第七話 真似する怪人
第七話 真似する怪人
怪人が地面を蹴った。
「っ!」
キットの目の前から、その姿が消える。
いや。
消えたわけではない。
速い。
次の瞬間には、怪人がキットの目前まで迫っていた。
キットが身体をひねる。
拳が頬の横を抜けた。
怪人が着地。
再び脚を曲げる。
跳ぶ。
「やっぱり……!」
キットも地面を蹴った。
二つの影が交差する。
着地。
もう一度。
怪人が跳ぶ。
キットが追う。
ノミ。
間違いない。
形だけではない。
脚力。
跳躍。
その脚を使った間合いの詰め方。
そこまで再現している。
「見ただけで、そこまで……!」
怪人が迫る。
キットが受ける。
押される。
だが。
二度。
三度。
同じ動きを繰り返すうちに、紀人は違和感に気づいた。
「……違う」
怪人が跳ぶ。
キットは避けなかった。
半歩。
位置をずらす。
怪人が目の前へ着地する。
その瞬間。
キットの拳が入った。
怪人が吹き飛ぶ。
「同じじゃない」
キットは構える。
「力は真似できても、使い方まではまだ俺の方が上だ」
紀人はノミを初めて使ったわけではない。
何度も使ってきた。
どこまで跳べる。
どこで踏み込む。
どう着地する。
どう次の動きへつなげる。
身体が覚えている。
対して、目の前の怪人は今見たばかりだ。
怪人が起き上がる。
「だったら――」
キットが踏み込む。
今度はこちらから攻めた。
怪人が跳ぶ。
その着地点へ先回りする。
攻撃。
怪人が弾かれる。
「読める!」
もう一度。
怪人が跳ぶ。
キットも動く。
着地。
そこへ蹴り。
怪人が倒れる。
少し離れたところから戦いを見ていた北山が目を細めた。
「同じ動きなのに……」
「キットの方が上ですね」
川出が言う。
「慣れの差か」
北山はキットを見る。
その動き。
身体の使い方。
やはり。
どこかで見たような感覚が消えない。
◇
怪人が立ち上がった。
キットを見る。
また。
じっと。
脚。
腰。
着地。
踏み込み。
「……まだ見るのか」
キットが呟く。
怪人が跳んだ。
キットは着地点を読む。
先回り。
拳を構える。
だが。
「え?」
怪人が空中で身体をひねった。
着地点が変わる。
キットの拳が空を切った。
背後。
蹴り。
「ぐっ!」
キットが前へ飛ばされる。
地面へ手をつき、すぐに振り返った。
怪人が構えている。
さっきまでとは違う。
「……覚えた?」
怪人が再び動く。
今度は着地と同時に止まらない。
次の跳躍。
角度を変える。
さらに攻撃。
キットが受ける。
「こいつ……!」
また。
怪人の動きが変わる。
最初はぎこちなかった。
だが、戦うほどに。
キットの動きを見るほどに。
ノミの脚を使いこなし始めている。
「戦いながら覚えてるのかよ……!」
紀人の表情が険しくなる。
時間をかけるほど。
こいつは強くなる。
◇
そのときだった。
「来るぞ!」
CASHの隊員が叫んだ。
川出が振り返る。
白い影。
一体。
二体。
さらにその後ろ。
「シロアリ!」
別方向からも現れる。
キットも一瞬そちらを見る。
だが。
「前を見ろ!」
声を上げたのは北山だった。
キットが反射的にミラーカメレオンへ視線を戻す。
攻撃。
間一髪で避ける。
「こっちは俺たちでやる!」
北山はCASH側へ向き直った。
「カメレオンはキットに任せろ!」
「一般人を近づけないで!」
東がレイピアを抜いた。
「包囲を崩さない! シロアリはここで止める!」
「了解!」
隊員たちが一斉に動いた。
シロアリ怪人が飛び込んでくる。
東が踏み込む。
細い刃が一直線に走った。
一体を退ける。
すぐに次。
だが、側面から別のシロアリ怪人が迫った。
「東さん、右!」
川出の攻撃が先に入る。
シロアリ怪人が崩れた。
「助かった!」
「前だけ見ててください!」
「言われなくても!」
東がさらに踏み込む。
レイピアの間合いへ入った一体を仕留める。
その背後。
また一体。
乾いた音。
シロアリ怪人が倒れた。
南浦だった。
「後ろが空いてるぞ」
「分かってる!」
「分かってないから撃った」
「あとで覚えてなさい」
「生きて帰ったらな」
南浦は次の標的へ狙いを移す。
東が前。
川出と南浦がその左右と背後を支える。
接近戦へ入る東を、二人が外側から援護する。
「次、左!」
川出が叫ぶ。
東が身体を返す。
レイピアが走った。
◇
別方向。
ニシの前へシロアリ怪人が迫った。
「俺のところにも来たか」
ニシが構える。
元プロレスラー。
鍛え上げた身体は、引退した今も衰えてはいない。
シロアリ怪人が飛びかかる。
ニシはその勢いを受け流し、身体を掴んだ。
「よっと!」
投げる。
地面へ叩きつける。
すぐに距離を取る。
「一匹!」
「まだいるぞ!」
川出が叫ぶ。
「見えてるよ!」
ニシが次の一体へ向き直る。
北山も迫ってきた一体へ踏み込む。
一般隊員たちも武器を構え、互いの死角を補う。
