閑話④ CASHの日常
閑話④ CASHの日常
警視庁の片隅。
人通りの少ない廊下を歩いていた二人の警察官が、向こうからやってくる男たちに気づいた。
一人は、周囲の警察官より頭ひとつ大きい巨漢。もう一人も制服姿ではなく、どう見ても警察官には見えない。
「あれ、また来てるな」
「誰です?」
「ほら。あそこの部屋に出入りしてる一般人」
「ああ……」
二人の横を、ニシと南浦が通り過ぎていく。
ニシは向けられる視線などまるで気にしていない。南浦も、いつもの無愛想な顔で前だけを見ていた。
「何しに来てるんですかね」
「知らね。飯でも食いに来てんじゃないか?」
「警視庁に?」
「だから意味分かんねえんだよ」
二人が向かったのは、さらに廊下の奥。
周囲の部署から忘れられたように、一室だけぽつんと存在している。
その扉を見て、警察官の一人が小さく言った。
「ああ。CASHか」
◇
「ニシさん」
「ん?」
「それ、何個目ですか?」
「三個目」
東は書類から顔を上げた。
ニシの手には菓子パン。机には空になった袋が二つ転がっている。
「……ここ、食堂じゃないんですけど」
「腹減るんだよ」
南浦が銃の手入れをしながら口を挟む。
「お前はずっと食ってるだろ」
「身体でかいんだからしょうがねえだろ」
「関係あるのか、それ」
「ある」
言い切ると、ニシは三個目にかぶりついた。
部屋の反対側では、川出が報告書と装備のチェック表を照らし合わせている。
その隣ではシラメ博士が、机いっぱいに部品を広げていた。
書類。
銃。
用途不明の機械。
菓子パン。
事情を知らない者が見れば、ここが警視庁の一室だとは思わないかもしれない。
その時、扉が開いた。
「失礼します」
若い警察官が書類の束を抱えて入ってくる。
まず目に入ったのは、菓子パンを食べる巨漢。
その横には銃を分解している男。
さらに奥では、白衣姿の研究者が謎の部品を組み立てている。
「…………」
若い警察官は一度廊下へ戻り、扉を確認した。
「失礼しました」
「待って」
東が呼び止める。
「え?」
「うちへの書類でしょう?」
「あ……」
若い警察官は手元の紙に目を落とした。
「はい。最近増えてる怪人の目撃情報とか、その……」
少し言いづらそうに続ける。
「信憑性の薄い報告は、全部こっちへ持っていけって言われたもんで」
東の眉がわずかに動いた。
「信憑性の薄い?」
「あ、いや、自分がそう判断したわけじゃなくて。上からそう言われてまして」
「そう」
東は書類を受け取った。
若い警察官がほっと息を吐く。
「では、CASH宛ての書類は以上です」
「CASHじゃありません」
「え?」
「正式名称があります」
「あ……すみません」
すると横から、シラメ博士が顔を上げた。
「ぼくはCASHでいいと思うけどね」
「博士は黙っててください」
「短くて分かりやすいじゃないか」
「分かりやすければいいという問題ではありません」
「俺も別にいいと思うぞ」
菓子パンを食べながら、ニシまで加わる。
「ニシさんまで!」
「呼びやすいし」
南浦は銃から目も上げない。
「どうでもいい」
「よくありません!」
川出だけが苦笑していた。
若い警察官は、自分がいつまでここにいていいのか分からなくなった。
「……では、失礼します」
今度こそ、そっと扉を閉めた。
◇
「どうだった?」
廊下で待っていた同僚が聞いた。
「……やっぱ変だわ、あそこ」
「何が?」
「一般人が菓子パン食ってる横で、別の一般人が銃バラしてて、その奥で博士みたいなのが何か作ってる」
「ああ。CASHだから」
「東さん、まだCASHって呼ぶと怒るんですね」
「そりゃ怒るだろ」
「そもそも、何でCASHなんです?」
同僚は少し声を落とした。
「スマホのキャッシュあるだろ」
「はい」
「溜まれば溜まるほど、動きが重くなるやつ」
「ああ」
「あそこも同じだってよ。あいつらが動けば動くほど、警察本来の仕事に人も金も取られる。だったら、さっさと消した方がいいって」
「……ひどい名前ですね」
「誰が言い始めたのか知らんけどな。もう定着しちまってる」
二人は歩き去っていく。
彼らは知らない。
その「信憑性の薄い話」の中に、本物の怪人が紛れ込んでいることを。
