピーカーが震える。
「くそっ!」
音が放たれる寸前、紀人は地面を蹴った。
空中で身体を捻って射線から逃れ、そのまま着地しようとした――そのとき。
視界の端に、妙なものが映った。
「……ん?」
何かが浮いている。
先ほどの小型飛行機械だった。
一定の距離を保ったまま、ずっとこちらへレンズを向けている。
紀人が右へ動けば、右へ。
試しに左へ動く。
やはり、ついてくる。
「おい……」
嫌な予感がした。
「なんで俺のこと撮ってんだよ!」
当然、返事はない。
「お前の仲間か!?」
「知らん!」
「じゃあなんなんだよ!」
「俺に聞くな!」
「さっきから分かんねえことばっかりだな!」
ほんの一瞬。
意識が怪人から逸れた。
戦いでは、その一瞬で充分だった。
ミィィィィィィィン――!!
「ぐああっ!」
避ける間もなく音の直撃を受け、紀人は道路へ叩きつけられた。
背中を打ち、そのまま二度、三度とアスファルトの上を転がる。
「くそ……!」
片膝をつきながら顔を上げた。
身体はまだ動く。
戦える。
問題は、どうやって攻撃を届かせるか。
「その程度か、キッド」
怪人がゆっくりと距離を詰めてくる。
「……その名前で呼ぶな」
「自分で名乗ったのだろう!」
「そうだけど今はなんか腹立つ!」
怪人の全身で、再びスピーカーが震え始める。
まずい。
紀人が身構えた、そのときだった。
「――これを使え!」
聞き覚えのない声。
同時に、何かが飛んできた。
「え?」
紀人は反射的に手を伸ばす。
掌へ収まったのは、小さな装置が二つ。
「なんだ、これ?」
声のした方へ振り向く。
一人の人物が立っていた。
人間――に見えなくもない。
だが、その姿はどう考えても普通ではなかった。
紀人と同じような、ヒーローを思わせる装い。
いや。
少なくとも、首から上がほぼワシになっている自分よりは、はるかにヒーローらしい。
「……誰だ、お前?」
「説明は後だ」
「いや、待て」
紀人はセミの怪人を見る。
次に、謎の人物を見る。
もう一度、怪人。
もう一度、謎の人物。
どう見ても、戦えそうなのは目の前の男も同じだった。
「お前、そんな格好してんなら、お前が戦えよ!」
「……こちらにも事情がある」
「どんな事情だよ!」
「それより、ベルトのカバーを開けろ」
「話聞けよ!」
「早くしろ!」
ミィィィィィィィン――!!
「うおっ!」
紀人は横っ飛びに音波をかわした。
着地と同時に走り出し、腰のベルトへ手を伸ばす。
「カバーって……これか?」
走りながら開いた。
中には、横一列に四つの差し込み口が並んでいる。
一番左だけ、すでに何かが収まっていた。
「それが今、お前が使っているメモリーだ。一番から抜け!」
「これだな!」
怪人が間合いを詰めてくる。
振り下ろされた腕を上体だけでかわし、すれ違いざまにベルトへ指をかけた。
引き抜く。
「うおっ!?」
一瞬、身体の感覚が揺らいだ。
「止まるな! 今渡したコブラを一番へ入れろ!」
「コブラ!? どっちだよ!」
「見れば分かる!」
「初めて見るんだから分かるか!」
走りながら、二つのメモリーを見比べる。
悠長に選んでいる暇などない。
怪人の腕をかわしながら、それらしい意匠の方を一番へ押し込んだ。
カチッ。
「入れたぞ!」
「次、四番にノミ!」
「四番!?」
「一番右だ!」
「それくらい分かる!」
残ったメモリーを一番右へ持っていき――紀人の手が寸前で止まった。
「待て! なんで二、三飛ばして四なんだよ!」
「いいから入れろ!」
「説明しろよ!」
「今する必要があるか!」
「あるだろ!」
怪人のスピーカーが震えた。
「うるっせえ!」
音波に身体を揺さぶられながら、それでも紀人は四番へメモリーをねじ込んだ。
カチッ。
「入れた!」
「最後だ! さっき一番から抜いたワシを二番へ!」
「最初から言え!」
「言っている!」
「今言ったんだろうが!」
「死ねぇぇぇぇ!」
とうとうセミの怪人まで会話へ割り込むように飛び込んできた。
紀人は紙一重でその腕をかわし、すれ違いざまに脇腹へ蹴りを叩き込む。
怪人がよろめいた。
今しかない。
先ほど抜いたワシのメモリーを二番へ――。
「っ!」
入らない。
走りながらでは、わずかに位置がずれる。
「何をしている!」
「動きながらやってんだよ!」
もう一度。
迫ってくる怪人をぎりぎりまで引きつけ、横へ跳ぶ。
着地。
同時に、メモリーを押し込んだ。
カチッ。
「入った!」
「カバーを閉じろ!」
「これでいいんだな!」
紀人がベルトへ手を伸ばす。
その瞬間、セミの怪人の全身に埋め込まれたスピーカーが、これまで以上に激しく震え始めた。
ミィィィィィィィン――!!
轟音が住宅街を呑み込む。
空気が震える。
足元が震える。
身体の奥まで揺さぶられる。
「ぐっ……!」
それでも、紀人はベルトから手を離さなかった。
指をカバーへかける。
「うおおおおおっ!」
力任せに閉じた。
カチン。
轟音の中。
その小さな音だけが、不思議なほど鮮明に聞こえた。
直後。
ベルトから光が噴き上がる。
「なっ……!」
眩い光が紀人の全身を呑み込んだ。
セミの怪人が、攻撃することさえ忘れたように動きを止める。
謎の人物だけが。
その光景を、黙って見つめていた。
そして――。
光が、大きく弾けた。
本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。
それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。
一つの作品だけでも楽しめる。
けれど、複数の作品を読むことで、初めて見えてくるものもある。
ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。
【人間×生成AIによる合作作品】
企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