一体ずつ。
確実に数を減らしていく。
南浦は静かに狙いを定めた。
一体。
撃つ。
倒れる。
二体目。
撃つ。
また倒れる。
迷いはない。
目の前の怪人は人を襲っている。
敵だ。
一瞬だけ。
ネズミ型の怪人の話が頭をよぎった。
南浦の目が細くなる。
「……こいつらは敵だ」
引き金を引いた。
シロアリ怪人が倒れた。
◇
キットとミラーカメレオン。
その周囲では、CASHとシロアリ怪人。
二つの戦いが同時に続いていた。
ミラーカメレオンが跳ぶ。
速い。
もうノミの動きに慣れている。
キットが避ける。
反撃。
かわされる。
「このままじゃ……」
同じ条件で戦い続ければ、差がなくなる。
いや。
相手はまだ学んでいる。
いずれ。
こちらを超えるかもしれない。
キットは脚へ視線を落とした。
ノミ。
「だったら」
メモリーを外す。
怪人の目が、その動きを追った。
キットは別のメモリーを手に取る。
ヒクイドリ。
「これはどうだ」
足へ装着する。
構えが変わる。
ノミとは違う。
攻撃へ。
キットが踏み込んだ。
怪人の反応が遅れる。
蹴り。
入った。
怪人がよろめく。
追う。
さらに脚を使った攻撃。
怪人が後退する。
「今度はこっちが先だ!」
キットが攻める。
怪人は防ぐ。
押される。
ノミで覚えた動きでは対応しきれない。
キットはさらに踏み込んだ。
怪人を蹴り飛ばす。
距離が開いた。
「どうだ!」
だが。
怪人は倒れない。
ゆっくりと起き上がる。
そして。
また見ている。
キットの脚。
踏み込み。
蹴り。
身体の使い方。
「……またか」
怪人の脚が変わり始めた。
先ほどまでのノミを思わせる形が崩れる。
別の形へ。
今度は。
ヒクイドリ。
キットの表情が変わる。
「やっぱり……何でもいいのかよ」
怪人が脚を振る。
確かめるように。
一度。
二度。
そして。
地面を蹴った。
◇
「左から三!」
「見えてる!」
川出たちも戦い続けていた。
シロアリ怪人の数は多い。
だが、以前のように川出とわずかな人数だけで囲まれているわけではない。
今回は人数もいる。
装備も揃っている。
一体ずつ。
確実に倒していく。
「東さん、下がって!」
川出の声。
東が一歩退く。
その目の前を南浦の攻撃が抜けた。
迫っていたシロアリ怪人が倒れる。
「ありがとう!」
「次が来るぞ!」
「分かってる!」
東が再び前へ出る。
レイピア。
一体。
踏み込む。
退く。
また一体。
接近しすぎない。
囲ませない。
川出と南浦が左右から援護する。
「ニシ、後ろ!」
「おう!」
ニシが振り返る。
迫ってきたシロアリ怪人を受け止める。
北山も別の一体へ向かう。
一般隊員たちも互いをカバーする。
少しずつ。
確実に。
シロアリ怪人の数が減っていく。
「いけるぞ!」
川出が声を上げた。
「このまま押し返せ!」
◇
一方。
キットはヒクイドリの脚を持ったミラーカメレオンと打ち合っていた。
蹴り。
受ける。
返す。
また蹴り。
「くっ……!」
今度も。
最初はキットの方が上だった。
だが。
少しずつ。
相手が慣れてくる。
「これも時間の問題か……!」
距離を取る。
キットの手元には、まだメモリーがある。
コブラ。
カンガルー。
オニヤンマ。
使えば。
戦い方を変えられる。
一時的には、またこちらが有利になるかもしれない。
だが。
キットはミラーカメレオンを見る。
その目。
ずっとこちらを見ている。
「……待てよ」
使えば。
また見られる。
また覚えられる。
また相手のものになる。
「下手に全部見せたら……」
キットが呟く。
「こいつの手札を増やすだけじゃないか」
怪人が構える。
ヒクイドリの脚。
キットも構える。
そのとき。
怪人の脚が揺らいだ。
「……?」
形が変わる。
ヒクイドリ。
そこから。
ノミ。
「なっ……!」
怪人が跳んだ。
キットが反応する。
高速で間合いを詰める。
そして。
着地する直前。
脚が再び変わる。
ヒクイドリ。
攻撃。
「ぐっ!」
キットが吹き飛ばされた。
地面を転がる。
すぐに起き上がる。
「おい……」
怪人が立っている。
脚が変わる。
ノミ。
ヒクイドリ。
またノミ。
キットの顔から余裕が消えた。
「それ……残ってるのかよ」
一度コピーしたものを。
忘れていない。
切り替えられる。
ミラーカメレオンが身を沈める。
ノミの脚。
キットは構えた。
今、自分が相手へ見せた手札は二つ。
ノミ。
ヒクイドリ。
そして。
まだ見せていないものが三つ。
コブラ。
カンガルー。
オニヤンマ。
紀人はそれらへ手を伸ばさなかった。
「これ以上は見せられない」
怪人がこちらを見ている。
待っている。
新しいものを見せるのを。
紀人は拳を握った。
「だったら――」
構える。
「今見せた手札だけで倒すしかない」
ミラーカメレオンも構えた。
その脚が。
再びノミからヒクイドリへ変わった。