◇
「そういや、東さんって昔かなり凄かったんだろ?」
別の部署でも、同じ部屋の話題が出ていた。
「凄いどころじゃないよ。完全に出世コースだった」
「それが何で、あんなところに?」
「怪人だ何だって言い始めてな」
「……怪人?」
「そう」
「大丈夫なの、それ」
「だからあそこにいるんだろ」
「なるほど……」
少し間があって。
「でも、川出さんは?」
「あの人の方がかわいそうだよ」
「何で?」
「川出さんも敏腕だったのに、今じゃ東さんのお守りだろ」
「もったいないな」
◇
「また差し戻されました」
川出が言った。
東が顔を上げる。
「また?」
「はい」
「理由は?」
差し出された書類を見る。
「『用途不明』……?」
「だそうです」
「怪人対策って書いたでしょう?」
「だからじゃないですか?」
「…………」
東が額を押さえた。
「何度書けば分かるのよ」
「向こうからしたら、何度書かれても分からないんでしょうね」
「怪人が実際に出てるのに?」
「それと予算書は別問題なんじゃないですか」
「嫌なところだけ現実的ね」
「警察ですから」
「知ってるわよ」
廊下で「東のお守り」と同情されている本人は、今日も当然のように東と並んで仕事をしていた。
◇
しばらくして、扉が開いた。
「こんにちは」
「北山さん」
東が顔を上げる。
「道場は?」
「今日は早めに終わりました」
ちょうど廊下を通りかかった警察官が、北山を見た。
「今度は誰?」
「あれ、空手の先生らしい」
「何で警視庁に空手の先生が?」
「知らん」
「本当に何の部署なんだよ」
北山はそんな視線など気にも留めず、室内へ入った。
ニシが菓子パンの袋を持ち上げる。
「食うか?」
「何であなたが勧めるんですか」
「まだあるぞ」
「警視庁の備品みたいに言わないでください」
「俺が買ってきたやつだ」
「それならいいですけど」
「食う?」
「いただきます」
「食べるんですか」
東が思わず突っ込んだ。
◇
「ところで博士」
「ん?」
東はシラメ博士の机を見る。
「それ、何ですか?」
「試作品」
「何の?」
「まだ秘密」
「警視庁の中で秘密の武器を作らないでください」
「武器とは限らないよ」
「じゃあ何ですか?」
「だから秘密」
シラメ博士は楽しそうに作業を続ける。
ニシが横から覗き込んだ。
「爆発しねえだろうな」
「大丈夫」
「本当か?」
「爆発はしないと思う」
ニシが一歩離れた。
南浦も無言で椅子を少し後ろへずらす。
川出まで手を止めた。
「博士。その『思う』は怖いです」
「失礼だな。前回は爆発してないよ」
「前々回は?」
「…………」
「博士?」
「昔のことは忘れよう」
「忘れません」
東が即答する。
その会話を、たまたま部屋の前を通った警察官が耳にした。
「……爆発?」
「聞かなかったことにしろ」
「いいんですか?」
「CASHだぞ」
「便利な言葉ですね、それ」
◇
昼。
庁内の食堂。
ニシの前には大盛りの定食。
その隣には、もう一皿。
向かいには南浦が座っていた。
周囲から、ちらちらと視線が飛んでいる。
「またあの一般人たちいるぞ」
「職員じゃないよな?」
「何で食堂使えてんだ?」
「また飯だけ食いに来てるんじゃないか」
南浦には聞こえていた。
「……気にならないのか?」
「何が?」
ニシは箸を止めない。
「いや、いい」
「お前、それ食わないならくれ」
「やらねえよ」
「まだ手つけてないだろ」
「俺が食うんだ」
「細かい奴だな」
「自分の分食え」
「もう食った」
南浦がニシの前を見る。
「それ二食目だろ」
「訓練すりゃ腹減るんだよ」
「午後の訓練、まだ始まってないだろ」
「先に補給してんだ」
「便利だな、その理屈」
周囲から見れば、やはりただ飯を食べに来ている一般人にしか見えなかった。
◇
午後。
南浦は射撃場に立っていた。
一発。
二発。
続けざまに標的の中心を撃ち抜く。
別室では、ニシが黙々と身体を動かしていた。
朝から菓子パンを食べ、昼には大盛りの定食を平らげた男とは思えないほど、その巨体は休みなく動き続けている。
北山は道場へ戻る前に、小手とレガースの状態を確認する。
川出は装備品を一つずつ点検。
シラメ博士は前回の戦闘で集めたデータを眺めながら、工具を動かしていた。
そして東は。
まだ書類と戦っていた。
「……怪人と戦う方が楽なんじゃないかしら」
小さな呟きは、誰にも拾われなかった。
外から見れば、何をしているのか分からない部屋。
けれど、その中では。
次の怪人が現れた時のために、それぞれが自分の仕事を続けていた。
◇
「よく予算通るよな、あそこ」
廊下の向こうで、管理職らしい男たちが話していた。
「上が認めてるんだろ」
「東の口車に乗せられたんじゃないのか?」
「さあな」
「怪人退治だって?」
「らしい」
「道楽にしては金が掛かりすぎる」
「本気なのかね」
そこで会話が途切れた。
東が向こうから歩いてきた。
男たちは黙る。
東も何も言わず、その横を通り過ぎた。
少し遅れて、川出が追いつく。
「聞こえてました?」
「何が?」
「全部」
「そう」
「気にします?」
「今さらよ」
「ですよね」
東は歩きながら、小さく息を吐いた。
「でも」
「はい?」
「CASHって呼ばれるのだけは気にする」
川出が笑う。
「そこなんですね」
「そこは大事でしょう」
◇
夕方。
東は、届いたばかりの一枚の報告書を眺めていた。
「川出」
「はい?」
「これ」
川出が受け取る。
怪人らしきものを見たという目撃情報。
目撃者は一人。
写真はない。
目撃した時間も曖昧。
場所も、おおまかな範囲しか書かれていない。
「……情報としては、かなり薄いですね」
「そうね」
東は少し考えた。
他の部署なら、そのまま保留にされるかもしれない。
何かの見間違い。
いたずら。
思い込み。
そう片づける理由なら、いくらでもある。
けれど。
「一応、確認に行きましょうか」
川出が頷いた。
「了解」
南浦が銃を収める。
ニシも立ち上がった。
「出るのか?」
「ええ」
「怪人?」
「かもしれない、程度です」
「じゃあ行くか」
「ずいぶん簡単ですね」
ニシは肩をすくめる。
「行って何もいなきゃ、それでいいだろ」
南浦も立ち上がった。
「その方がいい」
シラメ博士まで部品をまとめ始める。
「ぼくも行こうかな」
「博士は、その試作品を置いていってください」
「何で?」
「現場で試そうとするでしょう」
「よく分かったね」
「分かります!」
◇
しばらくして。
部屋から一同が出てきた。
東。
川出。
南浦。
ニシ。
シラメ博士。
それぞれ必要なものを持ち、廊下を歩き出す。
少し離れた場所で、二人の警察官がその姿を見ていた。
「ほら。また出てきた」
「今度は何だ?」
「さあ」
「ボランティアのゴミ拾いとか?」
「一般人まで連れて?」
「まだ怪人探してるんじゃない?」
「本当に信じてんのかね」
「居もしない怪人探して、今日もご苦労なこって」
「聞こえてます」
「っ!」
二人が固まった。
東が振り返っている。
「それと」
「は、はい」
「CASHじゃありません」
「あ……すみません」
その横から、シラメ博士が笑った。
「ぼくは結構好きだけどね、CASH」
「博士!」
「俺も別にいいと思うぞ」
「ニシさんまで!」
「短くて呼びやすいし」
「そういう問題じゃありません!」
川出が苦笑する。
南浦は、また始まったという顔で歩き続けていた。
騒がしい一団が、廊下の向こうへ消えていく。
残された警察官の一人が呟いた。
「……やっぱ変な部署だな」
「ああ」
もう一人も頷く。
「何してるのか、全然分からん」
二人には分からない。
誰もまともに取り合わない、その一枚の目撃情報が。
本物の怪人へつながっているかもしれないことも。
もし何もいなければ、それでいい。
けれど、もし本当にいたなら。
誰かが確かめに行かなければならない。
だから今日も。
誰にも理解されないまま、彼らは現場へ向かう。
※本作は、作者とChatGPT(AI)による合作作品です。物語の企画・原案・世界観・キャラクター設定・物語構成・展開の方向性など、作品の根幹となる部分は作者が制作しています。それらの原案や設定、作者との相談・修正・指示をもとに、ChatGPTが文章化、表現の調整、推敲などを担当しています。作者とAIが互いに案を出し、検討と修正を重ねながら、一つの物語として完成させています。




